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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~  第7話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話からどうぞ。




○ 13

 

 ボルトアクションタイプのスナイパーライフルを手に、エリカはとあるビルの屋上に待機していた。

 いつでも撃つ準備はできている。あとは、その時をジッと待つのみだ。

 見ているのは、少し離れた位置に立つマンション。その12階の一室の窓だ。

 夜の9時――。

 得た情報によると、ターゲットは宴に及ぶ時、カーテンを開けて夜空が見えるようにしておくらしい。

 あのマンションより高いビルは、近隣ではここだけだ。なので、覗き見られる心配はないと考えているのだろう。

 金持ちの考えはいつも甘いわね……。

 表情を消した顔で呟く。

 待つこと一時間と数分。ターゲットの部屋のカーテンが開かれた。

 エリカはライフルを構える。スコープを覗くと、まず飛び込んできたのは美少年の裸体だった。それも、2人。

 窓際に立ち、夜空を見上げている。スコープ越しに、満面の、しかし感情のこもらない笑顔が見えた。

 口元を見ると「きれい……」と言っているのがわかる。

 中東あたりへ行ったら、真っ先に餌食にされるタイプの男の子達ね――。

 またつまらなそうに呟くエリカ。

 美少年達の間に、やはり裸の男が現れた。初老だが、そのわりには引き締まった体をしている。両側に立つ美少年達の腰にぞれぞれ手をまわし、笑顔で空を見上げた。

 ターゲット――日の出製薬の創業者にして会長である、桧原克文だ。

 エリカはしっかりとその心臓に照準を合わせると、冷徹な表情のまま銃爪ひきがねを引いた。ヘッドショットは好きではない。確実に仕留められる状況であれば、顔を壊さないまま死なせてやることを選ぶ。

 乾いた音が闇の中に響く。

 桧原が倒れたのが見えた。それだけ確認すると、エリカは素早く撤収準備を始める。

 その場を離れ際、チラリとまた先ほどのマンションの窓に視線を向ける。

 スコープではなく肉眼なので小さくしか見えないが、どうしたらいいかわからずに泣きわめく美少年達の姿が想像できた。

 刺激が強すぎたわね……。

 ようやくフッと冷徹な笑みをうかべると、エリカは非常階段に向かった。




○ 14

 目的の地から少し離れた場所に車を停めると、池上は歩き始めた。

 目指すのは横浜と川崎の境辺りにある、比較的ありふれたマンションだ。超高級ではないが、一般庶民には手が出しにくいという微妙なその物件は、おそらく著名人や政財界のそれなりの人物がお忍びで使うのには適しているのだろう。

 日の出製薬会長の桧原に突撃取材のかたちであたってみようと思っていた。

 情報によると、既に60代の半ばであるが、エネルギッシュな桧原はかなりの頻度でその部屋を使っているという。お気に入りの美少年を侍らせるのが趣味らしい。

 会長を務める企業の社長が殺されたばかりだが、だからこそ景気をつけたいのか、今日は宴を催しているようだ。

 そんなところに、いきなりジャーナリストを名乗る男が訪れたら、さぞかし慌てることだろう。最近の関係者連続死と研究施設の火災についての取材だとぶつけて、揺さぶりをかける。そしてその後の動きを見るつもりだ。

 少し歩き、マンションのエントランスを視界の端に捕らえた頃、一人の女性とすれ違った。

 ん? 

 地味な感じの服装で、何か細長い荷物を肩からかけていた。髪は後にまとめ上げており、うなじのラインが美しく見える。味気ない眼鏡をかけ俯き加減で歩いている姿は目立たないが、公安捜査官として瞬時にその人物の外見を読みとる術を身につけている池上は、かなりの美人である事を感じとった。

 そして……。

 どこかで会ったことがある……?

 記憶を手繰った。何かが引っかかる。

 そうこうしているうちに、女性は離れていく。池上自身はマンションに近づいてきた。

 突然、マンションのエントランスから若い男達が2人、血相を変えて飛び出してくる。何処へ行くでもなく、その辺りでうろうろしていた。かなり狼狽している様子だ。

 すると、パトカーのサイレンが近づいてきた。




 何かあった?

 不意にイヤな予感がした。まさか、桧原が?

 池上は若者達に駆け寄り、一人の腕を掴んでこちらを向かせる。

 「どうした? 何を慌てている?」

 「け、警察の人ですか?」

 必死な表情で、その若者が逆に訊いてきた。一瞬口ごもってしまったが「そうだ」と応えておく。

 「1208室です。会長が……」

 それ以上聞く必要はなかった。さっきの女と今の状況、それだけで充分だ。池上は若者を離し「あとは警官に説明しろ」と言って走り出す。

 女のあとを追った。まだそれほど離れていないはずだ。それとも、あの女もどこかに車でも用意しているのか? 

