Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第22話
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○ 46
池上と御厨が神社に戻ると、社務所の中で陽奈とエリカが待っていた。お互いに出来事を報告し合う。
「かなり切羽詰まった状況になってきたようだな……」
話が終わると、池上は溜息をつくように言った。
「物事は早くケリがつく方がいいわ。連中は今日中にもここを襲撃してくる。そちらの話では、人狼はそれに気づいている。激しい争いになりそうね。私たちの対策を練っておきましょう」
エリカが言う。この状況でも冷静で、表情も変わらない。改めて、凄い女性だと感じた。
「そうだな……」肩を竦める池上。「その前に、今起こっていることをきちんと把握しておきたい。そして、この神社に何か人狼に対抗できる物があるなら、それを教えていただきたい」
御厨を見ると、一旦目を伏せてから頷いた。ゆっくりと立ち上がる。陽奈が心配そうに見つめていた。
「お二人も、そして陽奈も、こちらに……」
促すように言いながら、御厨が社務所を出て行く。全員従った。
御厨は拝殿の前へ行き、他の3人に軽くお祓いのようなことをした。その上で自ら先に入っていき、続いてくるようにと招く。
まず、少し広くなった板の間に通された。御厨はそこに置かれていた小箱を開ける。何か仕掛けがしてあるらしく、ゴソゴソとやってから茶封筒を取り出した。
「池上さん。この中には、恭介君が火災に巻き込まれる少し前に私に預けた物が入っている。どうやら、マイクロSDカードのようだ。彼が調べていたことがまとめられているらしい」
「え?! それは……」
大森が言っていたデータ類だ。日の出製薬の不正に関わる事項がまとめられているという。これがあれば、立件までは難しいとしても、大きな揺さぶりをかけられるしマスコミにリークすれば大ダメージを与えられる。その後捜査をするにしても、あからさまな圧力をかけられることはなくなるだろう。
「彼は自分の身に危険が及ぶことも予想していたのでしょう。何かあった場合、私から見て信頼できると思える人物が現れたら、託してほしいと言っていた。彼自身があなたを信頼していると先ほど言っていたので、問題ないでしょう。どうぞ」
差し出された封筒を受け取る。思わず手が震えてしまった。
満足したように頷くと、御厨は皆にここで待つように言って本殿に向かった。
3人は座って待つことにする。その間、池上はタブレットを取り出しカードを挿入した。とりあえずざっと流し見る。エリカも視線を送ってきた。
不正に大きく関わっていたり、あるいはそれを隠すことに協力していた人物のリストがあった。その中で、まだ人狼もエリカも殺害していないのは2人。
与党民事党議員で元外務大臣の北井和之、そして、警察庁長官官房審議官である春日知治――。
「その2人は、私のターゲットでもあるわ。やっぱり被っていたのね、狙いは」
エリカが淡々とした口調で言った。
2人ともとんでもない大物だ。正式な捜査を進めたとしても、たどり着き糾弾できるかどうか微妙なところだ。むしろ、エリカに暗殺してもらった方がいいのではないか、とさえ思えてしまい、首を振る池上。
しばらくすると、御厨がいくつかの物を運び込んできて床に置く。
池上とエリカは目を見合わせ、息を呑んだ。陽奈も驚いたような表情をしている。
年代物だが頑丈そうな壺が一つあった。
そして、驚くべきことに、6連発リボルバータイプの古い銃。全体が銀色に輝いている。いったいいつの物なのか? 使用できるのか? 銃弾もあるが、長い年月を経てきているはずだ。火薬も劣化しているだろう。発砲できるとは思えない。
その横に並べられたのは、棒手裏剣と言われる武具だ。何十本もあった。風車のようなわかりやすい形の手裏剣ではなく、長い棒状で先が鋭くなっている。これも銀色。
更に、先ほど御厨が持っていた短刀。よく見ると、刃先はやはり銀色――。
最後に、御厨は銀色に輝く板を持ってきた。
それらを目の前にして、難しそうに顔を伏せ、何事か考えている。どう説明すべきか思案しているようにも見えた。
「秘薬以外は、私も初めて見る物……」
陽奈が呟くように言う。
「この、壺に入っているのが秘薬なのかい?」
池上は陽奈に訊いた。
「そうです」と応えて父を見る陽奈。「私はそれを、恭介さんに必要以上に飲ませてしまった……」
「陽奈は責任を感じる必要はない。これは、代々の御厨家で繰り返された仕方のないことだ。古来からの秘薬を受け継ぐ者として、避けられない出来事なのだろう」
「繰り返された……?」
父の話に、陽奈は息を呑む。池上とエリカも御厨を見つめた。
代々……つまり、御厨家が古来からこの神社で秘薬を祀り続ける何百年、あるいは千年を超える時の間に、今回のように人狼が出現し騒動を起こしてきたことがあるのだろうか?
