見出し画像

Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第8話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話よりどうぞ。




○ 15

 奥山晴臣は秘書とともにエレベーターに乗り込んだ。

 都内の一流ホテルだ。今、そのレストランにおいて経団連の理事数名と会食してきたところだった。

 先日、日の出製薬社長の坂田と理事である田上が殺害されたが、副社長としてその報告と今後についての方針を説明してきた。

 「疲れたな……」

 つい漏らしてしまう。後ろに立つ秘書が何も言わずに小さく頭を下げた。

 地下の駐車場に着く。

 先に降りた秘書が目配せすると、すぐそこまで運転手がやって来ていて、頭を下げる。

 頷き2人の間を通り抜ける奥山。そのまま、既にエンジンがかけられていた国産高級車に向かう。

 すると、カツーン、カツーン、と靴音が響いてきた。

 足を止め、そちらを向く。後につく2人も同様にした。

 奥の方から、しっかりとした足取りで制服警察官が近づいてくる。背が高く、がっちりとした体格だった。

 1人だけのようだ。見まわりか? いや、警備員じゃないのだから、それはないだろう。では、なぜ?

 怪訝な表情になって、秘書や運転手を振り返る。彼等も当惑しているらしい。顔を見合わせて首を傾げた。 

 警官は、まるで兵隊かロボットのように規則正しい動きでこちらに向かってくる。何かそれが、不穏なことのように感じられた。




 「君、何か用かね?」

 秘書が奥山の前に出て、警官に問いかけた。

 だが、返事はない。相変わらず感情を見せないままだ。動きは止まらない。

 「君、用件を言いたまえ」

 ついに秘書が向かっていった。運転手もその後につく。

 奥山は警官の顔を見ようとした。だが、不思議なことに、黒い霞でもかかっているかのようで、見えない。

 警官が徐に拳銃を抜いた。

 「お、おい、なにを?」

 秘書が慌てる。運転手も驚いて秘書の背中にしがみつくようにした。

 警官は銃を上に向けて発砲した。乾いた音が駐車場に響き、こだまする。

 視線を上げて見ると、駐車場に設置されていた防犯カメラが破壊されていた。警官はあれを狙って撃ったのだ。

 何のつもりだ?

 恐れを感じながら、疑問も抱く奥山。

 次に警官は、しっかりと銃口をこちらへ向けてきた。

 や、やめろっ!

 思わず叫びそうになったが、その前に、たて続けに2回発砲された。一発は秘書の足、もう一発は運転手の肩に命中する。

 2人が呻き声をあげながら蹲った。




 警官は銃をホルスターに収める。そして更に近づいてくる。

 「な、なにを……」

 後退る奥山。そして迫ってくる警官から逃げるように、エレベータに駆けよった。しかし、ずっと上の階にいるらしい。ボタンの灯りが虚しく輝いている。

 振り返ると、既に警官は目の前まで来ていた。その暗がりのような顔を見ると、紅い光が二つ灯っている。

 奥山は息を呑んだ。

 「何をするつもりだ。私は、日の出製薬副社長の奥山だぞ。人違いをしているんじゃあ……」

 必死に問いかけものの、警官は何の反応もしない。脅えながら見ていると、顔を覆い隠していた黒い靄のようなものが晴れていく。

 そこには、銀色の体毛に覆われた赤い目と、異様に突き出た鼻と口、そして、鋭い牙……。

 ひっ! ば、化け物……!

