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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~  第9話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話よりどうぞ。




○ 18

 陽奈ひなが高校から戻り、影狼神社の鳥居をくぐると、社務所前で父と見覚えのある男が立って話をしていた。

 イヤな感じがする。

 ふと境内を見まわすと4人ほどの男達が離れて立っていた。皆同じような服装だ。キッチリとしたスーツ。おそらく、父と話している男性――福沢慎二の連れだろう。どういう関係かはわからないが、彼を警護しているような感じがした。

 陽奈は社務所にゆっくり近づき父に頭を下げた。そのまま中へ入ってしまおうとしたが、福沢が声をかけてきたので思わず立ち止まる。

 「あ、お嬢さん。学校帰りですか? こんにちは」

 「こんにちは」

 軽く挨拶を返す陽奈。

 当たりの柔らかい紳士、という感じだ。しかし福沢がここに来た理由について想像がつくので、素直に笑顔を返すことができない。

 「まだ社務が残っておりますので、そろそろお引き取りいただけますかな?」

 穏やかな口調で父が言った。神職として穏便に接してはいるが、内心不快に感じているのだろうと思う。

 「わかりました。また、お話を聞かせていただきに来ますので、よろしく」

 福沢が頭を下げ、歩いて行く。例の4人の男達が適度な距離を保ちながら続いた。

 彼は湘南薬科大学薬学部の教授だ。そして、半年ほど前に火災事故を起こし閉鎖となった、日の出製薬沢の北峠研究所で副所長も務めていた。

 去って行く男達の後ろ姿を眺めていると、またしても幻影《ビジョン》が突然見えてきてしまう。

 福沢とその連れらしき4人の前に、警官姿の屈強そうな男が立ちはだかる。その顔は、漆黒の闇に包まれていた。

 あっ! ダメッ! 

 思わず声をあげる陽奈。

 肩に優しく手がふれた。父だ。何かを見てしまったことに気づいているらしい。

 「幻影ビジョンに呑まれるな。それはあくまでも、過去の出来事やこれからの可能性の一つに過ぎない。気に病むことはないんだ。おまえはただ、普通にすごしていればいい」




 「お父さん、でも……」

 「彼のことを気にしているのだろう? それは、今や致し方のないことだ。忘れろとは言わない。過去の一つとして静かに受け止めておくのがいい」

 彼――。陽奈にとってかなり年上だが、兄とも思えるような存在だった。

 その人の頼みを聞き、私は……。
 
 今となっては、確かにあのことはどうしようもない。

 しかし……。

 「この頃、沢の北峠近辺で不穏な事件が起こっているようです。それと、私がしてしまった行為、そして、今頻繁に目に浮かぶ幻影ビジョンに何か関係があるんじゃないかと思えてしまって……」

 「陽奈……」父が優しい視線を向けてきた。「もし万が一そうであったとしても、おまえのせいではない。古《いにしえ》より伝わる信仰によるものだ。彼はその恩恵を受け、以前から更なる興味を抱いていた。今それが異様なかたちで具現化されていたとしても、致し方のないことなのだ」

 この神社の本当の信仰。それは、狼信仰――。

 代々が守り抜いてきた秘薬。それによる作用が、大きく出てしまったのかもしれない。私の行動が引き金となって……。

 先ほどの福沢は、この地の信仰によって造り守られてきた秘薬を得たいという思いを持っていた。だがそれは、決して外へ出してはならないと言い伝えられている。父が福沢の接近を快く思わないのは、そういう理由があった。

 薬学研究者として名の知れた福沢が、伝承の秘薬に興味を持ったのは意外だった。科学から遠く離れたところで伝わるものだからだ。 

 彼は、伝承や信仰さえ、科学に取り込むことができると信じているようだ。古くからの文献を読んで研究し、この地の伝説を理解するとともに、非常に有効で高価値だと判断した。

 その慧眼と熱心さは賞賛に値するが、父をはじめとする信仰を引き継ぐ者達としては、やっかいな相手となった。

 「さあ、着替えて、少し休んでくるといい」

 父の言葉が陽奈を包み込む。

 陽奈は本殿の方を振り返り、そして大きく息をつく。

 あの力は、解放すべきではなかったのではないか?

