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オーク樽のことを知るとワインがより面白くなる

 ワインの熟成感や複雑味を与えるために、一定の時間をかけて育成する期間が必要となる。その育成容器として、オーク樽はとても重要な役割を持っている。日本のワインメーカーもほとんどの生産者が直接或は間接的に、海外で作られたオーク樽を購入し、ワイン造りに用いている。今回はこのオーク樽に関して深堀してみたいと思う。

オーク樽の形と容量

 ワインの産地に紐付き、伝統的に使用されるオーク樽の形や、そこに貯蔵できるワインの容量が異なる。

ボルドータイプ:バリック(la barrique)と呼ぶ。225L容、高さは95cm

ブルゴーニュタイプ:フ(le fût)と呼ぶ。228L容、高さは88cm

900L以下の大きいものはトノー(le tonneau)と呼び、さらに大きいものはフードル(le foudre)と呼ぶ。

比較しにくくて恐縮だが、以下に添付した写真はブルゴーニュタイプで、見出しに使った写真はボルドータイプのオーク樽の写真である。

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フランスにある樽メーカーの存在

 このオーク樽を作る職人をフランス語でトノリエ(Tonnolier)、樽メーカーをトネレリー(Tonnellerie)と呼ぶ。その多くはフランスにあり、大小合わせると150社以上存在する。1978年にはそのうちの50社前後が連合会を結成(La Fédération des Tonneliers de France)し、伝統的なオーク樽製造技術の維持・継承、世界中へのオーク樽供給を行っている。La Fédération des Tonneliers de Franceによると、2018年を例にとると年間650,000樽がワイン或は蒸留酒用に製造され、その68%が世界中のワイン生産国に輸出されている。フランス以外には、USA、ポルトガル、スペイン、イタリアなどにもオーク樽メーカーは存在する。ただし、USAは主にバーボン用オーク樽を作っている。

以下にHPリンクを掲載する。​地図もあるので、フランスのどの辺りに樽メーカーがあるのか、掴むのによいと思う。

フランスにおけるオークの産地とオークの種類

 フランスには約17,000,000haの広大な森林が広がっている。そのうちの約15%が国有林として管理されている。オーク樽として使用されるオーク材のうち、80%がこの国有林から購入したものである。主に以下の地域のオーク材が使用される。その地域は、リムーザン(Limousin、フランス中南部)、アリエ(Allier、フランスの中央部)、トロンセ(Tronçais、アリエにある森の1つ)、ヌヴェール(Nevers、アリエの隣)、ベルトランジュ(Bertrange、ヌヴェールの森の1つ)、ボージュ(Vosges、フランス北東部)などである。

 位置関係を把握したい方は、以下のHPリンク中央にある地図を参照してほしい。*地図以外にも樽の製法など英語ではあるが、詳細情報が記載されている。

 それらの地域には、2種類のオークが混在する状態で生えており、地域によって割合が異なる。

• ペドンキュレオーク(Quercus robur)

ワイン中に抽出されるポリフェノール類が多く含まれ、比較的香り成分は穏やかな特徴。特にリムーザンのオークは主にペドンキュレオークであり、ブルゴーニュやフランス南部の森にも生えている。

• セシルオーク(Quercus petraea)

ワイン中に抽出されるポリフェノール類が少なく、香り成分が多く含まれる特徴。アリエやボージュの森に多く生えている。

 例えば、リムーザンでは、石灰質の多い粘土質土壌、あるいは花崗岩の多い、比較的肥沃な土壌にペドンキュレオークが生えており、その他の木々と入り交じって雑木林を形成している。1年間のうちに大きく成長し、木目など木の構造は荒く、大きくなる傾向にある。アリエやヴォージュでは、痩せた粘土質土壌に生えていることが多く、背の高い森を形成している。成長は緩やかで、木目は細かくなる。

 ワイン同様、オークにも種類(品種)があり、産地に依存するブレンド比率(アッサンブラージュ)や、オークが育った環境の違いがもたらす品質が異なるのは、とても面白いことだと思う。

 ちなみにペドンキュレオークは樹形が丸み帯びている(松のような感じ)が、セシルオークは樹形がスマートである(杉のような感じ)という、ざっくりとした見た目の違いが有る旨を、大学の講義では教えてもらった。見たことは無いが、ドングリの付き方が異なり、それを見ると区別しやすいとのことだ。

ワインに与える影響

 オークに含まれ、ワインの香りに影響を与える成分として主要なものを3つ挙げることができる。

樽の香り

 セシルオークは香りが豊かと上記ように、これら3つの香気成分をセシルオークはペドンキュレオークよりも多く含む。中でもココナッツ様の香りを呈するオークラクトンが多い。一方で、エラグタンニンやカテキンといった渋みを与えるポリフェノールをペドンキュレオークは多く含む。

つまり、ざっくりオークの産地別に特徴をまとめると、以下といったところである。

オークワインに与える影響

 ちなみにリムーザン産のオーク樽はその強い渋みからワイン用ではなく、むしろコニャックといったブランデーの育成に使用されることが多い。

フランス以外で産するオークの特徴

 ヨーロッパでもフレンチオークに品質が近いオークがあり、市場でも出回り始めている。ロシアやハンガリーで産するオークで、学名はQuercus farnettoと呼ばれている。フレンチオークと比較して、価格が割安なため、試験的に試した経験はあるが、遜色無く使える印象を持っている。個人的にはスパイスの香りが強い印象だ。

 もう1つ忘れてはならないのが、アメリカンオークである。アメリカンオークの学名は、Quercus albaという。渋みを与えるポリフェノールは、セシルオークよりは多く、ペドンキュレオークよりは少ない程度だが、香り成分がとても豊かで、セシルオークよりも多く含まれる。特にココナッツの香りを呈するオークラクトンが2倍近く含まれるという報告が有る。そして、価格が安いところも魅力の1つである。

 フレンチオークと比較して、木の成長が早いことが1つの理由である。フレンチオークがオーク樽材として使用できるようになるまでには100年から150年かかると言われるが、アメリカンオークは60−70年で成長する。また、フレンチオークと比較して、加工のしやすさも大きい。

 また、チロースと呼ばれる導管を塞ぐ膜のようなものがアメリカンオークでは発達して液体が漏れにくい性質がある。そのため、オーク樽を作る際にフレンチオークのように特別な加工をすることなく、製造することができ、歩留まりもよいとのことだ。実際、フレンチオーク樽と比べて、30%−40%安い価格で購入が可能だ。ただし、香りが強いため、多くの日本ワインで見られる繊細で上品な香りをマスキングしてしまう可能性もあるため、使用には注意が必要だ。

 ちなみに日本にもQuercus crispulaというオークがある。和名でミズナラと呼ぶ。家具や建築材として重宝され、一部ウイスキーやワイン用の樽としても加工されている。フランス産のオーク樽とは異なり、独特の風味を付与すると言われている。

最後に

 ワインの生産地やワインメーカーの目指すスタイルによって、ワインの育成容器として選ばれるオーク樽の種類は異なる。特にオーク材の産地によって、それを用いて作られるオーク樽の品質特徴が異なるためである。

 あくまで主役はブドウではあるが、たまにはワインの中から感じ取れるオーク樽由来の香り、口に残る渋みの程度、質の違いを感じながら、そのワインに使われた、裏方の存在であるオーク樽に想像を飛ばしてみても楽しい。




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