【小説】 ゴート×ゴースト 第一話
私には夢があった。
それは役者として食べていくことで、自分にはそうなれるだけの才能があると思い込んでいた。
よくよく考えてみれば思い込みも甚だしく、何者にもなれていない現状こそが私の限界を物語っている。
才能または運、はたまたその両者を持ち合わせた仲間達は眩しく輝いている。
高校時代に演劇部で共に切磋琢磨した仲間も、大学の演劇サークルで私を慕ってくれていた後輩も、卒業後に所属していた劇団の先輩も、みんな遠くへ行ってしまった。
スマートフォンやテレビや街頭のディスプレイ等、かつての仲間達は画面という画面を彩っている。
液晶には触れられるが、その向こうへは手が届かない。
いつの間にか私だけが取り残され、かつての仲間達はスターになっていたのだ。
同じ人間でありながら、完全に別種の人生となってしまった。
私が諦めなければこの先も足掻き続けることはできる。
できるのだが、その道は出口の見えないトンネルを進み続けるような過酷なものであり、私には耐えられなさそうだ。
夢を叶えられる人こそが少数派で、誰しもがどこかで折り合いをつけている。
私にもその時が来ただけだと言い聞かす。今はそれでいい。
夢と現実の境界線が濃くなっていき、私は自分の立ち位置を理解した。
現実はその姿を捉えるか否かというところで容赦のない事実を喉元に突き付けてくる。
働かなければ生き残れない、安定した定職を得るべき、アルバイトでギリギリの生活はもう辞めるべきといった囁き声が脳内にこだまする。
そうして私はアラサーにして初めての就職活動を始めることにしたのだった。
人生は甘くない。
というのは先程から散々垂れ流し続けている通りで、私の人生は南極の反対側の名を冠したラーメンくらい辛い。
一度道を逸れたものが普通の人生を手に入れるというのは容易ではなく、私は選考に落ち続けた。
正社員経験がないくせに正社員登用という希望を頑なに曲げない私が経験したのは所謂“お祈り”の嵐であった。
今までの人生でこんなに誰かが幸せを祈ってくれたことがあるだろうか?
さりとて形式的な祈りほど心に響かない物はない。
気持ちのこもっていないお礼や謝罪が時として感情を逆なでするように、機械的な祈りは私の心をざわつかせた。
「お前のことは採用しないけどさ、幸せになってくれよな」
そう言われ続けているようなものだろう。
挫折から這い上がる事の出来ないまま新たな挫折に追い討ちをかけられているようで、世知辛さを痛感するばかりである。
夢と現実(=就職活動)という二度の挫折を味わい、私の心は折れるを通り越して粉々に砕け散っていた。
砂のように粉々になっているが、当然砂浜のような爽やかな代物ではない。
粉々に砕け散った心は私の涙を多分に吸い込み、公園の砂場の砂のような不快な湿り気を放ち続けている。
最初は真剣に見ていた求人も、どうせ落ちるのだからと半ばヤケクソに手を出すようになっていた。
最初なら弾いていた条件の求人にも応募するようになり、業種や社名に拘らず広く何でも見るようになったのだ。
そうして選択肢を広げた結果、どう考えても怪しさしかない求人を発見するに至った。
その求人には明らかに他のモノとは異なる雰囲気が漂っていた。
・演技力に自信のある方歓迎!
・演技経験者優遇!
・人を幸せにするお仕事です。
・見た目や雰囲気が中性的な方。
一見すると私の為に存在するような求人に感じられるが、どうにも胡散臭い。
それでいて給与や休日等の条件面も優れている為、それがかえって怪しさを助長している。
これは何らかの法に触れたりしないだろうか。
詐欺の片方を担がされたりするのでは?という疑念も拭えない。
しかし……条件の良さはあまりにも魅力的だ。
本当に求人通りの内容であれば私に適した仕事であるという点もまた、私を惹きつけた。
ヤバそうだったら辞退したらいい、そう言い聞かせながら応募のボタンをクリックしていた。
異色な求人について、応募してからはトントン拍子に進んでいった。
書類選考を通過し、リモートで面接をする流れとなったのだ。
コロナ禍前はリモート面接なんてかなり珍しかったと思うが、最近ではリモート面接の方が多いくらいである。
コロナ禍あたりから市民権を得てメジャーなWEB会議ツールとなったプラットフォームにアクセスし、指示されたIDとパスワードを入力した。
参加者は私を含めて三人だった。
人事担当者と現場担当者あたりかと思ったのだが、一名の様子がどうにもおかしい。
いかにもサラリーマンといった風情の一名とは対照的なもう一名は顔を出さずに自作(?)のアバターを映している。
これならカメラOFFで音声のみの方が良いのではと声に出しかけたが、ギリギリ飲み込んだ。
アバターの下に表示されている氏名もどうやら本名ではなさそうだった。
「麻須久彩」と書かれたその名称はどこかで聞いたことがあるような気がする。
どこで聞いたのだろうか……。
思い出した、ネットで少し話題になっていた小説家だ。
彼は麻須久彩のファンなのだろうか。
そうだとしても面接に他者の名を借りて臨むのはいかがなものか。
「あー、疑ってますよね?本人です」
男性とも女性ともとれるような不思議な声で、自称麻須久彩が発言をしている。
本人……?
と不思議そうに首を傾げる私に気付いたもう一名がフォローを入れる。
「先程先生が仰られた通り麻須久彩本人で、私は担当編集の竹田と申します」
そう言って某出版社の名刺を画面に掲げている。
素人なので本物か偽物か判断がつかないが、嘘を言っていたり演じているような素振りは見えない。
これが演技なら少なくとも私より芸達者なので、今回の面接は落ちるだろう。
こうやって誰かを騙してお金を獲る仕事なのだろうか?
それとも私がカモとして狙われている?
よく分からない状況についていけず、思考がぐるぐると駆け巡る。
しかし、私は考えても仕方がないと肚を括ることにした。
求人に出ていた高待遇の仕事が本当に存在するならば、掴み取りたいという一心だった。
「つかみはこれくらいにして、面接に入りましょうか」
自称麻須久彩の担当編集を自称する竹田という男性が進行役となり、面接が始まった。
「まず、今回募集をかけていた仕事なんですけど、内容が内容だけに詳細を載せられなかったんですよね」
「えっ、やっぱり……詐欺的な……?」
「ははは、違いますよ。騙すという点においては強ち間違いではありませんが……」
「人を……騙す……?壺を買わせるとか……?」
「そういう怪しいやつでもなくてですね、麻須久彩先生として表に出てくださる方を探しているんです」
「私が……本人の代わりに小説家として……表舞台に出る……!?」
思いも寄らない展開に驚きを隠せずに戸惑っている間に面接が進んでいき、気が付くと私は小説家の影武者になっていたのだった。
つづく
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