 陽奈の胸の奥には、拭っても拭いきれない不安が残っていた。

○ 19

 東名高速の下り、足柄パーキングエリアは平日昼間ということもあり、駐車するのにそれほど苦労はしなかった。人気のあるPAなので、休日だともっと混んでいただろう。

 池上は車を降りると、とりあえず缶コーヒーを買って飲む。そして、それとなくまわりを見まわし、怪しい者がいないか確かめた。

 ここまで尾行はないはずだ。だが、これから会う人物にはマークがついているかもしれない。

 その人物とは、松田警察署沢の北峠分署に勤務していた警察官、佐野武。

 彼は分署が襲われた夜は勤務を終え家にいたらしい。その後分署閉鎖に伴い、松田警察署地域課に戻っている。

 同様の警官達、つまり、半年前の日の出製薬研究所火災の頃に草加とともに勤務したことがあり、先日の分署襲撃の際には犠牲とならなかった者達に、話をしたいと持ちかけてきた。だが、ことごとく断られていた。

 佐野も最初は断ってきた。しかし、定年間近という年齢の彼は、他の者達と違い会話の端々に草加の死を惜しむ気持ちを滲ませ、また、火災に対して疑問を持っているようなことも匂わせていた。

脈があると感じた池上は、大森に依頼し、佐野の身辺を探ってみた。もしかしたら逆に罠を仕掛けられているかもしれないからだ。草加の死や日の出製薬に関して調べている者をあぶり出し始末する、という動きがあることさえ考えられる。いわゆる公安の裏部隊なら、そのくらいやりかねない。

 しかし、調べたところ、佐野にそのような黒い影は感じられなかった。

 なので、池上は、自分が草加の元同僚で同期でもあること、友人として慕っていたことなどを伝え、彼の死に少しでも不審なものがあるなら警察組織に背いてでも暴きたい、と訴え続けた。

 その甲斐があって、何度目かの連絡の末に、今日の接見の機会を得たのだ。

 佐野が指定した場所が、このSAだった。沢の北峠近辺や通常の街中だと、何者かに監視される可能性があるから、という理由だった。

 なぜそう思うのかと訊くと、佐野をはじめ草加と分署で一緒だった者達は、しばらく見張られているようなことがあり、さらに、草加と勤務中どんな話をしたかなど、上司や公安の人間と思われる者に質問されることがあったらしい。

 池上も最初は同様に見られたようだ。だが、何度か話をするうちに、こちらが草加の敵ではなかったと理解してくれた。




 フードコートや土産物屋、あるいは足湯の施設などが入った建物を適当に流した後、池上は裏手にある広場の方へ向かった。

 そこに佐野の姿があった。まわりに怪しい人間の気配はない。

 目が合うと頷き合い、しばらく無言のまま並んで歩いた。そして、見通しがよく、怪しい影があれば気づくことができる場所のベンチに座った。

 ようやく、話を始める。

 「実は私は、草加君が子供の頃から知っているんですよ」

 佐野が遠くを見つめるような目をしながら言った。

 「そういえば、彼は沢の北峠のある地域が出身だと言っていました。佐野さんは、以前からその辺りに勤務していたんですね?」

 「はい。若い頃はいろんな署をまわりましたよ。小田原警察署、秦野警察署など、県内でもこっち側の署が多かったですけどね。最終的に松田警察署に落ち着きました。地元だったんで、仕事はやりやすかったです。草加君は、子供の頃から学生時代にかけて、何度か生活安全課に連れてこられてましたね」

 「ほう、意外ですね」

 草加は正義感が強かった。警察官だからという範疇を超え、むしろ堅物とさえ言えるヤツだった。それが、昔は不良だったというのだろうか?

 佐野はそんな池上の疑問を感じとったらしく、苦笑しながら首を振った。

 「彼は正義感が強すぎてね。子供の頃から、悪いことをする人間を許せなかった。小さい頃は悪ガキ相手に喧嘩してケガをさせることもしょっちゅうあったし、高校生の頃なんかは、不良や暴走族が誰かをカツアゲしたり虐めたりしているのを見つけると、臆せず食ってかかっていった。だから、喧嘩やトラブルが結構あったんですよ。柔道をやっていたんで、彼が負けるということはあまりなかったですが」

 「なるほど、それで補導されてしまうことが多かったんですね」

 アイツらしい、と感じて池上も苦笑する。

 「そうなんです。で、何の縁なのか、私が最初に相手をすることが多かった。そんなに悪い奴が許せないなら、警察官になったらどうか、と勧めたのも私です」

 「草加の人生に影響を与えた人物、というわけですね、佐野さんは」




 「いや、それほど大袈裟では……」照れたような笑いを見せる佐野。「たぶん私が言わなくても、彼は警察官になっていたでしょう。でなければ、あれほど過剰な正義感を持て余していたに違いないです……。過剰と言えばいえば、一度大勢のチンピラと争って大けがを負ったことがありましたね」

