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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~  第6話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話からどうぞ



○ 12

 昼過ぎの横浜――。山下公園は人で賑わっていた。

 観光地でもあるのでいつものことだが、天気も良いから尚更だ。秋口ですごしやすい日が続いており、行楽にはもってこいの状況だった。

 ベンチに座り海を眺めている池上は、行き交う楽しげな人々とは反対に、くたびれた表情をしている。不可思議な出来事ばかりなので、胸の内はどんよりと曇っていた。

 「待たせたな」

 後ろから小さな声がかかる。目を合わせようとしないで池上の隣に座った。空いた場所がないので、仕方なく知らない男が座るベンチに相席する、という状況を装っている。

 「悪いな、忙しいところ」

 海の方を眺めたまま池上が言う。

 「まったくだ。お前と山下公園でひなたぼっことは、何かの冗談みたいだよ」

 そう言って苦笑する男――城島忠司は、神奈川県警捜査一課の敏腕刑事だ。池上は公安警察に所属する前、横浜市内の所轄にいたことがある。その時の同僚でよく組んで仕事をした。お互いに違う道に進んでいるが、つき合いは続いている。

 刑事警察と公安警察、取り扱う事案も捜査方法もまったく違うので、関わり合うことはほとんどない。もし何かの事件で捜査対象が被ったとしても、刑事は犯人逮捕、公安は反社会勢力の監視や駆逐、と目指すところの違いから、全く違うアプローチになるだろう。

 しかし、個別の捜査員達が情報のやりとりをした方が良い場合もある。池上は今回がそうだと感じ、城島に声をかけたのだ。

 ただ、刑事と公安が仲良く話しているところなど見せると、勘ぐる連中もいる。すぐそこに神奈川県警察本部のビルがあり、それぞれの所属部署もそこに置かれているのだが、わざわざここまで足を運ばざるを得なかった。

 「で、最近の連続猟奇殺人についてだったな?」

 城島が訊いてきた。声を潜めている。




 「ああ。昨夜も起こったよな?」

 「情報が早いな。さすが公安、と言いたいところだが……。それら事件になぜ絡んでくる? 最初の分署襲撃事件だけなら、公安からの捜査員参入も検討されたようだが、今はそれも棚上げになっているはずだ」

 怪訝そうに言う城島。

 「公安としてというより、俺個人で動いている感じだ。それに、まだどう扱うか、いや、それどころか、俺が調べていることと関係あるのかどうかもわからない。そのへんをはっきりさせたくて、事件について詳細を知りたいのさ」

 池上は正直に応えた。

 「今のところ、同様の手口の殺人は沢の北峠近辺でしか起こっていない。県警からいくつかの班が派遣されて捜査本部が設置されているが、俺の班はまだ加わっていないんだ。いつ行ってもいいように、ある程度の情報だけは仕入れているけどね。詳細は……」

 探るような視線を一瞬だけ向け、城島が続ける。

 「……沢の北峠分署が襲われ5人の警察官が殺害され、民間人3人が巻き込まれた。そしてその2日後に4人、昨夜3人、その近隣で民間人が殺されている。それぞれ大型野生動物の爪や牙のような物で襲われているらしいが、すべての死体から心臓がくりぬかれていた。喰われた形跡はない。よって、動物ではなく爪や牙をかたどった武器を使った人間の仕業として、捜査は進められている、っていうところか……」

 「マスコミ報道では、最初の分署が襲われた件は伏せているな。警察施設が壊滅に追い込まれた、などとは公表できないってことか」

 肩を竦めながら言う池上。分署の閉鎖は感染症の影響ということになっていた。苦しいごまかし方だが、当面は押し通すのだろう。近くを通りかかった3名の民間人が被害者というのは隠されていないが、おそらくメインで狙われたのは警察の方だ。事件の本筋は報道されていないということになる。

 「それから、あまりにも悲惨な殺され方だから、鋭利で特殊な武器で殺害された、という言い方で報道はされている。切り裂かれ咬み裂かれた末に心臓をくり抜かれたなんて知れ渡ったら、騒ぎは更に大きくなるし不安も必要以上に広がるからな」

