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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第20話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話からどうぞ。




○ 39

 「御厨陽奈をマークしていた4名と連絡がとれなくなった」

 羽黒がそう言うと、福沢は目を見開いて顔をあげた。

 「陽奈自身はすでに神社に戻っている」

 続けて説明する羽黒。先ほど部下の1人から報告があったことだ。4名は陽奈を追って、山道を登っていった。そこまでは把握できているが、その後が不明だ。連絡がとれなくなってしばらくしてから、陽奈のみが影狼神社に駆け戻ったという。

 「山道……森の中へ分け入っていったのか? もしかして、そこに草加……人狼が」

 自分に語りかけるように言う福沢。

 「そうかもしれない。あなたの予想の通り、この近辺の山中に潜伏しているらしいな。そして、殺戮の時だけ降りてくる。わざわざ東京や横浜までこの地から向かうこともある。どういう移動方法をとっているのかわからないが、行動範囲は広い」

 「物理的な動きだけでは説明できない。おそらく、何か超自然的な力を使っているんだ」

 福沢のその説明に、フッと息を漏らす羽黒。この男も科学者だろうに、真顔でそのようなことを言うとは……。少し前なら鼻で嗤っていたに違いない。だが、今となっては、羽黒でさえそれを否定できない。

 先ほどいれた珈琲を一口飲む。苦みが胸の奥まで広がっていった。

 本当に、人狼などという化け物が存在したようだが、羽黒の仕事はそれを検証することではない。どういう現象が起きているのかわからないが、とにかく、これ以上日の出製薬関係者を襲うことをやめさせる。そのためには、何をしてもいい――。

 4名と連絡がとれなくなったのと同じ頃、影狼神社を妙な男女2人組が訪れたという。何をしていたのかはわからないが、陽奈が駆け戻るのと入れ替わるように帰って行った。

 念のために尾行させたのだが、何としばらくして撒かれてしまったらしい。ただ者でないのは明らかだ。

 エリカなのか? そして池上? まさか、共闘しているのか?




 「事態は急を要するようになってきたようだ。強攻策を採るかもしれない。場合によっては、御厨陽奈を拘束する。その場合、ここへ連れてきて尋問することになる。人狼に対抗するための人質とすることも、視野に入れておく」

 羽黒がそう言うと、福沢が息を呑む。だが、すぐに納得したようだ。

 「この際、仕方ないだろう」

 そう言って、室内を見まわす福沢。

 ここは、日の出製薬の研究施設内だった。火災と爆発があり、三分の一は崩壊しているが、それは実験室や研究室の方だ。こちら側の、事務室やデータ管理室、そして倉庫は被害を受けていない。というより、そうなるように仕掛けをしてから火災を起こしたのだ。

 「この地で人狼と闘うつもりかね?」

 福沢が聞いてきた。険しい表情だ。彼としては、人狼もできれば生け捕りにして調べたいらしい。だが、相手は化け物だ。とてもそこまでの余裕はない。

 「その方が都合がいい。都会で争うより目立たないからな」

 今、この事務室内には羽黒と福沢の2人だけだ。しかし、別の部屋に数名部下達が待機している。また、倉庫には人狼やエリカと争うことになった場合に備え、武器類も運び込んでいた。

 外で影狼神社を見張っている者、御厨親子が動きを見せたら追跡する者等、合わせれば20人を超える部下を配備していた。しかし、人狼に対抗するためには、それでも足りないかもしれない。

 人狼とエリカがこの地にいるのなら、日の出製薬幹部や理事を警護している者も、こちらに来させてもいいか? そして、一気に片付ければ……。

 いや、まだ先ほどの女がエリカかどうかは確認していない。人狼が本当にこの地の森に潜んでいるかどうかもだ。

 どうすべきか……?

 御厨親子を人質にとれば、人狼を止められるだろうか? 

 今後について検討する羽黒を、福沢がもどかしそうに見ている。

 一気にあの神社を制圧して、秘薬や古文書を押収すれば、研究が進められるのに、とでも思っているのだろうか?

 人狼を止められるのならそれもいいが、まだ見えない部分が多すぎる。

 溜息をつくと、羽黒は手元にあった珈琲を飲み干した。




○ 40

 今朝早く陽奈が登った山道を、今度は父である御厨鉢造が進んでいた。

 彼としては珍しく、険しい表情をしている。

 陽奈が言っていたのは、この少し先の丘だな?

 その手前で一旦止まる御厨。そして振り返る。

 「私をつけているのはわかっている。通常ならそれもかまわない。だが今はやめた方がいい。命の保証ができない。君たちは、戻りなさい」

 森の中に響く御厨の声。しばらくすると、彼から少し離れた場所に、4人の男達が現れた。こんな場所なのに、キッチリとしたスーツ姿だ。

 「どこへ行くつもりですか?」

 1人が質問してくる。この中ではリーダー格らしい。

 「君たちが知る必要はない。知ったところで、何の益もないことだ。さあ、戻りなさい」

 目配せし合う男達。微かに頷き合うと、先ほどのリーダー格が素早く銃を取り出した。

 「そのまま、目的の所まで行ってください。私達も同行します。誰かと会うのなら、確認させていただく」

 銃口を向けられた御厨だが、動じずに首を振る。

 「やめておきなさい。先ほども言ったが、命の保証はできない」

 「あなたに保証していただく必要はない。さあ、歩いて。従わないなら、少し痛い目に遭っていただくことになる」

 リーダー格が言うと、他の3人がゆっくりと御厨に近づいていった。

 迫ってくる男達を睨みながら、御厨は少しずつ後退る。森の中へ隠れるために駆け入るタイミングを計っていた。だが、その目が見開かれる。




 リーダー格の男がハッとなり振り返る。銃を後方に向けようとしたが、その手が何者かに掴まれた。

 慌てて腕に力を入れるリーダー格。だが突然現れた者は、その力を利用しリーダー格の体勢を崩し、立て直そうとした勢いを更に利用して投げ飛ばした。柔道で言う体落としだ。

 あれは?!