「秘薬に様々な効能があると伝えられていれば、当然、何か困難な病気やケガで苦しんでいる人間がいた場合、救うために使いたいと思うのは人情というものだ。実は、私自身もそれを服用し命を救われたことがある」
「お父さんも?」
目を見張る陽奈。御厨は強く頷いて応えた。
「私は幼少の頃、大病を患《わずら》って死にかけた。その時、当時ここの宮司であった祖父が、この秘薬を服用させてくれた。そうでなければ、私はその時死んでいたかもしれない。だがその後、私にも変化が現れた。陽奈ほどではないにしろ、他者の状況や思いなどを把握しやすくなった。身体もだいぶ丈夫になった」
「お父さん、私も……?」
陽奈が険しい表情で訊く。
「うむ」と目を伏せながら応える御厨。「黙っていてすまなかった。それもおまえが正式にここを継ぐことになってから話そうと思っていたんだ。そう、陽奈もまだ3歳の頃、感染症により高熱を出し、生死の境をさまよったことがある。その時に、私の判断で服用させた」
「やっぱり……」
溜息のように漏らす陽奈。彼女の横顔を、エリカが心配そうに見ていた。
「それにより、陽奈に人を遙かに凌ぐ洞察力、時に予知のようなことさえできる能力が備わった。ただ、やはりそのようなものを持つと、むしろ苦しみ悩むことがふえる。おまえも大変だっただろう」
心から申し訳なさそうに話す御厨。陽奈は目を伏せ、微かに首を振った。
「秘薬の効能や用法などをまとめた書面みたいな物は、残っていないのですか?」
池上が訊く。そもそも、元は薬として使うべき物だったのだろうか?
「秘薬は、おそらくもうご存じだろうと思いますが、平安の時代に現れた古狼《ころう》の骨を焼いて砕いた物です。100年以上を生き、力とともに身体も巨大化していたため、人の物とは比べものにならないほど多く残りました。そしてそこには、人には想像もつかないような力が宿っていた。最初はただ『祀る』ように命を受けただけだったそうです。ただし、力を欲したときは使用せよ、と。そのため、代々の神官や信者達の中には、試しに使用した者もあった」
「失敗したり、今みたいに使いすぎて混乱が生じたりもしたんですか?」
今度は陽奈が質問した。辛そうな、そして必死そうな表情だった。
「そう。様々な試行錯誤が、この千年を超える時の流れの中で繰り返された。僅かな投与で陽奈や私のように大病が治癒した例もあったようだ。ただ、量の違いによって、何らかの力を得る事があったり、逆に効き目もなく治癒に至らなかった例も、もちろんある。そして、多量に服用しすぎて今回の恭介君のように激しい変化を見せることも、あったようだ。それらは、ここに記録として残っている」
言いながら、御厨は古文書のような書物を懐から取り出した。紙製のようだが、古くて茶色くなっている。そこに、池上には読めそうもない楷書で、何かがびっしり綴られていた。秘薬に関する出来事なのだろうか?