 「大けが?」

 「ええ。高校生の頃でしたか? 沢の北峠にある神社にチンピラがたむろしていたんですよ。たぶん学生の不良達を束ねていて、上納金というか、要はカツアゲさせてそれを更に巻き上げていたんでしょうね。その集まりを神社の近くでやっていた。ひっそりとした場所だったんで、やりやすかったのでしょう。神主さんに相談されて、巡回を増やしてからはそのようなことはなくなりましたが」

 「そいつらに草加は1人で?」

 「ええ。彼にとっても子供の頃からの遊び場だったようです、神社のまわりが。そこをそんなヤツらに使われていて、怒りが湧いたんでしょう。ここはおまえらが集まるような場所じゃない、帰れ、って注意したところ、やはり喧嘩になってしまったんですね。しかし、草加君がいくら強いと言っても、相手は大勢で武器も持っていた。袋だたきに遭ってしまい、神社裏の崖から落とされて……」

 聞きながら、池上は顔を顰める。下手をしたらそこで殺されていたかもしれないな、と感じた。

 「チンピラ達のうち何人かもケガを負っていました。しかし、やっぱり草加君のケガが一番ひどくて、入院することになったんです。でも、不思議なことに、当初は骨折なども含んで全治数ヶ月だったのが、一週間程度でほとんど治癒していた。あれは、屈強な彼の意思のなせるわざなのかも知れない、と皆不思議がっていましたが」

 若いうちの肉体は、回復も早い。特に草加は柔道などで身体を鍛えていた。だからなのかもしれないが、それにしても皆に不思議がられるほどだとは……。

 「私は後日会う機会があったんですが、古来から伝わる秘薬をもらったからだ、と冗談めかして言ってました」

 「秘薬、ですか?」

 「はい。あの神社には、何かいにしえの信仰から伝わる薬が秘蔵されていて、それを神主さんにもらったので、快復が早かったんだと言ってました。真偽の程はわかりませんが……」




 山岳信仰や密教の中には、独特の薬草などを処方する固有の医術があるのかもしれない。その一つだったのだろうか? しかし、それでケガの回復が飛躍的に早まるというのも信じられないが。

 「あの出来事の後、草加君の意思もまた強くなり、更に柔道の腕も上がって全国大会にも出場できるようになりましたな。薬の効果だったのかどうかはともかく、大けがを負ったことが彼の中の何かを刺激したのかもしれませんね、精神的にも肉体的にも……。結局、柔道ではオリンピック強化選手に選出されるほどになりましたが、彼は競技者の道を選ばず警察官の道に進んだ」

 警察学校当時の草加を思い出した。池上は座学は苦手だが柔道や逮捕術は得意だった。それでも、屈強な草加には敵わなかった。

 2人そろってしばらく言葉を止め、空を見上げた。改めて、草加という男を失った寂しさがこみ上げてくる。

 しばらく沈黙に身を委ねる2人――。

 先に口を開いたのは佐野だった。目の中にあるものが、哀しみから怒りに変わっているような気がした。

 「私は愚直に与えられた仕事をこなすことしかできず、そろそろ定年を迎えます。はたして、若かった草加君が警察官として成してきた仕事に比するほどのことができたのか疑問です。それほど、彼は有能で素晴らしい警察官であったと思います。だからこそ、もし彼を死に追いやった何かがあるなら、許せない」

 低い声だが強い口調だった。もうすぐ定年ということは、池上や草加よりかなり歳上だ。それなのに、高い位置から見下ろしてくるような態度をとらない彼に、むしろ人間としての大きさを感じた。

 「前に電話でもお伝えしましたが、私も彼の死の裏に何かあるのなら、絶対に暴きたいと思っています。公安捜査官という立場はそれがやりやすい。ただ、極秘で動かなければならないのと、多くの人材を割くわけにいかないという難点があります。その分情報も集めにくく証拠も掴みづらい。確度の高い情報は喉から手が出るほど欲しいんです。佐野さん、もし彼の死の裏に隠されたことがあると思っておいでなら、その理由を私に話してくれませんか?」

 「もちろんです。今日はそのために来ました」

 大きく頷く佐野。そして広がる青空をいったん見上げてから、驚くべき事実を話してくれた。


○ ↓第10話に続く
  


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