 叫び声をあげる暇もなかった。警官は奥山の喉元に食らいつくと、野生動物がやるように頭を振る。奥山の身体がそれに合わせて宙を舞う。一回、二回……。

 最後に大きく奥山を振りまわすと、ついに首が取れ、頭が転がった。

 食い千切られた首からダラダラと赤黒い血を流しながら、奥山の顔が転がっていく。胴体はその場に物のように倒れた。

 警官は次に右腕を高々と掲げる。その先には鋭く光る爪。

 その腕を倒れた奥山の背中から突き刺す。少しグチャグチャと肉を抉るようにすると、何かを取り出した。そして一瞬視線を送っただけで、ポイ、っと捨てる。

 フロアにべちゃっと落ちたのは、赤黒い塊。まだ微かに、ピクピクと動いている。

 奥山の心臓だった――。

 それを踏みつぶすと、警官は、来た時と同様規則正しい動きをしながら駐車場を出て行った。




○ 16

 シャワーを浴び終えると、エリカはバスタオルを一枚身に纏っただけでリビングに戻った。

 やはり見計らったようにスマホが鳴る。トムだ。

 「一つ仕事を終えたわよ」

 出るなりエリカは言った。

 「わかっている。確認した。だが、別のターゲットはとられたようだ」

 「え?」

 怪訝な表情になるエリカ。

 「副社長の奥山が殺された」

 トムがポツリと言う。エリカは目を見開いて驚く。

 「いったい誰が?」

 そう声を出したが、頭の中ではある姿が浮かんでいた。あの、高級中華レストランで見た警官だ。

 「今回の件では、かなり情報網を使った。警察内にも協力者はいるので、その伝手も可能な限り駆使してね。で、掴んだところでは、奥山を襲ったのは警官の姿をしていた男だそうだ」

 「やっぱり……」

 「奥山の首は鋭い牙で咬み斬られたようになっていたらしい。そして、背中から肉が抉られ、心臓を抜き取られていた。あたかも大きな獣の爪でやられたように」

 ふう、と一つ溜息をつくエリカ。少しお互いに沈黙した後、静かに口を開く。

 「おそらく田上や坂田の時に現れたのと同じヤツよ。私があの2人を殺らなかったら、同様にしていたんでしょうね。そしてたぶん、いずれ桧原も……」

 やはりターゲットが被っている、とエリカは確信した。

 「だがな、どうもそう単純なことでもないらしい」

 トムが珍しく戸惑うような口調で言った。

 「何かあるの?」

 「連続猟奇殺人事件が起きているのを知っているか?」

 「たしか、神奈川の西の方、足柄とか沢の北峠とか、あっちの方で何人か惨殺された、っていうニュースは見たわ。それがどうかしたの?」

 「同じ手口らしい」




 「え? 同じって……?」

 「大型野生動物のようなヤツに咬み裂かれ、切り裂かれ、心臓をえぐり取られている」

 エリカは息を呑んだ。公になっていないのは残虐すぎて報道規制がかかっているからだろう。

 「詳細のデータは手に入れた。警察内にいる仲間からね。君の方にも送っておく。どうせ、調べるつもりなんだろう?」

 「そうね。余計なことには関わりたくないけど、ターゲットが被ってしまっているし、私の仕事にケチもつけられたし、なにより、そいつも私が狙いを3人横取りして、怒っているかもしれないしね」

 「まさか、やり合うつもりか?」

 「望まないけど、あっちから来るなら仕方ない」

 「彼も気にしているようだ。連絡してみては?」

 彼とは、エリカにこの仕事を仕込んでくれた男のことだ。頼りになる。だが……。

 「自分のことは自分でケリをつける。必要ないわ」

 「ふっ」と微かに笑う声が聞こえてきた。「さすがだな。2年で独立できただけある」

 「そんな事はどうでもいい。それより、また何か関連することで情報が入ったら連絡して」

 わかった、と言ってトムは電話を切った。

 ふう、と溜息をつくエリカ。微かに寒気を感じ、ジャージを着込む。

 どう動くか、と思案を始めた。

 一人の男の姿が思い浮かぶ。たぶん公安捜査官だろう。何を調べているのか知らないが、どこかでエリカの仕事と繋がっている可能性がある。ことによっては、エリカやトムより情報を持っていかもしれない。

 それに、ここまで2回も現場で鉢合わせした。妙な縁も感じられる。ならば、接触してもいいか?

