Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第21話
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○ 42-2
池上は黙って草加を見つめながら、次の言葉を待った。
「悪いが、俺は、もうおまえの知る草加恭介ではなくなりつつある。半分以上、俺ではないものが俺を動かしている。まともな話は、期待しないでくれ」
隣に立つ御厨をチラリと見る。彼にも声は聞こえているのか、溜息をつきながら残念そうに頷いた。
「しかし……」
前に出ようとする池上を、御厨が手を上げて制した。そして、また首を振る。
その時、ガサッと音がして、剣呑な気配が増えた。
草加と反対側の木々を見ると、先ほど制圧した公安裏部隊と思われる男達の向こうに、別に4つの人影が現れた。
あれは……?
背筋がぞわりとした。得も言われぬ恐怖感が、身体の奥から迫り上がってくる。
4つの人影は、皆キッチリとしたスーツ姿だった。だが、顔の前が暗い霞のようなものに被われていて、表情が見えない。
まさか、こいつらも人狼?
池上がそう思った瞬間に、彼らの前の霞がとれ、顔が明らかになった。
紅く輝く眼、異様に伸びた鼻と口、そしてきらりと光る鋭い牙。腕の先にも刃物のような爪が輝く。
4体の人狼は、素早く動くと、先ほど池上が制圧した男達4人に襲いかかった。
ある者は爪で首筋をひき裂く。
ある者はそのつめを胸に突き刺す。
肩口に食らいついて振りまわす者もいた。
押し倒して腹に食らいつき、その内臓を貪り食うようにしている者もいる。
断末魔の声が響き渡り、夥しい血飛沫が飛び散る。
池上も御厨も、ただ呆然としてその光景を見ていることしかできない。
殺戮の時が、しばし流れた――。
完全に息絶えた4人の男達から、それぞれ人狼が離れる。そして、その紅く鋭い眼光が、池上と御厨に向けられた。
グルルルゥ……。
低く、重く、地を這うように聞こえてくる唸り声。
池上は先ほど公安裏部隊の男から取り上げた銃を手に身構える。御厨は、持参してきたらしい短刀を抜いてかざした。
銃を目にしても動じなかった人狼達が、御厨の持つ短刀を見て、微かに狼狽えたように感じられた。
この短刀は、いったい?
池上は危機的状況にありながら、短刀の放つ厳然とした輝きに魅入った。
不意に「シャァァァッ!」と言う鋭い唸り声が響いた。
ビクッとする池上。だがそれは、4体の人狼に向けられたものだった。発したのは、草加だ。
いや、すでに草加の姿も人狼と化していた。
4体の人狼の身体が硬直したようになる。そして、草加の化身である人狼が鋭く首を振ると、それぞれが殺害した男達を抱え上げた。
もう一度草加の人狼が首を振る。
すると、4体の人狼達は、男達を抱えたまま奥へと消えていった。
シーンと静まりかえる森。
御厨が、先ほどの短刀を手にしたまま、草加に向き合った。
池上は成り行きを見守る。
やめてくれ、御厨さん――。
草加の声。先ほどより更に別の声の影響を受けているようで、不自然に重なり合って響いている。それが、頭の中でなく、森の空気を震わせていた。
俺は、昂ぶるとどうなってしまうかわからない。それに加えて、俺の中の何かが、勝手に動くこともある。恩人であるあなたであっても、対抗するようなら殺してしまうかもしれない――。
御厨は苦しげな表情をしている。迷っているらしい。どうすれば良いのか、どうすべきなのか……と。
「草加」とたまらず池上が声をあげた。御厨の前に立ち、彼を隠すようにした。「おまえは、日の出製薬の不正を暴き、それに関わった者達を糾弾しようとしていた。それは俺が引き継ぐ。だから、もう殺戮をやめるんだ。それはできないのか?」
池上。おまえの気持ちはありがたい。おまえを信頼してもいる。しかし、それはできない――。
「何をするつもりなんだ、草加。復讐か? だが、それを果たしたらどうする? この近辺で行っているように、ちょっとした悪事や違反を犯した者達も、殺し続けるつもりか?」
決めるのは、俺ではない。俺が目的を果たしたら、その後は、俺はおそらく支配される。後は、俺を救ってくれた何者かと一体となって、悪を狩っていくことになるだろう――。
それは、この地に古来に現れ、そして神として祀られるようになった、長寿の狼の魂なのだろうか?
