見出し画像

Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~  第19話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話からどうぞ。




○ 37

 「ここか……」

 呟くように言って、池上が立ち止まる。車は別の場所に停め、2人、近隣の様子を見るためにしばらく歩いてきた。

 市道に沿って、小高い丘が続いていた。斜面には何本もの木々が生い茂り、林となっている。

 その一部に、上へ続く階段があった。頂上付近に鳥居が見える。

 階段の脇に、門柱というのか石柱というのか、小さく四角い石が置かれ、そこに『影狼神社』と彫られていた。

 隣でエリカが同じように石の階段を見上げている。

 「もちろん、気づいているわよね?」

 彼女がまったく池上を見ずに、小声で訊いてくる。

 「ああ。見張られているな。だが、俺たちが尾行されたわけじゃない。それならもっと前に気づいているし、ここまで案内してやることもなかった」

 池上も彼女を見ず、何気なく景色を眺めるようにしながら応える。

 「そうね。どうやら、この神社に張り込みをしているみたい。でも、普通の警察じゃあないわね」

 「公安の裏部隊かもしれない。連中も、俺たちと同じようにここに目をつけた、っていうことか? それにしては早い気もするが……」

 「何かあるなら、きっと仕掛けてくるでしょう。そうしたら、相手をしてやればいい。とりあえず、私たちは私たちで動きましょう」

 頷く池上。そして階段を上り始める。エリカが続いた。

 鳥居まで来ると、いったん振り返る。近辺を見下ろすことができた。のどかな田舎街、という感じだ。

 参道の入り口に設えてあるのは、狛犬のようであって、よく見ると違う。牙が鋭く見え、表情にもどこか野性味が感じられた。これは、狼だろうか。

 境内のまわりを塀が囲んであり、その向こうは林が続いている。1カ所だけ木々が途絶える場所があり、家が一軒あった。古いが立派な建物だ。おそらくそこに、御厨鉢造は住んでいるのだろう。調べたところだと、一人娘と暮らしているらしい。




 2人はまず、あたりまえのように参拝する。拝殿に向かい、賽銭を入れ手を合わせた。

そして、ゆっくりと境内を散策するように歩く。

 他には誰もいなかった。社務所もあるが、今は窓も閉められている。塀の向こうの自宅らしき所へ行ってみるか迷った。

 そうこうしていると、塀の一部が開いた。目立たなかったが引き戸になっていたようだ。

 そこを通り抜けて、一人の人物が現れた。背はそれほど高くなく、中肉中背。どこにでもいそうな50代くらいの男性だった。

 短髪で一見厳つい顔つきだが、目は温和だ。本当に、特に変わったところのない中年男性――だが、池上は感じた。隣に立つエリカも同様のようで、真剣そうな視線を外さない。

 彼こそが、御厨鉢造に違いない……。

 ただ者ではない――それは、何かの優れた能力を持つ者が放つ気配とは違う、もっと厳かで気高いもののような感じだ。

 装束を身につけていないのは、特に社務を行うつもりはなく、朝の様子でも見に来たからだろう。

 男性の方も、2人を見て何かを感じたらしい。一瞬目つきが鋭くなり、だがすぐに元の柔和なものに戻る。

 この人には、誤魔化しや嘘は通じない……。

 そう思った。取材中のフリーライターとして調べまわろうとしていたが、彼にはそんな小細工は通用しないだろう。エリカもそう感じとったらしく、池上を見て目で意思を伝えてくる。