 だが、油断ならない相手だ。何より立場は敵同士。よほど気をつけてやらねば……。

 テーブル脇の小さなタンスを開いた。そこには様々な衣装がある。更に、眼鏡やらジュエリー、雑貨類が引き出しに溢れている。これらを駆使すれば、何にだってなれる。

 エリカは一つ一つ確かめながら、考えをまとめていった。




○ 17

 ふむ、と言って大森が目を上げた。下からのぞき込むように、デスクのこちら側に立つ池上を見る。

 「その女が田上や坂田の殺害現場にいたのと同一人物だ、と?」

 「間違いありません」

 大森の質問に自信を持って応える池上。昨夜、バイクで去って行った女のことだ。

 「これはまだ極秘事項だが……」と意味ありげに声を潜める大森。「日の出製薬の副社長である奥山も昨夜殺害された」

 「え?!」

 思わず息を呑む池上。

 「たぶん、もうしばらくしたらニュースにもなるだろう」

 現在朝の8時。おそらく一晩かけて、どの程度の事実をどうやって発表するか検討されていたのだろう。

 「どういう状況だか、教えていただけますよね?」

 大森ならある程度は捜査情報も仕入れているはずだ、と思って訊いた。

 「いったいどうなっているのかな? ますますとんでもなくなってくる」

 溜息混じりに言って天を仰ぐようにする大森。もっとも空など見えない。偽の会計事務所の汚い天井があるだけだ。    

 「とんでもない?」

 「ああ。沢の北峠近辺で起こっている連続猟奇殺人事件と同じ手口らしい。奥山は咬み裂かれ、切り裂かれ、心臓をえぐり取られていた」

 ある程度想像していたことだが、直に聞くとやはり衝撃は大きい。池上は溜息をついた。

 「女暗殺者が桧原を射殺したのと同じ頃、人狼だか怪物だかわからないヤツが奥山を殺していた、ということだな。どちらも日の出製薬の役員達を狙っている可能性がかなり高くなった」

 「そうですね。そして、草加はその日の出製薬が何らかの不正を働いているとみて捜査をしていて、その最中に命を失った……」




 「日の出製薬は超一流企業だ。政財界、そして警察組織にも多大な影響力を持っている。今後は特別な捜査体制が採られるだろう。たぶん、警察庁主導だ。日の出製薬が不正を行っていてそれを隠蔽するつもりで、さらに凄腕の暗殺者やら恐ろしい怪物やらが関わっているとなると、公安の裏部隊が動くかもしれない」

 険しい表情になって言う大森。池上もゴクリと唾を飲み込んだ。

 あくまでも噂に過ぎないが、警察庁警備局警備企画課という部署の下には、極秘に動く武装集団が組織されていると言われていた。警察だけでなく、つながりのある政治家、財界人などにとって不利益な存在を秘密裏に消す業務を行っているという話だ。もはやそちらの方が犯罪なのだが、警察組織や現在の社会情勢を維持するためには必要だ、という理屈らしい。もちろん公にはされていないし、あくまで噂の域を出ない。だが、同じ公安に属する大森や池上は、それが噂だけではないだろう、と思っている。

 「もしそうなった場合、下手に日の出製薬のことを調べていると、池上、おまえも消されるかもしれないぞ。充分気をつけろ」

 城島が言っていた「退き際」という言葉が脳裏に浮かぶ。だが、池上は意地になっていた。ここまで来たら、真相を突き止めないわけにはいかない。

 「ところで」と大森が話題を変える。「田上と坂田が殺害された中華レストランでのことだが、SPの証言によると、騒動が起こる前、チャイナドレスの女が個室に入り料理を振る舞っていたという。その女が暗殺者だと考えているんだろう、おまえは?」