「恭介君」御厨が池上の後ろから前へ出ながら言った。まだ短刀を手にしている。「君は、安らかに眠るべきだ。今、その身体の中に我が大神様がいらっしゃるなら、恭介君を解放してやっていただきたい。今の世の中では、そのような殺戮を繰り返すものは、神ではなく悪鬼と見られてしまいます。どうか、人の正義の方に目を向けて、お静まりいただきたいと思います」
だめだ、御厨さん。今は、俺は、止められない。止めようとすると、それが誰であれ殺してしまう。もし本当に俺を止めたいのなら、確実に仕留めてくれる者を連れてくるんだ。あなたには、その短刀を使っても無理だ――。
躊躇う御厨。池上は彼を抑えた。
池上、御厨さんを連れて、早く山を下りてくれ。それから、できればしばらく、神社からも離れていた方がいい。今、あの研究施設の跡地に危険な連中が潜んでいる。神社に害をなす可能性がある。俺が始末をつけるまで、御厨さんの親子には、どこかに隠れていてほしい――。
危険な連中? 公安の裏部隊に違いない。なるほど、あそこを使っていたのはそうだったのか……。
頼むぞ、池上――。
その声が響いたかと思うと、人狼はサッと木々の陰に身を隠していった。
「恭介君っ!」
御厨が叫ぶように名を呼ぶが、もう応えない。
おそらく森の奥へと戻っていったのだろう。後を追ったりしたら、今度こそ命の保証はない。
「戻りましょう、御厨さん」
池上が声をかけると、彼はしばらく目を伏せていたが、短刀を懐にしまい頷く。
シーンと静まりかえった森の中、2人は来た道を下りはじめた。
○ 43
「神社の境内で女の子を襲うなんて、ずいぶん罰当たりな男達ね」
エリカは社務所の壁に背を預けながら言った。
陽奈を捕らえて連行しようとしていた2人――おそらく公安裏部隊の男達の動きが止まる。
「何だ、おまえは?」
1人が険しい目を向けながら詰問してきた。
「通りすがりの、正義のお姉さん……なんてね」
ウインクしながら応えるエリカ。そして、少しずつ陽奈と男達に近づいていく。
男達が目配せし合う。1人が陽奈を捕まえておく。もう1人はエリカに向かって来た。
こちらがただ者ではないと判断したのだろう。のっけから戦闘モード全開だ。だが、エリカとしてはその方がやりやすい。
両手を下げたまま、しかし鋭いまなざしを向け男を待ち受けるエリカ。
男は徐々に足を速め、エリカを射程に捉えた瞬間に鋭い前蹴りを放つ。
エリカの顎を狙った蹴りは、しかし空を切った。
彼女は直撃のほんの一瞬前に、それこそ数ミリだけ上体を反らしたのだ。
男もさすがに訓練を積んだだけあり、初弾を躱されたからといって狼狽えはしなかった。すぐに身体を翻し、裏拳をエリカの横顔に向けて放つ。
エリカはその拳を受け流すとともに、男とは逆回転しながら身を屈める。スッと足を伸ばして男の両足を狩った。
一瞬跳ね上がり、背中から落ちる男。その瞬間に、エリカは足刀を放つ。見事に男のこめかみを打ち抜いた。
エリカの蹴りを受け、更にその衝撃で地面に頭を打ちつけた男は、叫び声をあげ頭を抱えながら転がる。もはや戦闘不能状態だ。
陽奈を捕まえていた男が息を呑んだ。彼女を一旦放し、懐から拳銃を取り出す。
だがそれを構える前に、エリカは走り出す。銃口が向けられる直前に跳躍し、男の顎を蹴り上げた。
背中から倒れた男は、顎を押さえてのたうちまわる。
「女の子の前だからこのくらいで済ませてあげたけど、本当なら命をもらっていたわよ。まだ続けるつもりなら、その覚悟できてね」
エリカが言い放つと、男達はヨロヨロと立ち上がり、お互いを支え合いながら逃げていった。
その背中を目で追うエリカ。
ヤツら、だいぶ焦ってるみたい。ちょっと厄介なことになってきたわね……。
ふと、強い視線を感じる。陽奈だ。彼女が目を見開き、何か驚愕したような表情でエリカを見つめている。
「もう連中は行ったわ。しばらく私も一緒にいるから、落ち着いてね」
なるべく穏やかに声をかける。すると、陽奈はいきなりエリカの腕にしがみつくようにしてきた。
「どうしたの?」
慌てるエリカ。
「あなたの力を、私に貸してください」
必死になって哀願してくる陽奈。
「何を言っているの?」
「私にはわかります。あなたは、たくさんの厳しい経験を乗り越えてきた、強い人、すごい人……」目を閉じる陽奈。しばらくしてそれを開くと、また続ける。「あなたがいてくれれば、きっと止められる、あの人を……」
陽奈の真剣な眼差しを、困惑しながら見つめ返すエリカ。
「いったい何を……?」
この娘は私の目ではなく、中を見ている? 私のことを、見抜いている?