 相手は任せたわよ、と言っているようだ。

 「こんにちは」

 相手の、御厨鉢造と思われる男性の方から声をかけてきた。穏やかで控え目な笑顔だ。

 「こんにちは」と2人そろって頭を下げる。

 「若い方々が、朝から参拝とは珍しい。ここのような小さな神社としては、嬉しいことですね」

 「しっかりお参りさせていただきました。何か、キリッとした空気を感じさせる神社ですね。それは、狼を信仰していることからくるのでしょうか?」

 池上がそう言うと、男性は「ほうっ」というような顔になる。





 「よくご存じですね。それとも、影狼神社、という名前を見て覚ったか。いずれにしても、聡明な方のようだ」

 「いや、とんでもない。それより、突然押しかけたようで申し訳ありません。この影狼神社の宮司でいらっしゃる、御厨鉢造さんでしょうか?」

 「はい。そうです」

 アッサリと応える御厨。堂々とした、というより飄々とした態度だ。対応していると拍子抜けしてしまいそうなので、改めて気を引き締め直す池上。

 「私は神奈川県警の池上という者です。こちらの神社でお世話になったことがあるという、草加恭介君とは警察学校の同期でした。一時期は組んで仕事をしていたこともあります。彼のことは信頼していました。同じ警察官として、その正義感の強さには常に圧倒されていた。彼の死は、私にとって大きなショックでした」

 御厨が一瞬目を見張った。そして、なるほど、と頷く。

 「あなた達からは、先ほどより特別な気のようなものが伝わってきていた。ただし、悪意は感じない。何かいわくがありそうだ、とは思っていましたが……」

 「正直に言います。私は、草加君の死について、不審なものを感じています。謀殺された可能性があるとも思っています。今やそれは、確信に近い。それを裏付けるためにいろいろと調べています。彼女は協力者です」

 「エリカ、と申します。よろしくお願いします」

 目配せすると、彼女は恭しく頭を下げた。池上もエリカも、フルネームを伝えていない。素性も大まかに言っただけだ。それでも御厨は特に気にせず、笑みを浮かべながら頭を下げ返す。

 「そういう話であれば、私も協力するのもやぶさかではない。ただ……」

 御厨が林や階段の方に視線を巡らせる。彼も、自分が見張られていることに気づいているようだ。





 「大丈夫です。今、この話を聞かれるような範囲には誰もいない。盗聴器などもないようだ」

 言いながら、池上はポケットから小さなセンサーを取り出す。近くに盗聴器があれば反応する機器だ。念のために作動しておいた。

 エリカも隣で頷いている。

 「なるほど。あなた方は、やはりただ者ではないようだ」

 感心したように言う御厨。

 「見張られているのは、いつからですか?」

 池上が訊いた。

 「ここは、とある理由があって、日の出製薬の研究者から目をつけられていたんですよ。なので、もう1年ほど前から様子を探られるようなことはあった。それが、最近の事件が起こってから更に剣呑な雰囲気の連中も増えて、頻繁になった」

 やれやれ、とでも言うように首を振る御厨。最近の事件、とは猟奇連続殺人のことだろう。剣呑な雰囲気の連中というのはたぶん公安の裏部隊に違いない。それにしても、とある理由というのは……。

 「もしかして、日の出製薬の研究者が目をつけていたというのは、この神社に古来より隠されているという秘薬を狙っていた、ということでしょうか?」

 池上がそう質問すると、御厨は目を見張るようにして驚いた。

 「もうすでに、随分とお調べになったんですね」

 「いえ。幸運が重なっただけです」

 佐野や博物館の岡谷との出会いが、かなり救いになったのは確かだ。

 その時、エリカが素早く振り返り、身構えた。何かを感じたらしい。

 池上も彼女の視線を追う。

 階段の方だ、誰かが駆け上がってくる。

 登り切り、鳥居をすごい勢いで走り抜けて向かってくるのは、少女? いや、若い女性と言った方が良いのか? おそらく高校生くらいの娘だった。

 「陽奈、どうした?」

 御厨が険しい表情になって声をかける。そして、自分からも近づいていった。これまでの泰然自若とした感じとはうって変わり、狼狽えている。




 「お父さん、きょう……!」

 そこまで言って、彼女――陽奈は両掌で自分の口を塞ぐ。部外者2人の存在をようやく認識したようだ。そして一旦足を止め、ゆっくりと御厨の方へ向かった。途中、申しわけ程度に池上とエリカに頭を下げる。

