Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第23話
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○ 47
これが警察の指揮車輌というものか……。
福沢は、モニターや通信機器類で埋められた車両の後部に座っていた。
本来なら部隊の長である羽黒や副長の園田も、ここにいて全体を見通すのだろう。だが、今回は彼等も現場に出ている。動きながら指揮を執るらしい。
影狼神社のすぐ側の路上に停められていた。
小高い丘の上に建つ神社のため、麓周辺の要所に部隊員達が分散して配備されている。その地点から丘を登り、神社および御厨宅を急襲する作戦のようだ。
羽黒の部隊は彼を含み30名いた。そのうち8名は行方不明。おそらく人狼の餌食になったのだろう。そして、2名はエリカと呼ばれる暗殺者に戦闘不能にされている。なので、現在20名。4名ずつ5つの小隊に別れて行動している。
福沢には戦闘や警察の部隊の動きなどはまったくわからない。だが、エリカと池上とやらを倒して御厨親子を捕獲する。そして神社を支配下に置く――それだけであれば、おそらく可能だと思った。戦闘能力のある相手は2人だけ。どんなに強いと言っても普通の人間だ。数で圧倒できるだろう。
問題は人狼だ。強力な武器を複数持っていたとしても不安は残る。なので、人狼が現れる前に神社を制圧し、御厨から対処法を聞き出す必要がある。
なるべく早急に終えてほしいものだ……。
溜息をつきながら、モニターに目をやる福沢。既に深夜に近い。黒い画面がいくつも並んでいた。一つには月が輝いている。満月だった。
日の出製薬研究施設に残っていてもいいと言われたが、たった一人でそこにいるのは不安だった。なので、この場まで同行した。指揮車輌は堅牢なので、中にいれば何があっても大丈夫なはずだ、と思った。
それが甘い考えだということを、今、思い知る――。
ドンッ! と激しい音が響き、指揮車輌が揺れた。
「な、何だ?!」
慌てて立ち上がる福沢。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
立て続けに衝撃が来た。見ると、後部の観音開きになるはずの扉が歪に膨らんでいる。まるで、向こう側から鉄球でもぶつけられたようだ。
そんな馬鹿な! いったい何が?
驚愕して目を見開く福沢。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドガァァァッ!
ついに扉はひしゃげ、こじ開けられる。その向こうに現れたのは……。
人狼? ば、馬鹿な!
異様に輝く紅い目、銀色に輝く体毛、突き出た鼻と口、そして煌めく牙と鋭い爪――。
見てみたいと思っていた、しかし、こんな状況ではなく、自分の安全が確保された状態で……。
しかも、人狼は1体だけではなかった。両方の扉を2体ずつが掴み、ついに車体から引き剥がしてしまった。
グルルルゥ……。
まさに獣の唸り声を発しながら、4体の人狼が指揮車輌に上がり込む。そして福沢に迫る。見ると、皆、スーツを着ていた。あれは、行方不明になった羽黒の部下達だ。まさか、彼等が人狼に?
「ま、まて。私だ。福沢だ。君たちの隊長は外にいる。ここに来るな!!」
そんな話は通じない、とわかっているのだが、今や福沢はパニックに陥っていた。科学者としての思考能力は消し飛んでいる。
人狼達は一気に福沢に飛びついた。
彼はひとたまりもなくその場に組み伏せられる。
首、肩、腹、太股に食らいつく人狼達。
響き渡る福沢の断末魔の声――。
血飛沫が飛び散り、首が引き千切られた。食らいつかれた腹からは臓物が乱れ出てくる。
