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Ep4 リチャードとあの紛争

君の英語はそこそこのレベルだが、言い回しなんかを身につけるともっと生きた英語を使えるようになるぞ。藪から棒を英語でなんというか知ってるか?英語教師らしく、朝から指導モードのリチャードだったが、さして盛り上がりそうもないトピックスだ。やんわり切り上げようかなぁと思い始めたその時、こう聞かれた。

キミのワイフは南米だろ?ケンはスペイン語はできるのか?僕の奥さんは、実はエルサルバドル人で、大学生からの付き合いだ。なので、スペイン語は大学で少し勉強したことがある。「Si, un pocoだよ」(ちょっとできるよ)と答えた。

「降参しろ!」スペイン語というとな、私はこのフレーズだけ知っているんだ。「フォークランド紛争」って知ってるか?そこに駆り出された時、覚えた唯一のスペイン語なんだ、と御大。そういえば、リチャードの二の腕には、ポパイやソースのように、イカリのマークが彫られている。そうか、そういや海軍だった、って言ってたっけ。そんなメジャーな紛争名が出てくるなんてまさか想像もしなかったので、彼に悟られないよう秘かに興奮した。

アルゼンチンとの戦争だからな、だからスペイン語だ。「降参しろ!」って、たった一つ覚えたフレーズで敵にすごむのさ。でもな、「降参だ」の言い方は、当然かもしれないが、教えてもらわなかったのさ。都合が良いだろう?と笑うリチャード。だが、この先に笑えない話が待っていた・・・

リチャードの載っていた戦艦が、敵の砲弾で撃沈され、彼はというと、極寒の海に飛び込みどうにか一命を取り留めたそうだ。その後、銃の性能チェックをする係を経て、交戦中の戦地に再び行くことは無かっそうだが、「交戦後の戦地」を「交戦前の状態に戻す」というミッションを受け持っていたらしい。ネームプレートを1つ持っているのがアルゼンチン兵。2つ持っているのがイギリス兵と見分けられるのだそうだ。あえてそれ以上の内容はここでは割愛させていただく。

リチャードはそれを、悦びのかけらもないどん底に惨めな体験だった、と形容した。先日聞いた幸せの話から一転、不幸の極みのような体験談だけど、人生の大先輩から、世界の歴史の一端に触れさせてもらえたのは、とても価値あるひと時だった・・・けど、ほんとに藪から棒だったよ、リチャード。

画:久保雅子 www.masakokubo.com/

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