飴の雨

昼飯に、南インドのカレーを食った。パクチーとトマト、ヨーグルトのきいている酸っぱいカレーだった。あまり好きな味ではない。あまり好きな味ではなかったが、なんとなくおいしい気がして、ぺろりと平らげた。こういう、あんまり知らない味は、慣れるまで、”あまり好きではない”という感想になってしまうのかもしれない。数回食うと、”なんか好き”になるのかもな。そんなことを思いながら、食後のホットチャイを飲んで、会計をして、店を出た。山奥なので、車である。

車を出そうとエンジンをかけたとき、声が聞こえた。「おい、今から飴の雨が降るらしい。走らせないほうがいいぜ」
驚いて、声が聞こえたほうを見る。天気がよかったので、運転中は窓を開いていた。閉め忘れていたらしい。隣には、赤いボックスカーがとまっており、助手席に乗っているネズミが声の主である。私に向けられた言葉に、「へえ」と言って空を見ると、確かに、晴れていたはずの空を、分厚い雲がおおっている。「確かに、天気が悪くなってきましたね。しかし、本当に、飴の雨が降るんですか。珍しいな」
私が聞くと、彼は「ああ、間違いないさ。こいつの鼻がよくきくんだけどさ、朝から、甘ったるいにおいがプンプンしてるっていうんだ」といって、運転席のほうを指さした。そこに座っていたのは狼で、こっちにむかって、会釈をする。

飴の雨が降るようであれば、ここに車を止めていても危ないなと思う。前に飴の雨が降ったのは五年前だが、その時、屋外に車をとめていたもんで、車がボコボコになってしまって、どうしようもなくなった。それで、今の車に乗り換えた。この店の駐車場も屋外なので、まあ、十中八九、無事ではすまないだろう。どうしたもんかなあと困っていると、隣の車に乗っていたネズミと狼がおりてきて、自分らの車の周りに鉄棒を立て始めた。もとは1メートルほどの長さのものだが、ひっぱると、3メートルほどになってる。それが、15本。

「これを立ててね、上にシートをはって、テントつくるんですよ」何をしているのかなあと不思議そうに見ていた私に、狼が説明する。「そしたら、飴降ってきてもね、車、ボコボコにならなくって、すみますから」
そういうものがあるのかと思って、「へえ」と感心した顔を見せる。今度からは、それを常時、車に積んでおこうと反省する。今から、屋根のあるところまで車を走らせるにしても、ここは山奥だし、ここまで来る道中に、そんな場所はなかったはず。諦めて、被害ができるだけ少なく済むことを祈ることにした。

それから10分もしないうちに、車の天井に、カツンと固いものがあたる音がした。来たかと思い、開いていた窓をすべて閉める。ネズミと狼の車は、すでにシートに囲われている。逆を見ると、猫の家族が大慌てで、車の上に毛布をしいている。そうか、やわらかいものを敷くという手があるのかと思って、私も、なにかクッションになるものを探してみる。しかし、20枚入りのポケットティッシュしか見つからなかった。私は、次第に強くなる飴の音を聞きながら、あとで、この飴をいくらほど食えるかしらと考え始めた。雨の飴は、非常にうまいのだ。

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