1体の人狼が、福沢の胸から心臓をえぐり取った。それを力任せに投げると、モニターの一つにぶつかり、グシャッ、という音を発しながら潰れた。
指揮車輌は今、血の海と化した。
○ 48
武装した男達が4人、神社裏手の丘をジリジリと登りつつあった。木々が生い茂る林にもなっている。
1人がある枝に足をひっかけた。なぜか不自然に下に押さえつけられ、しなっていた。
その枝が勢いよく跳ね上がり、男の太股に打ちつけられた。先は鋭く尖っている。
グサァッ! と男の太股に枝が突き刺さる。
男は呻き声をあげて倒れた。別の男達が駆け寄る。
そのうち2人の右足が地面を踏み抜いた。小さな落とし穴のようになっていて、その底に鋭利な刃物が仕掛けられていた。特殊ゴムで造られた頑丈なブーツさえ切り裂き、彼らの足の裏から甲まで刺し貫く。
「ぎゃぁっ!」
叫び声をあげる男達。
残った1人が慌て、対処に困っている。その後に人影――。
振り向くと、女性のシルエットがあった。ライダースーツの上にタクティカルベストを着けている。エリカだ。
「攻撃が必ずしも銃とは限らないわよ。森や林の中では木々や地面も武器になる」
エリカはそう言うと、素早く男の目の前まで移動し、いつの間にか手にしていたナイフで心臓を一突きする。
声も出せずに倒れる男。
続いてサイレンサーつきの銃を取り出すと、罠にはまって動けずにいる残りの3人を射殺した。
ん? 振り向くエリカ。
何者かが近づいてくる気配がした。男達の叫び声を聞き、別のグループが駆けつけてくるのだろう。
エリカは、近隣で一番大きな樹に登り上から隙を見て急襲しようと考えた。だが、その樹に駆け寄ったところで立ち止まらざるを得なくなる。
数メートル離れた位置に、爛々と輝く紅い目が見えた。それも八つ。つまり、4体の人狼――。
くっ、と呻いて後退るエリカ。
人狼達がジリジリと迫ってくる。
そして、後方からは裏部隊の1グループ、おそらく4人が駆け寄ってきた。
シャァァァッ! という鋭い声をあげ、人狼達が動いた。
エリカは躊躇わずに地面を転がった。丘を下る。2体の人狼が追ってきた。
よし! と体勢を立て直すと、例の棒手裏剣を取り出す。
4体一度だと厳しかったけど、2体なら――。
人狼達は飛び上がり、その鋭い爪でエリカを引き裂こうとする。
エリカはサッと後方にジャンプしながら、棒手裏剣を放った。続けて2本。
両脇を2体の人狼が落ちていった。地面に倒れるとしばらくのたうちまわるようにしている。それぞれの胸に、棒手裏剣が深々と突き刺さっていた。
次第に2体とも動きが小さくなり、そして、止まる。御厨の言ったとおり効き目は確かなようだ。
別の方向から、銃声と叫び声が同時に響いてきた。木々に身を隠しながら近づいていくと、裏部隊の者と思われる男2人が、人狼に食いつかれている。1人は首筋、もう1人は腹。別の部隊員2人の姿はない。逃げたのか?
息を潜め、成り行きを見守るエリカ。
2体の人狼は、それぞれが食らいついた男達が動かなくなると、鋭い爪を閃かせた。男達の胸に突き刺し、心臓をえぐり取る。そして同時に握り潰した。
血を滴らせている心臓を放り投げ、ギロリ、と紅い眼光をエリカに向ける、2体の人狼。
思わずゴクリ、と唾を飲み込むエリカ。新たに棒手裏剣を2本取り出し、目の前にかざした。
月明かりを受けて輝くそれらを見て、明らかに人狼達が狼狽《うろた》えた。
しばし対峙する。
人狼達は動かない。動けば手裏剣で心臓を貫かれる、と感じとっているのだろう。
エリカも動かない。タイミングが狂えば手裏剣を放っても避けられる。こちらが餌食になる。
ほんの数秒なのだろうが、永遠のように感じられた。
ふいに、人狼2体が後退ったかと思うと、サッと身を翻して木々を縫うように去って行く。一旦逃げることを選択したようだ。野生の勘、というヤツだろうか?