 そこまで話し、城島はまた一瞬池上をチラリと見た。ここまでだ、と目で言っている。

 「大枠だけじゃなくて、できれば捜査の内情も教えてほしい」

 食い下がる池上。




 「俺はまだ捜査に加わってはいないと言っただろう?」

 「だが、情報は仕入れているんだろ?」

 視線を交わす。沈黙……。

 楽しそうに行き交う人々の笑い声や、波の音、遊覧船が出発するというアナウンス等が耳に流れ込んでくる。 

 ふう、と城島は溜息をつく。仕方ないな、という感じだ。

 「それぞれの事件の被害者達の傷跡から、唾液が検出された」

 「唾液?」

 「ああ。被害者のうちの誰のものでもない唾液だ。咬み痕からだろう。まさかと思うが、そのような武器ではなく、本当に噛まれていたのかもしれない」

 城島の説明に、池上の胸の奥がざわつく。

 「DNA鑑定は?」

 「している。だが、分析困難という話になっている。伝え聞いたところでは、微妙に普通の人間とは違う点が見られるとか……。遺伝子異常をもつ人間が犯人、ということかもしれないな」

 「遺伝子とDNAってのは一緒なのか?」

 池上が基本的な疑問を口にする。少し恥ずかしくなった。だが、城島も顔を顰めた。

 「知らんよ。そのへんは科捜研に任せればいい。ただ、こういう話なら聞いたことがある。人とチンパンジーのDNAは99%同じらしいな。それどころか、人とバナナのDNAも50%同じだそうだ。そうやって考えると、DNA鑑定っていうのもあまり参考にできないんじゃないか、って思えてくる。俺の頭が悪いからかな?」

 「気にすることはない。俺だって同じようなものだからな」

 池上はそう言って、先を促すように視線を向けた。

 「ふん」と軽く笑うと、城島は続ける。「まあ、そんなこともあって、犯人野生動物説もにわかに復活しはじめている。それに……」

 どこか言い淀む城島。言っていいことかどうか迷っているようだ。

 「どうした?」

 更に強く訊く池上。

 「これは本当にここだけの話にしろよ」

 念を押してくる城島に、池上は当たり前のように頷く。

 「わかってる。俺は公安捜査官だぞ。秘密保持はお前らよりずっと心得ている」

 ちっと舌打ちしながら、城島は続けた。




 「昨夜の事件には、目撃者がいるんだ。被害者と交友関係があったようだ。あまり良い交友関係とは言えないが」

 「目撃者?!」

 勢い込む池上。思わず身を乗り出してしまった。

 「ああ。しかし、正直その証言に信憑性があるのか微妙なところだ。15歳の少女だが、家出娘らしく、悪い連中とつるんでいた。その悪い連中っていうのが被害者で、そいつらからもらった薬をやっていたんだ。だから、目撃したといってもちゃんと見ていたのかわからん」

 「どんな証言をしているんだ?」

 城島は一旦目を伏せた。首を微かに振り、苦い顔をしている。池上は黙って待った。

 「人狼、だそうだ」

 しばらくして、ポツリと城島が言う。

 「人狼?!」

 目を見開く池上。胸が高鳴る。やはり、と思わず口にしそうになった。

 「仲間の男達は人狼に殺された、と繰り返している。恐怖に震え続け、安定剤で休ませているが、目を覚ますたびに泣き出すらしい。人狼がやってくる、ってな」

 人狼……。

 池上は唸った。もしかして……?

 「その人狼、警官の姿をしていた、と言っていないか、その少女は?」

 息を呑む城島。目を見開いて池上を見た。

 「おまえ、なぜそれを……」

 池上は一旦黙り込んだ。思考を整理する。城島は、今やまわりの目など気にせずに睨むような目を向けてくる。

 「一昨日の事件を知っているよな?」言葉を選びながら話を再開する池上。「横浜で起きたことだ」

 「一昨日? もしかして、民事党の田上と製薬会社の社長が殺害されたヤツか?」

 「ああ、そうだ。その情報は、そちらには?」

 「いや、それも大事件には違いないが、別のところが捜査している。何しろ国会議員の大物が殺されたわけだからな。うちらより、お前ら公安の方が大きく関わっているんじゃないか?」