 とにかく急いだ。路地に駆け込み、先ほど女が向かっていた方面にまわり込む。

 いた――。

 別の路地へと入ろうとしている女の後ろ姿が見えた。池上が駆け寄っていく。

 その気配を感じたのか、女は振り返った。

 やはりそうだ。見た目も身体から立ちのぼる雰囲気も変えているが、俺にはわかる。こいつは、あの時のチャイナドレスの女だ。

 怪訝そうな表情で池上を見る女。

 「ちょっと話を聞きたい」

 池上は感情を押し殺した声で言った。

 「どなたですか?」

 「警察の者だ」

 「どこの警察署の、何課の、何という方ですか? きちんと名乗って下さい」

 女はしっかりとした口調で言う。

 口ごもる池上。突然の状況の変化に、どう対応すべきか迷っていた。身分を全て明かすわけにはいかない。





 「神奈川県警の者だ」

 とりあえず簡単に応える。

 「それだけではお相手できません。行かせていただきます」

 視線をそらし、歩き出そうとする女。

 「待て。その荷物をあらためさせてもらう」

 「礼状は?」

 「そんな物必要ない。現行犯だ」

 「何の現行犯ですか」

 「日の出製薬会長の桧原を撃っただろう? そこに入っているのは狙撃用ライフルのはずだ。調べればすぐに判明する」

 「何を言っているんですか? ワケがわからない」

 女は呆れたような表情で肩を竦めている。

 「俺に見覚えがあるだろう? あの高級中華レストランで会ったよな? あの時は田上と坂田を殺した。そして今日は桧原。おまえ、日の出製薬の関係者をターゲットにしているんだな? 誰に頼まれた?」

 想像できることをそのままぶつけた。反応を見る。だが、女は表情を変えない。

 「いい加減にしてほしいですね。何のことだかさっぱりわからない。まず、身分証を提示してもらえませんか?」

 こいつ……。

 警察だと言って睨みつけ、疑いをかける。まずそれだけで、普通の女性なら狼狽えるだろう。だが、この女はまったく萎縮もしないし、逆に過剰な反発もせず、落ち着いている。見た感じ20代半ばくらいだろうが、その年齢でここまでなれるとは、通常は思えない。

 それだけではなかった。その立ち姿からは隙が感じられない。例えば突然とり抑えようとして襲いかかっても、素早く対応するだろう。

 やはり只者じゃない……。

 しばらく対峙した。パトカーのサイレンが依然として聞こえている。数台が駆けつけ、おそらくすぐに非常線が張られるだろう。この女も困るはずだ。だが、極秘に日の出製薬を調べている池上としても、ここで刑事警察の連中と鉢合わせするのはごめんだ。





 女がスッと足を引き、一歩下がった。

 「身分証を示せないなら、私は行きます。では」

 歩き出そうとする。

 「待て。俺の目的は、暗殺者の逮捕じゃない。もちろん許されることじゃないが、一旦それは置いておき、話を聞くだけでいい」

 妥協策として提案した。

 女がフッと一瞬笑った。そして、肩にかけていた長めの筒状の入れ物を開ける。そこには、何枚もの大きな紙が入っていた。機械の製図のようだ。

 「どこに狙撃用ライフルなんてあるのかしら?」

 くっ、と息を詰まらせる池上。

 「もしも、仮に私が暗殺者だとして、ライフルをこんなふうに目立つように持つとは思えませんよ? たぶん、どこかで分解し処分するか、誰か別の者が回収する手はずにでもなっているんじゃないかな?」

 そう言いながら、女はそこに入れてあった何枚もの紙を宙に放り投げた。

 闇夜にひらひらと舞う紙の数々に一瞬目を奪われる。次に視線を戻した時、既に女の姿はなかった。

 どこへ?

 慌てて視線を巡らせる。

 グオンッ! というエンジン音が響いた。さっき女が向かっていた路地の方だ。駆け出す池上。

 すると、一台の大型バイクが勢いよく飛び出してきた。

 「じゃあね、名無しの公安捜査官さん」

 女が言いながら手を振る。そして、一気に加速して去って行った。

 くそっ! 

 一瞬、車に戻って追うかと考えたが、やめた。もう無理だ。完全に一本とられた。

 パトカーのサイレンが増え続けている。野次馬の声も聞こえだした。そろそろ離れた方がいい。

 舌打ちしながら、池上はもう一度女が去っていた方を見る。

 夜の闇が目に染みるだけだった。


↓第8話に続く。


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