ふうっ、と一息つくエリカ。
しかし、すぐにハッとなり振り返る。
遅かった――。
裏部隊と思われる男がすぐ後に迫り、銃を突きつけていた。
しまった……。
舌打ちするエリカ。人狼達に気をとられすぎていた。不覚だ。
「お目にかかれて光栄だ、エリカ。まず、その手にある物を捨てろ」
男が言った。黒い戦闘服に目出し帽。がっちりした体格。どこか傲慢さを感じさせる声だった。
言われるまま、棒手裏剣を捨てる。
すると、後からもう1人の男が現れた。そしてエリカを羽交い締めにする。
うっ、と呻くエリカ。強い力に押さえつけられ身動きできない。
「有名なエリカに敬意を表し、名乗っておこう。俺は羽黒。この部隊の長を勤めている」
羽黒はエリカが捨てた棒手裏剣を手にした。
「なるほど、こいつなら人狼を倒せるのか。他にもあるのだろう? 教えてもらおうか、対人狼用の武器を。それから、御厨親子はどこにいる? 自宅か? 拝殿か? それとも本殿か?」
エリカは、フンッとそっぽを向く。
すると羽黒は銃を手に近づき、その底で彼女の鳩尾を殴りつけた。
「あうっ!」と呻き、蹲りそうになるエリカ。だが、羽交い締めにされているため動けない。
「時間がない。すぐにも答えてもらう。我々の尋問に耐えられる者はいない」
羽黒が目配せすると、エリカを羽交い締めにしていた男が腕を一旦放す。
「えっ?」とエリカは自由になったことに驚くが、対応するヒマは与えてもらえなかった。
男は彼女の右腕と首筋を絡め捕るようにしながら、新たな形で締めつける。腕や肩の関節と首を同時に極める技だ。
「あっ?! あうぅっ!」
必死に藻掻くエリカだが、男が力をこめると苦痛が全身を駆け抜けビクンッとなり、硬直する。大きく目が見開かれたまま表情も凍りついた。
あううっ! あ、あああぁ……。
極められた状態で持ち上げら、両足が宙に浮くと、更に苦しさが増す。
瞬時に意識が薄れてしまうエリカ。目の前が真っ白になり、そして暗転していく。焦点を失った瞳が下を向き、顔もガックリと落ちた。
しかし、完全に気を失う直前、男が微かに腕の力を緩める。
朦朧とながら目覚めていく。混濁する意識。虚ろな目で前を見ると、羽黒の鋭い視線……。
「……はっ?!」
エリカは慌てて、唯一動かせる左腕を伸ばし、タクティカルベストから武器を取ろうとする。しかしその手首を羽黒が掴みとった。
「ああっ!!」
抵抗の可能性を完全に断たれ、絶望したように目を見開くエリカ。羽黒に睨みつけられ、脅えたように顔をそらしてしまう。
羽黒は掴んだ彼女の手首を捻り上げ「こっちを見ろ!」と残忍な口調で命令する。
「くうぅぅっ……」
痛みに呻き声をもらすエリカ。堪えられない。仕方なく、言われるままに、辛そうな表情で羽黒を見る。
「何度でも繰り返すぞ。どこまで耐えられるかな? 窒息するのが先か、それとも右肩と腕が破壊されるのが先か、あるいは、おとなしく質問に答えるのが先か、見物だな」
羽黒が笑みを浮かべながら、苦しそうなエリカの顔をのぞき込む。絶体絶命の状態に追い込まれ、彼女の瞳が震える。
「やれっ」と男に指示する羽黒。
「……?!」ビクッとするエリカ。何度も首を振る。「や……め……」
微かな声しか出せない。男が徐々に力を強める。それとともに、エリカの身体からは逆に力が抜けていく。
あぁ、ああぁぁ……。
羽黒が手を離すと、彼女の左腕はだらりと垂れ下がる。顔から血の気が引いていった。見開かれていた目が次第に光を失う。瞳がゆっくりと裏返っていき、ついに瞼は閉じられた。
だがまたしても、男はエリカが完全に意識を失う前に力を緩め、その身体を揺すって目を覚まさせる。
う……うう……うーん……。
彼女が瞼を開いたところで、また男が締めつけ始める――そんな責め苦が何度か繰り返された。
痛み、苦しみ、そして恐怖が、彼女の心を蝕んでいく……。
しばらくすると、ついにエリカの顔からは表情が消えてしまった。目は開かれているが、何も見ていない。口も開いているが、呻き声さえ出せない。
「ん? 何だ、もう限界か?」
羽黒がエリカの頬を軽く叩く。だが彼女はピクリとも動かない。もはや心が砕け散り、抜け殻になったかのように見える。
チィ、と舌打ちして男が手を放す。エリカは一旦膝立ちになるが、瞼を閉じるとともに、壊れた人形のように前のめりに崩れ落ちた。
俯せになっているエリカを、羽黒がつま先でひっくり返し仰向けにする。そして、左手で彼女の頬を掴んで揺った。それでもエリカは目を覚まさない。
「ふっ、良い寝顔だ。だが、時間がないと言っただろう。気絶などさせておかない。おい」
羽黒が男に顎で指示する。
エリカの身体はまたしても軽々と持ち上げられた――。
○ ↓第24話に続く。
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