「服用しすぎて人狼と化すという事例が、過去にもあったと?」
書物に視線を送りながら池上が訊く。チラリとエリカの方も見ると、彼女は真剣な眼差しのままジッと御厨を見ていた。聞くことに徹しているようだ。
「あったようです」と頷く御厨。「古狼、狼憑き、大神憑き、狼人間、狼男、人狼……などと時代によって呼び名は違えど、同じように狼と化し殺戮を繰り返すような者も何度か出現した。そのほとんどが、悪を憎む気持ちが強く、そこが古狼の元来持つ意思の力、エネルギーのようなものと共鳴してしまったんでしょうね」
「草加も古狼の意思と共鳴した……」
正義感の強い彼の横顔を思い出しながら、呟く池上。
「彼の場合は、大やけどを負って肉体的にも精神的にも切羽詰まっていたであろうし、それにも増して、自分を罠に嵌めた者達への憎しみも強まっていた。その激しい意思の力も加わって、共鳴の度合いも更に高まったのでしょう」
「今のままだと、草加はどうなるのですか?」
「古から何度か続く事例に照らし合わせれば、彼は自らの復讐を果たしたあとは、古狼に支配される。彼の身体を依り代として、古狼は悪に類する人間を殺戮してまわるでしょう。ほんの僅かな悪意さえ許されない場合も多々出てくると思われます」
「それを止めるには?」
「滅するしかない」
「滅する?」
「人狼となった恭介君を倒し、骨まで焼く。それをまた、この壺に収めていく」
ふうむ、と唸り声をあげる池上。そうやって、連綿と繰り返されてきたのか……。
「もしかして……」不意にエリカが会話に加わる。「その、倒すための道具が、これらですか?」
全員の目が、床に置かれた銃や銃弾、棒手裏剣、短刀等に向く。
「はい」御厨が頷く。「これらも、長い年月をかけて試行錯誤の末造られてきた物です。拳銃は昭和初期に製造されました」
昭和初期……そんな頃にも人狼騒動があったということか。しかし、手入れされ鋭さが保たれている手裏剣や短刀はともかく、いくら何でもそんなに古い銃は使えないだろう。いや、そもそも、マグナムでさえ倒せない人狼に、これらで対抗できるというのか?
疑問を胸に抱きながら、池上は御厨の説明を待つ。
「これらの武器は、基本的に銀で造られています。銃その物も、そして弾丸も」
銀――。そういえば、狼男を倒すには銀の銃弾、というのは海外の古典ホラーで描かれていた。全世界共通ということか?
「しかし、ただの銀ではない。秘薬がある程度の割合で混ぜ込まれている」
「この秘薬を混ぜた銀。それが、滅するために有効ということですか?」
陽奈が目を見開きながら訊いた。
「そう。この銀の板がそうだ」
先ほど彼が最後に運び込んできた、銀色に輝く板。あれが、秘薬を混ぜ合わせた銀の延べ板なのだろう。
「これを加工して、これらの武具は製造されてきた。また、銃弾用の火薬にも秘薬を混ぜてある。これらで人狼の心臓を破壊すれば、倒すことはできる」
「心臓を?」
池上はハッとなる。人狼は殺害した相手の心臓をえぐり取る。それにも何か意味があるのか?