 「確信しています」

 「エリカ、と名乗ったそうだ」

 「え? エリカ?」

 「そう、個室に入る前、SPにそれだけ名乗ったらしい。もちろん本名かどうかなどわからないが。ただ、エリカというと、一人思い浮かぶ存在がある」

 大森が試すように池上の顔を見る。




 聞き覚えがあった。記憶を巡らせる。そして、思い当たり目を見張った。

 「あのエリカ? なるほど。腕が立つはずだ」

 「まだ同一人物だと決まったわけじゃない」

 窘めるように言う大森。だが、可能性はかなり高いと思った。

 2年ほど前から裏の世界で暗躍するようになった、エリカと呼ばれる暗殺者がいる。

 20代半ばぐらいで、スレンダーな美女、という噂だった。まさにどんぴしゃりだ。

 どこの組織にも属さず、信頼する情報屋や手配士とだけ組んで仕事を行う。仕事とは、依頼を受けての暗殺だ。銃の腕が一流というだけでなく、ナイフの扱いや爆薬にも通じている。格闘術も相当なものらしい。

 狙うのはつねに腹黒い権力者や裏社会の人間で、一般人には手を出さない。まるで現代の必殺仕事人というような感じだった。

 草加が調べていたのは日の出製薬の不正。彼女がターゲットにしているのはその関係者。なるほど、悪党を狙っているというワケか。叩けば埃が出る企業なのだろう。過去に恨みを持つ誰かから依頼されたのか?

 「どんどん物騒になっていくな。いいか、池上。くれぐれもムチャはするな。草加の二の舞を踏むのは避けろよ」

 そう言いながら、大森は立ち上がった。この後、神奈川県警内の正式な公安第三課に出勤するのだろう。形だけでもそう見せておく必要があるらしい。上に立つ人間というのも面倒だ。

 大森が出て行くと、池上は公安が保持するデータにアクセスした。エリカという名の暗殺者について、わかっていることだけでも確認しようと思ったのだ。

 だが、その存在を確定できる情報はほとんどなかった。




 どこの何者がエリカを名乗り、暗殺を繰り広げているのか、不明だ。

 一人だけ、この女性がそうかもしれない、という者がいた。

 名前は北沢絵里香。6年前、神奈川県の天童地区という場所で囚人護送を発端とした謎の大量殺人事件があったが、その時巻き込まれた者の一人だ。

 当時大学生だった北沢絵里香は、数少ないその事件の生き残りだ。彼女の友人3名は犠牲になっている。

 その後彼女は単身海外に旅立った。欧米や中東などを渡り歩いたらしい。何をやっていたのか、詳細は不明だ。

 そして、いつの間にか行方不明となっていた。

 しばらくした頃に、日本の裏社会にエリカという名の存在が現れた。最初は、一流の殺し屋として恐れられていた沢崎隆一という男のパートナーとしてだ。

 一匹狼だった沢崎が相棒をもったというので驚かれていたが、2年ほど前から単独で仕事を行うようになっている。

 なぜエリカが北沢絵里香ではないかという推測がされたのかというと、6年前の大量殺人事件には沢崎も関わっていたからだ。その時に接点を持ったと思われる。

 ――だが、全て憶測にすぎなかった。何の証拠もない。

 ふう、と溜息をつく池上。

 チャイナ服姿の女、そして昨夜会った地味なスーツの女、それぞれの顔を思い出す。さらに、モニター内の北沢絵里香の顔と比べてみる。

 わからない……。

 公安捜査官として人物を見極める訓練を積んできたが、さすがに同一人物かどうか判断はつきかねた。

 立ち上がり、窓の外に目をやる。今日も秋晴れだった。

 おそらく、動きを続けていればまた会うだろう。その時にどう出てくるか、そして、こちらはどうするか……。

 強い陽射しに顔を顰めながら、池上は思案を続けた。


○ ↓第9話に続く

 


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

お読みいただきありがとうございます。 サポートをいただけた場合は、もっと良い物を書けるよう研鑽するために使わせていただきます。