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なくしたもの

その昔
人間の寿命がまだ百万歳くらいだった頃
犬は犬の
鳥は鳥の
魚は魚の
言葉を持っていた

一番早く気づいた賢者たちは
生きるために奪うのではなく
与えることで生きていく道を選んだ

花も樹も 実る果実も
ずっとそうして生きてきた

それから
動物たちも言葉の不完全さに気づきはじめ
銘銘 言葉を捨てていった

彼らは風の声を聞き
空の嘆きに耳を傾けた

やがて言葉の魔力が及ぶ種は減り
その力も徐々に衰えていった

一方で著しく結晶化した魔力は
人間だけに的を絞り、執拗につきまとった

言葉は世界を相対化させ
認識という優越感で人間を酔わせた

それを憐れむように
犬はただ寄り添い
鳥や魚はその命を差し出すことにした

いまだ言葉を離れられない人間たちは
彼らの声に耳を傾けようともせず
侵略と汚染の計画を練っている

「雨はお空の涙かしら?」と問う子に
満腹の腹の満たし方を教え込むのだ

ずいぶん長い間
我々は迷い続けている

なぜ、言葉が人間に残されたのか

そんなこと
考えなくとも 生きていける世界で

そんなとこ
知らなくとも 死んでいける世界で

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