御厨が池上の思いを悟ったらしく、頷いてから続ける。
「人狼に殺害された者はそのままだと同じように人狼と化す。それを防ぐには、殺害された者が人狼化する前に心臓を破壊するしかない」
なるほど、そういうことだったのか。殺した相手が二度と立ち上がらないように、これまでは心臓をえぐり取っていたのだ。
「では、あの森の中で見た、草加以外の人狼は……」
「おそらく恭介君か、もしくは古狼が、操るために心臓をそのままにしておいたのでしょう」
「操る? そんなことができるんですか?」
「人狼化した者は、より強い意志を持つ人狼に従う。恭介君には大本である古狼が宿っている。皆従うことになるでしょう」
「人狼がその気になれば、世の中人狼だらけになってしまうわね」
エリカが肩を竦めながら言った。
「なので、人狼はほとんど、殺した相手の心臓を潰すと言われています。ただ、利用したいときのみ潰さず操る」
「さっき、草加以外に4体の人狼が現れた。そいつらに更に4人が殺害され、心臓はそのままで運ばれていった。つまり、人狼は今、9体いるということか……」
改めて溜息をつく池上。
不意に、エリカが銀色に輝く銃を手にした。そして確かめるように握りしめ、誰もいない方へ銃口を向ける。
「不思議ね。使えるとは思えない古さなのに、力を感じる。これは、撃てる……」
「秘薬と銀とが混じり合った物で造られています。何年経とうと、使用できます」
御厨が頷きながら言った。
続いてエリカは、棒手裏剣を確かめた。
「忍者じゃないんだから、そいつを扱うのは難しいだろう」
少なくとも池上には難しい。だがエリカはフッと笑うと、ポーチから手帳を取り出し池上に差し出す。
「それを遠くへ放り投げてみて」
怪訝に感じたが、池上は言われた通りにした。
宙を飛ぶ手帳。直後、エリカが素早く腕を翻す。棒手裏剣が空気を切り裂くように飛んでいき、手帳を突き刺して落ちた。
池上が確かめてみると、見事に手帳の真ん中を棒手裏剣が貫いていた。
「核兵器とか大量殺戮兵器以外なら、私に使えない武器はないわ」
そう言ってウインクするエリカ。池上は肩を竦めた。
「エリカさん」改まった態度で、陽奈が正座しエリカを見た。「先ほどもお頼みしたとおり、どうぞ、私に力を貸してください。恭介さんを安らかに眠らせてあげたい。お願いします」
「陽奈ちゃん、どうするつもり?」
真剣な眼差しを向けながら、エリカが訊いた。
「私がその銃を使います。それで恭介さんを撃ちます。エリカさんは補佐してください。私1人では、その状況に立ち向かえない。でも、エリカさんがいてくれれば」
キッパリと言う陽奈。池上も御厨も、驚いて目を見開く。
「陽奈、いかん。それは私の役目だ」
御厨が強く主張した。だが陽奈は首を振る。
「私が原因なんです。過去から繰り返されてきたとはいえ、今回の発端は私なんです。だから、私がやります」
「陽奈……」
見つめ合う父と娘。だが……。
「だめよ」
ポツリと言うエリカ。
「え?」
他の3人の目が彼女に向く。
「過去のことも、今回の陽奈ちゃんの行為も、関係ない。要は成功できるかどうかの問題よ。あなた達には、任せられない」
「だから、エリカさんに協力してもらって……」
「あなたも御厨さんも、そもそも射撃の技術に乏しい。もちろんそれでも、上手く状況さえ整えば撃てるでしょう。でも、相手が草加さんの人狼だとすると、きっと躊躇いが生じる」
「それは……」
不安げに視線を泳がせる陽奈。御厨は俯いた。
「どんなに適した状況になったとしても、撃つのに一瞬でも躊躇いが生じたら成功は難しい。同じ意味で、例え射撃の技術を持つ池上さんといえども、任せられない」
自分に矛先が向き、息を呑む池上。確かに、この父娘にやらせるより自分が、という気持ちになっていた。そこを突かれた感じだ。
「あなたにとって草加さんは友人だった。やはり、実際に撃つ瞬間に僅かの躊躇いも生じないとは言い切れない。それは実戦では大きなこと。射撃に最も重要なのは、技術じゃない。撃つべき時に撃てるかどうか、よ」
しっかりと視線を向けながらエリカが言う。池上は改めて、この女性の凄みを思い知った。
「だから、人狼にとどめを刺すのは、私の役目よ」
そう言って、エリカはもう一度、銀色に輝く銃を手に取った。
○ ↓第23話に続く
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