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学校弁護士〜スクールロイヤーが見た教育現場〜

前任校で、スクールロイヤーと全職員が懇談する時間があった。

話の内容は、多岐に渡ったが、校則に関する懇談においては、互いに考え方が噛み合わず、消化不良になるばかりでなく、最終的には、スクールロイヤー側が学校側の意見をまともに聞き入れず、教員側に不信感が残った話し合いになった。

スクールロイヤー側としては、「子供の最善の利益」を第一に優先する立場からの考えや意見を述べており、意見としては、至って妥当な内容ではあるのだが、その意見や話ぶりが現場の教師の立ち位置や考え方を全く考慮に入れず、上から目線で批判するような内容だったため、教員側からは不評であったのである。

私としては、本来、スクールロイヤー側も学校職員と連携、協働して取り組みを推進していかなければならないのに、なぜお互いに、このような関係性しか築けないのだろうか?と内心、不満を持っていたのだが、本書を読むことで、そのすれ違いの理由がよくわかった気がする。

著者が弁護士であり、かつ教員として現場で実際に勤務しているため、一般のスクールロイヤーの物の見方や考え方、立ち位置からではない判断や考察ができており、その考え方や主張に対して、多くの場面で同意、納得いくものがあった。

例えば、著者は、本書の終盤で、次のように指摘している。
「そもそも、スクールロイヤーは教師の負担を軽減する目的ではなく、教師に対する不信感から導入された制度であることを忘れてはならない。事実、いじめなどの不祥事をきっかけにスクールロイヤーを導入した自治体は少なくないのだ。弁護士だからといって教師よりも適切に対応できるのかと言えば、そんな保証はどこにもない。多感な学生時代を司法試験の勉強に明け暮れ、社会人経験もほとんどない人間が大半の弁護士が、教師よりも豊かな人間性とコミュニケーション力で、子供が抱える問題を解決できるのだろうか。教育のことを何も知らない弁護士が、教師に対する不信感の上に築かれたスクールロイヤー制度を担うとしても、教師との信頼関係を築く事は難しいだろう。」(p270-271)

その上で、筆者が指摘するように、これから早急にやらなければならない事とは、お互いの考え方や立ち位置の違いを十分に認識した上で、スクールロイヤー側も、学校の職員や教員もどのようにすれば、効果的な連携ができるのか、どのようにすれば、お互いに信頼しあえる関係性を築けるのか、と言う点を、互いの立場で、もっと深く掘り下げて研究、分析し、それを持ち寄り、擦り合わせた上で、実践に移していく必要があると言うことであろう。

「スクールロイヤーを『チームとしての学校』の一員として扱う制度を築くことだ。スクールロイヤーが担任、養護教諭、カウンセラー、ソーシャルワーカーなどと情報を共有し、それぞれが異なる専門性を活かして子どもたちのために協働して対応する。このことが教師の負担を減らし、働き方改革にもつながる。そのためには、スクールロイヤーが他の専門職の視点や考え方をもっと勉強し、連携を図るスキルを磨く必要があるし、教師もまた異なる専門性を持った人材をチームの一員として信頼する感覚を養う必要がある。」(p271-272)

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