【小説】 ゴート×ゴースト 第二話

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小説家や作曲家等のクリエイターに実はゴーストライターが存在する。
というのは昔から時々耳にする話だ。

一昔前には自称全聾の作曲家とそのゴーストライターの話題が世間を賑わせていた。

私の場合はその逆で、麻須久彩先生そのものが何故かゴーストライターになろうとしている。

先生は対人恐怖症とのことらしく、これまでもメディアに姿を晒したことがない。

その頑なな姿勢が憶測を呼び、ネット記事や週刊誌上で賑わせてしまったのだ。

全てAIが執筆している説や著名人が己の身を隠して活動している説、服役中の受刑者または前科持ちの犯罪者というような様々な憶測が溢れていたが、どれも確たる証拠の無い話であった。

あまり小説を読んだりしない私でも先生の名前を聞いた際にピンとくる程度には話題になっていた。

打ち合わせやインタビュー等も全てリモートまたは文章で対応しており、担当の編集さんですらその姿を見たことがないらしい。

声を聴いたことがある時点で珍しく、それすら加工されている場合もあるというのだからよっぽどである。

そこまで徹底していると確かに様々な妄想の的になり得てしまうのだろう。

そんな人の替え玉として、私は上手くやっていけるのだろうか。
いや、やるしかない。私にはこの仕事しかない。

そうして覚悟を決めた矢先、スケープゴートとしての初仕事のお呼びがかかったのだった。



「なるほど、そういうことか」

今年の芥◯賞と直◯賞の受賞者が決まったというネットニュースを見ながら私は独り言ちた。

直◯賞の受賞作家の方に、見覚えのある名前があったのだ。

流石にこの賞の授賞式には出ない訳にはいかないだろう。
世間も同様の考えを抱いたようで、ついに麻須久彩が公の場に姿を現すのではと話題になり始めていた。

そう、私の初仕事は想像よりもはるかに大きな仕事だった。

正直、書店でのサイン会とかそんなところを想像していた。
これは私にとって、思いも寄らない大舞台だ。

文学界で最も著名と言える誰もが知る賞の受賞となれば、当然カメラも入り全国に報道されるであろう。

失敗は許されない。
私が失敗したら先生にとっての損失は計り知れないし、私もせっかくありついた仕事を失ってしまうことになる。

驚きからか妙に冷静になっている自分がいる。
麻須久彩先生はこの受賞について、もっと早い段階で知っていたのだろうか。

そういえば私を採用する際の選考について、妙に急いでいたようにも感じる。

あの時は一般的な企業ではないからそういう感じだったのかなと勝手に納得していたが、こうした事態に備える為に急いでいたのかもしれない。

先程の賞についてはいきなり受賞が決まるわけではなく、数度の予備選考を経て最終候補作が選ばれ、そこから受賞作が決定するらしい。

当然そのどこかの段階で作家や編集者には何らかの情報が入るだろう。

その時点から受賞の可能性を見据えていたのかもしれない。
そして、急いで適材を探していたところにたまたま私がフィットしたということなのだろう。

金欠や夢への挫折から急いでいた私とは急ぐ理由が対極的であり、その輝きに思わず目が眩んでしまう。


私が替え玉を演じるにあたり、麻須久彩先生とはリモートでのミーティングを実施している。

内容としては毎日15分〜30分程度の進捗確認と、週に一度の1時間〜2時間程度の打ち合わせだ。

日々、ミーティングで指示いただいた先生の作品や資料を読み込んで翌日に報告し、また当日の分の指示を貰うという流れで、土日祝はお休みになっている。

また、平日であっても用事がある際や体調不良時、気分が乗らない時はやらなくて良いと言ってくれている。

分量としても半日もあれば十分な量で、あまりにもホワイト過ぎて何らかのドッキリ企画なのではと疑ってしまうほどだ。

制約と言えばスケジュールをある程度共有しておくことくらいで、それも私の予定がある日には先生の予定を入れないためということらしい。

それでいて給料は十分にいただけるとのことで、まさに夢のような仕事だ。

待遇の良さからか給料分はしっかり働こうという意識が芽生え、平日の9時〜17時は昼休憩を除いて先生からの課題や先生の影武者としての鍛錬に励んでいる。

今回の授賞式やその後の会見については、担当編集も交えて何度か打ち合わせを行った。

当日の流れとして想定されるシナリオを先生がいくつか書き下ろしてくださり、それを先生の意図通りに演じられるよう練習を重ねた。

想定される質問についても信じられない量のQ&Aを用意いただき、可能な限り頭に叩き込んだ。