「お願いします。エリカさん……」
どうして名前を?!
息を呑み陽奈を見るエリカ。
しばらく時が止まったようだった。
○ 45
以前は日の出製薬の研究施設で事務室として使っていた部屋には、当時使用していたパソコンなどの機器が多数残されていた。通信環境も維持されている。
福沢はここにいる時、いつも何らかの文献をネットで呼び出し読みふけっていた。
熱心なことだ、と羽黒は苦笑し、コーヒーを一口飲む。。
現在の日の出製薬幹部や理事などの近辺には、怪しい影はないと先ほど報告があった。
やはり、エリカや人狼はこの地にいるのだろうか? だとしたら、今のうちに始末をつけた方がいいだろう。
羽黒自身も一旦都内に戻るかどうか思案していたが、こちらでの動きの方が激しくなる予感がしてまだ動けない。
ノックの音がした。羽黒の補佐で部隊の副リーダーである園田一正が、緊張した面持ちで入ってくる。
「御厨鉢造をつけていた4人との連絡がとれなくなりました。御厨は朝方娘が訪れた山中に向かっていたようです。別の者に確認に行かせましたが、林の中に夥しい血痕が残っていたとのことで、おそらく何者かと争ったと思われます。危険を感じたので、すぐに戻らせましたが」
息を呑む羽黒。福沢も驚き目を上げた。
「これで8人だな……。屈強な者達が一度に4人ずつ。これは、人狼の仕業と考えて間違いないと思う」
声を震わせながら福沢が言う。
「また、御厨陽奈が外出しようとしたので、尋問のために部下が2人確保しようとしましたが、正体不明の女によって阻まれました」
続けて園田が報告した。
「なんだと?」
「1人は頭部打撲により精密検査中。もう1人は顎の骨を砕かれています。とてつもない強さだったと……」
部隊員は皆訓練されている。格闘術も心得ている。それを2人まとめて病院送りにする女となると……。
「エリカだ。やはり、神社を訪れたのはヤツだったんだ」
羽黒は舌打ちした。朝の時点で何とか対応しておけば良かった。
「今、御厨親子はどうしているのかね?」
福沢が園田に訊く。
「陽奈もエリカと思われる女も境内から出てきた形跡はないので、一緒にまだ神社内か自宅にいるものと思われます。父親の方も先ほど戻りました。こちらも正体不明の男が一緒でした。草加ではありません。顔写真と照らし合わせてみたところ、池上の可能性があると思われます」
「絶対に神社のまわりから目を離すな。今動かせる者は全部マークに向けさせろ。その4人が別の場所に移動しそうになったらすぐに連絡をし、絶対に見失うな。それから、現在理事や幹部達を警護している隊員達も、皆すぐにこちらに向かわせろ」
羽黒が指示を出すと、園田は「ハッ」と応えて部屋を出て行く。
「どうするつもりだ?」
福沢が訊いてきた。
「今日中にカタをつける」
間違いなく今現在、人狼もエリカもこの地にいる。ならば、ここでどちらも始末する。
「神社を襲うのか?」
「そうだ」頷く羽黒。「夜に急襲する。どこかに移動したとしても同じだ。エリカと池上を始末し、親子を拉致する。そうすれば、人狼もやって来るだろう」
「人狼は不死身に近い。倒し方はおそらく、御厨だけが知っている」
「強力な武器が多数ある。不死身であれば何度でも殺してやる。それでも不安だというなら御厨に訊く。必ず言わせる。我々の尋問に耐えられる者はいない。あなたは好きなだけ、神社内を調べまわればいい」
「わかった。期待しているよ」
満足そうに頷く福沢。
羽黒は残忍な笑みを浮かべながら、コーヒーを飲み干した。
○ ↓第22話に続く。
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