Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第5話
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○ 10
「島田健一さん、か……。へえ、南郷物産の第二営業課長? 偉いじゃん。ダメだよ~。こんな若い女の子を金でたらし込むなんて」
金髪の若い男が、島田の名刺入れから一枚取り出し読みながら言った。獲物を見つけた爬虫類のような目で笑っている。
「や、やめろ。返してくれ」
名刺入れに手を伸ばす島田。だが、金髪はサッと手を引っ込めて避ける。
「あの女はこいつの彼女なんだよ。それを金ちらつかせて誘うなんて、いい度胸じゃねえか」
スキンヘッドでガッチリした男が、島田の腕を掴んで振り向かせる。そして睨みをきかせると、島田は震えあがった。
深夜、チンピラ2人組に脅されるサラリーマン、という状況なのは明らかにだ。それを少しだけ離れた場所で眺めているのは、まだ10代半ばくらいの少女だった。Tシャツとホットパンツだけ。ウエストが見えヘソがのぞく挑発的なスタイルだ。煙草を吸っているが、何か別の薬物も混じっているのかも知れない。とろんとした目はどこを見ているのかわからない。
「まあ、俺は温厚だからさ、こう見えても」へらへらと笑う金髪。「それなりのものを支払ってくれれば、ここは穏便に済ませるよ。ねえ、島田さん?」
ひっかかった……。
愕然とする島田。この少し先、沢の北峠を下りた辺りにある街中のバーで飲み、最寄りの駅まで歩く途中の路地で、あの少女に声をかけられた。
行くところがない。お金もない。どうしたらいいかわからない……。
そんなことを言いながら、すがるような目で島田を見つめてきた。家出でもしたのだろうと思い、つい、魔が差した。
少し先にホテルがある。金もそれなりに持っている。
冷静に考えれば、おかしいと気づいただろう。だが、酒が入っていたのと、少女があまりにも自分好みなのもあって、理性は吹き飛んでいた。
何かあるなら、相談にのるよ――。
そんなことを言って、とりあえずホテルに連れ込もうと思ってしまったのだ。
そこを、この2人の男に呼び止められた。写真も撮られた。すぐに罠だとわかったが、もう遅い。
「会社にばれたら、まずいんじゃない?」
金髪が舐めるような目で見る。
「金か、それともこの場で腕の一本も折ってけじめつけるか、どっちにしようか?」
スキンヘッドが睨みつけてくる。
「じょ、冗談じゃない。君らのやっていることは犯罪だぞ? やめろ!」
精一杯声を荒げて抵抗する島田。
「へえ、じゃあ、あんたのやってることは何だい? 偉そうなこと言うのはやめなよ、おらっ!」
言いながら、スキンヘッドが島田の腹に軽く膝蹴りを喰らわす。
うぐっ! と呻く島田。その痛み恐怖で思考はパニックに陥った。
「う、うわあぁっ!」
男達の合間を縫って、必死に走り出す。
何とか逃げなければ――。
金髪とスキンヘッドは、フッ、と笑い合うと追いかけ始める。
「逃げても無駄なんだよ、おっさん。あんたの素性はもうわかっちまった」
「そう。今逃げても、今度は職場に行くよ? ここで誠意を見せておけば、悪いようにはしないでやるからさ」
交互に言いながら走る2人。
最初の勢いだけはあった島田だが、酒も入り普段の運動不足も手伝って、次第に足がふらつき始めていた。
しかし……。
前方に、月明かりを受けた人影――。
背が高くガッチリとした体格の警察官が、背を向けて立っている。
ホッとする島田。
「お巡りさん、助けてください!」
大声を張りあげた。その後ろで、2人のチンピラが舌打ちする。
「あいつらが、あいつらが……」
島田は逞しい警官の腕にすがりつくようにしながら、2人組を指差す。
ゆっくりと、警官が振り返った。
「なんもしてねぇよ。そのおっさんが俺の女にちょっかいを出したから、追い払っただけだし」
「酔ったエロオヤジの言うことなんか、まともに聞かないでくれよ」
交互に馬鹿にするように言う男達。
「ら、乱暴もされたんだ。金も要求された。私はただ、家出少女を交番まで連れて行こうとしただけだ」
必死に言葉を続ける島田。
「ざけんじゃねえぞ、おっさん」
「ホテルに連れ込もうとしてたじゃねえか」
「違うっ! 言いがかりだ」
言い合う島田と2人組。しかし、警官はただ振り返っただけで何も言わない。まるでロボットのように、微動だにせず立っている。
「あ、あの、お巡りさん?」
下から警官の顔をのぞき込んだ島田は、思わず息を呑む。そこには紅く輝く双眸だけがあり、まわりは漆黒の闇だった。
「え? なっ、なんで? あれ?」
惚けた声をあげながら島田が後退る。
離れた場所で、怪訝な顔つきになる2人組。
島田の目は警官の顔の部分にくぎ付けとなった。しばらく見ていると、雲が流れるように闇がとれていき、恐るべき顔貌が現れた。
銀色の長い毛に被われ,異様に突き出た口が開くと、そこには鋭い牙が並んでいる。
「ひっ、ひぃぃ……!」
悲鳴をあげながら後退る島田。
警官は徐に右手を翻した。その先がきらりと光る。
ザクッ! と何かが切り裂かれたような音。
その何か、が自分の首だと気づいたときには、島田は全身から力が抜け、崩れ落ちていた。
月明かりの中を噴水のように噴き出す血飛沫。
え?!