 きょう……? その後に何を言おうとしたのだろう? 池上は気になった。だが、彼から質問できるような雰囲気ではない。

 御厨が陽奈に寄り添うようにした。そしてこちらの2人、池上とエリカに視線を向ける。

 「申し訳ないが、お話は時間を改めてにしてください。そこの社務所の前に電話番号が書いてあります。社務所に誰もいなければ、私の方へ転送されるようになっています」

 かなり悲壮感を漂わせている陽奈の様子が気になったが、出会ったばかりの池上達が立ち入っていい状況でもない。

 「わかりました。また後で連絡します」

 そう言って頭を下げると、池上は歩き出す。

 エリカは険しい表情で陽奈を見ていたが、やはり頭を下げて池上に続いた。途中肩を並べると、こちらをチラリと見る。

 「あの娘、死に接してきたようね。誰かが死ぬか殺されるか、あるいは自分の命が危うくなる場面から、逃げてきたみたい」

 小声でエリカがそう言った。普通の人間より死に近い位置にいる彼女には、わかってしまうのだろうか?

 息を呑む池上。だが、表に感情を出さず、チラリと視線を後方に向けただけで、階段を降りていった。




○ 38

 「恭介さんが、恭介さんが、やっぱり狼の化身に……!」

 とりあえず自宅に戻ると、陽奈が必死の形相で叫ぶように言った。

 「落ち着きなさい。まず、一息ついてから、目にしてきたことをゆっくり話すんだ」

 御厨は陽奈をキッチンへと促し、イスに座らせて水を飲ませた。

 顔色が悪い。何か恐ろしい場面を見てショックを受けているだけではなく、おそらく彼女の能力をかなり使ったのだろう。精神的疲労が大きいようだ。

 「恭介さんに会いました。話もしました。そして……」

 コップの水を一息に飲み干してから、陽奈が話し出す。

 御厨は時折勢い込む彼女を宥めながら、最後まで聞いた。

 「私のせいです。私があの時、きちんとお父さんに確認せずに、恭介さんにあの薬をあげてしまったから……」

 涙を流しながら陽奈が言う。

 「陽奈のせいではない。私がもう少し、しっかり考えておけば良かった。おまえが養成所を出て、正式にこの神社の神職として働くようになってから、伝承については少しずつ教えていけばいいと思っていたのだが、それは間違いだった。物事を見通す力を持つおまえには、もっと早くいろいろと教えておけば良かった。あの秘薬についても……」

 返す返すも悔やまれた。そもそも、あの秘薬は現代に使うべきではなかったのだ。しかし、御厨は、やむにやまれず使用してしまった。全ての発端はそれなのだ。今の時代に、あの力を蘇らせてしまったことが……。

 「恭介さんは、このままでは狼の化身として、いつまでも殺戮を繰り返してしまう……」




 「私が何とかする。陽奈は心配しなくていい」

 「でも、どうやって?」

 「それはこれから考える。おまえは少し休みなさい。力も使って、気持ちもかなり疲労しているだろう? 昼食の時間まで寝ていればいい」

 「私も何か……」

 「まずは休むんだ。気持ちも身体も整えてからでないと、何をやってもうまくは進まない」

 陽奈の肩に優しく手を添えながら、言い聞かせる。

 俯く陽奈。しばらくして、コクリと頷いた。

 「休んで気持ちが落ち着き、体調も戻ったら、きちんと話をする。約束するよ」

 その言葉を聞き、幾分陽奈の表情も和らいだ。自分の部屋へ戻っていく。

 しばらく気配をうかがっていたが、どうやら、言われたとおり寝ているらしい。

 御厨は、静かに自宅を出て行く。そして拝殿を抜け、本殿へと足を踏み入れていった。

 決して外部の者には見せない場所、一見どこから入るのかわからない狭い空間へと進んでいく。

 そこにはいくつかの古文書とともに、銀色に輝く板状の物が置かれていた。そして、簡単な棚があり、短刀やいわゆる棒手裏剣と呼ばれる物もあった。更に、銃やその銃弾らしき物も……。

 その中から、御厨は短刀を手に取った。他の物は、自分には扱えないとわかっている。

 私がやらなければ……。

 短刀を懐に入れると、御厨は本殿を出て、自宅には戻らずに階段を降りていった。


○ ↓第20話に続く。


  


この記事が参加している募集

お読みいただきありがとうございます。 サポートをいただけた場合は、もっと良い物を書けるよう研鑽するために使わせていただきます。