ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.22
東京・白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。
第四章 レストラン ラ クレリエール
vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
→ 第一章 レストランのシェフになる
→ 第二章 プロの世界へ
→ 第三章 「料理長」を見据えて
22.神様からの贈り物(後編)
奇跡のコンベクションオーブン
クレリエールの厨房には、大きなコンベクションオーブンがあります。オープンした2016年当時の最新型で一度に50~100人分も焼ける、16席の店には少々不釣り合いなこの一台も、僕とクレリエールにとって奇跡的な幸運の一つでした。
物件が無事決まり、オープンに向けて準備していた頃、東京ビックサイトでの国際ホテル・レストランショーを手伝ったことがありました。業務用厨房機器メーカーのフジマックのブースで行われる上柿元勝シェフと熊谷喜八シェフのクッキングセミナーの助手としてお声がけいただいたのです。両シェフとも、河野シェフよりさらに上の世代の、僕にとっては雲の上の存在。一緒に仕事をしたことはおろか、お会いしたこともありません。その上、そういったイベントに参加すること自体、初体験。会場に向かう電車では、ひたすら緊張していました。
シェフには、それぞれのその人のやり方というものがあります。しかし、お二人のやり方を知る間もなく仕事開始。今までの経験を総動員して、3日間のイベントをなんとか無事に乗り切りました。出来ることを全力でやったのに加え、僕自身もシェフを経験していたことが幸いしたのもありますが、両シェフともにセミナー慣れされていて、会場に入りきらないほどの聴衆の前でも余裕綽々、助手の僕に対しても懐深く対応してくださったことも大きかったと思います。仕事以外でも気さくに接してくださり、連日喜八シェフとランチを食べ、帰りに上柿元シェフに飲みに連れて行っていただきました。会話の中で、河野シェフのことを「河野」と呼び捨てされるたびに“雲の上”なのを思い出して冷や汗をかいたりしていましたが(笑)
そしてフジマックのコンベクションオーブンの素晴らしさを目の当たりにするごとに、自分の店に欲しい!という気持ちがむくむくと涌いてきました。しかし、到底手の出せる金額ではない。そもそも僕の店にはスペックオーバー。でも、欲しい・・・。
そうしたら、なんと、イベントで使用した現物を“新中古品”として割り引いて売っていただけることになったのです!フジマックの担当者の方のご厚意と、両シェフが後押ししてくださったおかげでした。
クレリエールのパイ料理がお客様にとてもご好評いただいているのは、このコンベクションの力に負う部分も大きいと僕は思っています。実際、50~100人分焼く力があるからこそ生み出せる生地の膨らみや食感がある。クレリエールにとってスペックオーバーどころか最適だと今は胸を張って言えます。
実はオープンしてしばらくして赤字に陥った時期がありました。それを救ってくれたのが、デザートで出していたミルフィーユでした。ちょっと大きめサイズなのにサックサクのフィユタージュのクオリティは、このコンベクションなしには出し得なかったでしょう。入手も奇跡的でしたが、店の救世主を生み出すという奇跡を呼ぶ一台でした。大きなコンベクションのために厨房のレイアウトを変え、食洗機を消費電力の小さいものに買い換えたりした甲斐がありました!(笑)
自分の店を作ってみて、言えること
僕は料理人を目指した時から「自分の店を持つ」ことを考えていたため、早い時期から資金を貯めていました。そこに数々のラッキーが重なり、結果的に1円も借金せずにクレリエールをオープンすることができました。結局、物件探しもしなかったので、たまに後輩が独立の相談に来ても役に立てず、申し訳ないのですが。
ただ、自分の店を持って5年目を迎え、借金なしでスタートした利点を何度も感じました。何かを決断する時の選択肢が違う。もちろん借金したくてしてする人はいないですし、僕のように条件に恵まれたケースが稀なのは承知していますが、借金があるかないかの違いは独立前に考えるよりきっとずっと大きいと思います。
こうして当時を振り返ってみて、クレリエールは「神様からの贈り物」だったんじゃないかと改めて感じています。独立を決心したものの当時のモナリザの状況を考えて、1年間、自分の持てる力と時間を全て使って料理人としての自分を生み育ててくれたモナリザに恩返ししようと決めました。そんな100%モナリザに捧げた1年間に、神様がご褒美をくれたんだ!モナリザを辞めたわずか2日後にラシェリールの話が飛び込んできた瞬間、そう頭に浮かびました。そして今もそう思っております。その後、話を進め、オープンに向けて動き出す中でも様々なラッキーがあったのは、お話してきた通りです。
クレリエールという名前
フランス語に詳しい方によると、「クレリエール」とは本来、木々の間からキラキラと差し込む木洩れ日ではなく、暗い森の中で木漏れ日が地面に作り出す光の円を差す言葉なのだそうです。僕は前者のイメージで店名にしたのですが、それを聞いた時、言い得て妙だとちょっと感動しました。
殺伐とした東京の真ん中でポッと光が当たっている、レストラン ラ クレリエールはそんな存在でありたいと思っています。
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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。
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