金髪とスキンヘッドの2人組が、呆然として立ち尽くす。目の前で何が起きているのか、すぐには理解できないようだ。
警官はその鋭い爪を、倒れている島田の胸に突き刺した。そして、何かをえぐり取る。
ポイッ、と捨てられたそれは、こぶし大の赤黒い塊だった。陸に釣り上げられた魚が跳ねるように、ピクピクと動いている。
心臓だ――。
「うっ、うわぁぁっ!」
「ば、化け物だぁ……!」
顔を見合わせた途端、2人組は同時に悲鳴をあげた。そして我先にと逃げはじめる。
警官は人を遙かに凌ぐ速さで動いた。
サッと2人の背後まで迫ると、金髪の背中を右手の爪で切り裂く。
そして即座に、スキンヘッドの首筋に食らいついた。牙が肉を咬み裂いていく。
警官は野生動物のように首を振る。それに合わせて咥えられたスキンヘッドの身体が宙を舞う。
背中に深手を負った金髪が這いずりながら逃げようとするが、その上にスキンヘッドの身体が叩きつけられた。
ぎゃぁぁぁぁっ! と激しい叫び声が交錯する。
転がった金髪とスキンヘッドの身体を見下ろすと、警官は両腕を月にかざすようにした。燦めく鋭い爪。
そしてそれを、同時に2人の背中に突き刺した。
断末魔の声が闇夜に響き渡り、次第に弱々しくなり、消えた……。
警官が腕を抜きとると、それぞれの手にやはり赤黒い塊が握られていた。それをポイと捨てると、順番に踏みつける。
グチャッと音がして、2人の心臓は潰れた。
ひ、ひ、ひぃぃぃ……。
離れたビルの影に隠れ様子を見ていた少女が、腰を抜かした。薬でボーッとしていた頭に冷水をかけられたようだ。
震えてガチガチと歯が鳴っている。
わ、私も、殺される……。悪いこと、しちゃったからだ……。
警官は少女に気づいているのかわからない。だが、そちらに向かって歩き出した。
少女は恐怖で竦んでしまい、動けない。ただ震えるだけだ。
その時、大型のトラックが通りかかった。後ろにも数台の車。
警官は立ち止まった。向かってくるトラックに少しだけ視線を向けると、反対方向へ走り去っていく。
トラックが停まり、運転手と助手席の男が降りてきた。
「う、うわぁぁ! なんだこりゃぁ?!」
「け、警察をっ!」
路面に転がる三つの惨殺死体を見てしまったようだ。
彼らの声を聞きながらも、少女はまだ動けずに泣いていた。
○ 11
鳥居から拝殿へと続く参道、そして社務所のまわりを掃除しながら、御厨陽奈はふと空を仰いだ。
秋の日差しが心地よく、雲の合間から見える青空は清く感じられる。
影狼神社――沢の北峠近くにある、小さな神社だ。近隣の者達からは、狼神社、と呼ばれていた。
現在ここの神職は父、御厨鉢造1人だった。娘である陽奈はその後を継ぐべく、来春に高校を卒業するとともに神職養成所へ進む。
寂れた感じの小さな神社なので、神職1人でも何とか切り盛りできていた。
年に一度の祭りや年末年始にはそれなりに多くの人々が訪れるが、その際はつながりのある他の神社や地域の協力者が手伝ってくれた。
この地に古くから根ざした神社であり、住民からは大切にされている。
しかし……。
地域にとけ込んだ普通の神社という顔の奥に、実は特有の信仰を守り抜いてきた側面も併せ持っている。
特にその信仰について秘密にしてきたわけではない。だが、近代化が進む時の流れの中で、知る人ぞ知る、という状況になったのも事実だ。
名前の由来になった、狼――昔は大神とも書かれていたが――の信仰である。
今でもお年寄りの中には、子供が悪さをすると、狼神社から本物の狼がやってきて食われるぞ、と脅されることがある。もっとも、その脅しが通用するのも未就学児くらいまでだが……。
手水舎の柄杓を揃え終えたところで、不意に目眩がした。
柱に背を当てて寄りかかるようにし、何とか倒れるのを堪える陽奈。
これは……。
グッと息を呑み込み、覚悟を決める。見える、あの時の光景が……。
目の前に大きなスクリーンが現れたような感覚だった。そしてそこに、1人の男が歩いてくる姿が映る。炎を身に纏っているようになっていた。既に身体中焼け爛れ、外見から誰なのか判別することはできない。
しかし、頭の中、あるいは胸の奥に響いてくる声には聞き覚えがあった。
ひな……ちゃん……。
あっ?! あなたは……。
陽奈は息を呑み、手を伸ばそうとする。しかし、炎の熱がこちらまで感じられ、途中で止まった。
炎に覆われた男が、立ち止まり陽奈の方を向く。
たのむ、あれを。あれ、を……。
心の声が聞こえてきた。
あの時、私がとった行動は、正しかったのだろうか?
今でも思い悩んでいる。答えは出せない……。
「陽奈、どうしたんだ? 大丈夫か?」
父である鉢造の声が聞こえ、我に返った。目の前のスクリーンは消えた。
「あ、大丈夫です」
姿勢を正し、応える陽奈。
心配そうな父の視線を受け、胸が痛む。自分がたまに様々な幻影を見てしまうことは、彼も理解していた。今もそうだと感じとったのだろう。
「もう掃除はいい。社務所で休んでいなさい」
父が優しく言った。
頷くと、陽奈はゆっくりと歩き出す。
あの時の私の行為が、もしかしたらとんでもないことの引き金になってしまったのでは……?
疑問はいつまでも晴れなかった。
↓第6話に続く
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