 確かにそうかもしれない。池上が所属する大森班には声はかかっていないが、おそらく県警よりも上、警察庁主導での動きがあるはずだ。しかし、今の池上にはそんなことはどうでも良かった。

 「連続猟奇殺人事件との関連性については、何も語られていないのか?」

 「何を言っているんだ?」怪訝な顔つきになる城島。「関連性なんてあるわけないじゃないか。全く別の事件だろう」

 「いや、違うんだ」意を決して話す池上。城島には伝えておいていいと思った。「俺は、その現場にいたんだ。田上達が殺害されたときに、そのレストランの近くにな。で、見たんだよ、人狼を」

 意味がわからない、という表情で呆然としている城島に、池上は説明した。自分が体験したことを全て。

 「そんな馬鹿な……」

 聞き終わるや否や、城島は吐息のような声でそう呟いた。

 「逆の立場だったら俺もそう言うだろうな。だが、事実なんだ。俺が夢を見ていたわけでもない」

 その後しばらく、城島は黙り込んでいた。どう捉えたら良いのか思案しているらしい。

 池上はまた、黙って待つことになった。だが、仕方ない。

 少し先で大道芸が始まったようで、そこに人だかりができている。歓声も聞こえた。そのためか、2人の近くに人は減っている。

 「こっちにもお前の情報をよこせよ」城島が目を伏せたまま声を出し始めた。「なぜお前は、田上達の殺害現場にいた? 何の捜査だ?」

 「もともとは、同僚の不審な死を調べ始めたことから始まる」

 もとより城島には、今の池上の状況をほとんど話すつもりだった。この先はお互い捜査の方向がどうなるかによって変わってくるかも知れないが、今は隠し事をする段階ではない。

 池上は説明する。草加という公安捜査官が日の出製薬について調べていたこと。彼がその研究所近くの沢の北峠分署に制服警察官として潜伏し、何かをしようとしていたこと。しかし、対象であった日の出製薬の研究所で火災があり、駆けつけたのか元からいたのかわからないが、巻き込まれた草加は焼死した、ということ……。

 「草加という捜査官がその企業の何を調べていたのかは、まったく知らないのか?」

 「ああ、班が違ったからな」




 城島の質問に端的に答えてから、続きを説明する。元同僚である草加が何をしていたのか、どうして死ななければいけなかったのか、不審に感じた池上が、上司の大森の許可を得て調べを始めたこと。それは草加が潜入していた沢の北峠分署が猟奇殺人事件によって壊滅したのが契機だったこと。日の出製薬に何かあると感じた池上が、その理事である田上と社長の坂田にマスコミを装って突撃取材しようとした矢先に、2人が謎の女に暗殺されたこと。その場に警官姿の男が乱入して大騒動になったこと。その警官姿の男が、昨夜少女が見た「人狼」と同じと思われること……。

 「わけがわからんな」

 頭をかきむしるようにする城島。

 「直接関わっている俺でさえそうなんだから、仕方ないな」

 肩を竦めて応える池上。

 「本当に、その警官姿の乱入者は人狼のような怪物だったのか?」

 「ああ。俺は見た」 

 「そんな話はどこからも出てこないぞ」

 「思い出してみると、あの時警官姿の乱入者は的確に護衛やSPを撃って動けなくしていた。ヤツが爪や牙を持つという人ではない姿を見せたのは、その後のほんの僅かだ。見ていたのは、俺と謎の女暗殺者だけだったのかもしれない。弾丸を何発受けても平気だったことは、少なくともSPの2人は見ているはずだが、その姿までは確認していないのかもな」

 「だから、猟奇殺人事件との関連性については語られていないのか、あるいは、気づいていても秘匿している部署があるのか……?」

 首を傾げる城島。いずれにしろ、今ここでわかることではない。

 あまりこの場で話を続けるのも良くない。それぞれまた連絡を取り合うことを約束すると、池上は先に公園を後にした。

 別れ際、城島が言った言葉が脳裏にいつまでも残る。

 この件にはかなりヤバイ闇が潜んでいる気がする。退き際を誤ると命取りになるぞ――。

 退き際、か……。そんなものがわかれば苦労はしないんだがな。

 雑踏を抜けて歩きながら、池上は頭を掻いた。


↓第7話に続く


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