 御厨は思い出した。朝に影狼神社を訪ねて来た2人連れのうち男の方、確か池上と名のった。どうやら、御厨を尾行する男達を、更につけていたようだ。その技術も、今の技もたいしたものだ、と感心する。

 背中から地面に叩きつけられたリーダー格は受け身をとったものの、衝撃で咽せる。 

 池上はそのリーダー格の首筋に手刀を叩きつけた。

 動かなくなったリーダー格から銃を取り上げ、池上は素早く太めの樹に身を隠す。

 慌てた他の3人の男達が銃を取り出すが、それより早く、池上は連続して発砲した。

 それぞれの右肩に命中した。皆、痛みで蹲る。

 ふう、と一つ溜息をつくと、池上は樹の陰から出て御厨を見た。

 「すいません。後をつけさせていただきました。こういう連中がいて、物騒だったので」

 「いや、助かりましたよ。たいしたものですね」

 礼を言う御厨。見まわしてみると、他には誰もいないようだ。

 「しかしまいったな。こいつらをどう扱えばいいのか……」

 本当に困ったような顔で、池上は男達を見下ろしていた。




○ 41

 目を覚ますと、すでに昼を過ぎていた。陽奈は慌てて身体を起こす。

 だいぶ体調も良くなっていた。キッチンへ行きミネラルウオーターを飲む。そこで、違和感を覚えた。

 お父さんは?

 いつも正午を目安に昼食をとっている父の姿がない。シンクを見ても、片付けをした形跡もなかった。

 まさか……。

 イヤな予感がした。父の部屋もシーンと静まりかえっているだけだ。

 玄関に行く。やはり、靴もない。出かけたのだ。今日は何も予定は入っていなかった。だとすると、行き先は……。

 スマホを手にした。父を呼び出す。だが、電源を切っているのか反応がない。

 鍵をとり靴を履く。急がなければ。

 おそらく父は、朝に陽奈が行った場所へ向かったのだ。

 恭介さんに会うために――。

 そうに違いない。だが、会ってどうするのだろう?

 どうにかする、と言っていたが、何か恭介さんを止める手立てがあるのだろうか?

 一旦神社の境内へ行く。念のために拝殿のまわりを確かめたが、やはり父の姿はなかった。もちろん社務所にもいない。

 階段へ急ぐ陽奈。

 その目の前に、男が一人立ちふさがった。

 あっ!

 思わず息を呑み、立ち止まる。

 福沢や羽黒という男に付いていた者達のうちの一人だ。屈強そうな身体にキッチリとしたスーツ姿。     

 後退ると、背後にも気配を感じる。

 振り向いたところに、もう一人同じような男がいた。

 「何ですか? どいてください」

 キッと順番に睨みつける陽奈。

 しかし、男達は無表情のままだ。そして……。

 「一緒に来てもらおう。訊きたいことがある」

 一人が陽奈の右手を掴んだ。強い力だ。電気が走ったように、腕から全身に痛みが走り抜ける。

 「放してっ!」

 陽奈の叫び声が林の中に響き渡った。




○ 42-1

 「では、私は先を急ぎますので」

 御厨が頭を下げ、更に山道を進もうとする。

 「ちょ、ちょっと待ってください」慌てる池上。「どこへ行くつもりですか?」

 立ち止まり、池上を見る御厨。本当に申し訳なさそうな表情をしている。

 「あなたも、来てはいけない。命の保証はない」

 「もしかして、草加と会うつもりですか? それなら、私も行きます」

 ここで先に行かれても困る。ついて行きたいが……。

 側には制圧した男が4人。おそらく公安の裏部隊の者達だろう。放置しておくとじきに逃げていく。かといって、拘束しても、今の池上には所轄の警察署に身柄を預ける権限もない。どこかに閉じ込めておくというわけにもいかないだろう。とりあえず、その辺りの木に何かで縛り付けておくか?

 思案していると、御厨は再度頭を下げ、また歩き出そうとする。

 しかし、その足が止まった。息を呑んで一点を見つめている。

 ん? 池上もその視線を辿る。

 木々の合間に、人影が見えた。

 ガッチリとした体格の、警察官だ。間違いない。あれは――。

 「草加っ!」

 思わず叫ぶ池上。前へ進み、御厨と同じ位置に立った。

 木々の合間から射す光に照らされた顔は、今はまぎれもなく草加のそれだった。

 「恭介君……」

 御厨も息を漏らすように名を呼んだ。

 肩を押さえて蹲っていた男達も、視線を向ける。

 「草加、話がしたい。いいだろう?」

 池上が声をかける。その横で、御厨がなぜか首を振った。

 「池上……」

 頭の中に声が聞こえてくる。まぎれもなく草加の声だが、別の声がそれに被っているような感じがした。


○ ↓第21話に続く。


  


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