念の為、カンニングペーパーも用意をし、万全の態勢で当日を迎えた。



授賞式は危なげなく終了したものの、ほっと一息つく暇もないままに会見へと移行されてしまった。

多数のテレビカメラや記者の視線が私や他の受賞者を刺し続けている。

気が付くといつの間にか質疑応答の時間に入っていた。

「今回の受賞作について、何をきっかけに着想を得たのでしょうか?」
「今回の作品を通してどのようなことを伝えたいですか?」

といったような全員に対する共通の質問が続き、それについては先生からいただいていたQ&Aに則って回答を重ねていった。

こちらに関しても危な気なく対応が出来ていると思う。

問題は個別の質問に入ってからだった。

正体不明の作家が表舞台に出てきた事に対する関心が強いらしく、麻須久彩先生の素性に関する質問が相次いだ。

「どうして今まで露出を避けていたのでしょうか?」

「私は人前に出る事が得意ではなく、出来ることなら本日も不参加またはリモートで参加したかったくらいです」

「これまでの経歴は?」

「皆さんに誇れるようなモノが何もないんですよね。人前に出ずに何とか食っていけないかなと思っている間に作家になっていました」

先生の経歴やパーソナリティーについての質問が相次ぐ事は想定内で、ここまでは先生にいただいたQ&Aに網羅されている内容だった。

しかし、何もかも上手くいくなんてそんなに甘いものではなかった。

今まで特に動きを見せなかったとある記者が手を挙げた。
その鋭い眼光は私の方に向けられているはずなのだが、どうにも私を見ているようには見えなかった。

司会者に指名され、先程の記者が口を開いた。

「貴方は誰ですか?本当に麻須久彩先生ですか?違いますよね?」

記者は確固たる自信を持っているかのような素振りで、こちらを見ながら話を続けていく。

「貴方の所作は人前に立てない人の振る舞いではないし、あまりにも熟れすぎている。質問の答えも事前に用意をしてきたかのようによく出来すぎている」

返す言葉を見出だせずにいる私を置き去りにして、記者は尚も続けていく。

「麻須久彩先生は言葉を紡ぎ出す前に伝えたい事を自身で咀嚼するような独特の間が一瞬存在していると思うんですよ。私の記憶の中の先生と比べるとよく出来た偽物のように思えてならないのです」

あらかた言いたいことを伝え終えたのか、記者は黙ってこちらの返答を待っている。

疑われること自体は考えていなかった訳ではないが、あまりにも麻須久彩先生への造詣が深過ぎて軽く引いている。

いわゆる厄介オタクというやつであろうか?私が先生ならば、こんな人がいる時点で極力露出は避けたい。

どう返答すべきか。迷っている間にも時間は過ぎていく。




先程の記者の熱弁と妙な説得力はその場の空気を支配しており、私が偽物なのでは?という疑念を尤もらしくさせている。

実際に偽物ではあるのだが、それを肯定する訳にはいかない。

「あー……期待を裏切ってしまったようで大変恐縮です」

私の言葉を聞いた会場内の人々の視線の雨が降り注ぐ。
私が非を認めたとも取れるような発言に、会場全体に疑惑の色が濃くなっていく。

「私は貴方の思う麻須久彩ではないかもしれません。しかし、私がこの作品の生みの親であり、麻須久彩という存在を生み出したのも私です。貴方が作り上げたイメージを壊してしまったことは謝りますが、私が私であることについては事実であり、これは『信じてもらうしかありませんね』」

少し芝居がかり過ぎていたかもしれないとは思いつつ、先生の作品の台詞も引用して即興の劇を繰り広げた。

「皆さんに気に入ってもらいたくて物語を紡ぎ、皆さんに納得してもらいたくて姿を現し、皆さんを失望させないためにこんなにも備えてきた……」

用意していたカンニングペーパーをバラ撒き、感情を高めていく。

「こうやって上手くいかないから、私は殻にこもっていた。出てくるんじゃなかった。もう帰りたい……」

感情を露わにする私を、会場の一同が見つめている。

先程の記者は私の足元に目をやり、カンニングペーパーを見て身体を震わせている。

「この字は間違いなく先生の文字だ……私はなんてことをしてしまったんだ……」

唐突に泣き崩れた記者の傍に寄り、私は語り掛ける。

「あー……責めるつもりはありません。分かってくださったならそれで良いのです」

この記者は本当に只の厄介オタクだったらしく、震えが止まらなくなっている。

会場一帯の空気も変わり、疑惑の色が消えていく。

一か八かのギャンブルだったが、ギリギリのところで勝利を収めたと言えるだろう。

しかしこれはこれで先生のイメージに影響がありそうだ。

つづく


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