ラストチャンスは突然に(闇のカウンセラーシリーズ 第4話)
1、First time
「おいおい、マジかこれ……」
奈賀良寿喜男(ながら すきお)は、目の前で突然起こったことに、立ちすくんだ。
自宅から歩いて20分ほどのところにある、商店街へと続く道と、国道へ続く道が交わる交差点。
国道に続く道路は、中央分離帯を境にして二車線ずつあり、道幅に余裕がある。車同士の接触はほとんどないこの道で、信号を無視して走ってきた自転車を避けようとした2tトラックが、中央分離帯に乗り上げて横転。反対車線に出てしまい、対向車はギリギリのところで止まったものの、トラックは歩道の端にある電柱にぶつかり、歩いていた歩行者二人が怪我負ったのか、倒れている。トラックの運転手は中から出てくる気配がなく、自転車に乗っていた中年の男は、右手にスマホを持ったまま停止して、震えている。
(こりゃあすげぇ……写真撮っとくか……!)
目の前で起こったあまりのことに、固まっていた奈賀良は、スマホゲームを一度閉じて、”現場”の写真を何枚も収めた。周囲では、倒れた歩行者を助けようとする人、現場の状況を救急に伝えようと、震える声で必死に話している人、興奮気味に「すげぇもん見た!」と電話している人、奈賀良のコピーのように、写真や動画を撮っている人、動けずに固まっている人などがいたが、奈賀良は気にせずに写真を撮り、動画も撮って、中身を確認すると、満足げに頷いた。
(スマホ見ながら自転車かよ。しかも交差点。馬鹿だな。今は自転車だって、とんでもない金を請求されることもあるのによ)
現場はまだ混乱が続いていたが、奈賀良はその場を離れ、駅に向かった。
思わぬものを見かけることになったが、予定を変更するつもりはなかった。仕事休みの今日、漫画と家電を見るために、自宅最寄り駅から5つ離れた大きな駅まで行くと、一週間前から決めていたし、それは何があっても優先しなければならないことだった。
夕方までプラプラして、帰路に着くと、帰りにコンビニで弁当を買った。今日はもうすることはない。家に帰ってゲーム三昧!
奈賀良は、ニヤけそうになる表情筋を抑えて、家に着くと、弁当をテーブルの上に投げるように置いた。
キッチンとダイニングが一つになっている部屋と、寝室とその他すべてが一緒になった部屋。シンクには、インスタントラーメンを食べた丼が三つ重なっており、水垢が目立ち始めている。昨日出し忘れた燃えないゴミは、プラスチックの容器が限界ギリギリで、押し込んでいるものの、いつはみ出してきてもおかしくはない。
弁当を置いたテーブルがある部屋は、ベッドの上の掛け布団が、壁に押しつけられるようにシワを作っており、奈賀良が動くたびに、フローリングの床に積もる埃の塊が乱舞する。
弁当を開け、右手の箸で口に運びながら、左手にはスマホをもち、時折両手で持って、ゲームに熱中する。何を食べたのかほとんど記憶にない弁当が空になっても、ゲームに熱中し、鶏首で痛くなった首を上げて、伸びをした。
「ふぁぁ……あ、そうだ、写真アップするか」
ゲームが一段落ついたところで、昼間撮った事故の写真を思い出し、匿名の、ほとんど投稿することのないSNSにアップした。
生々しい事故の写真だったせいか、見る人は多く、これまで見たことがないほど、「いいね」やコメントがついた。当然のこととして、写真撮ってる暇があるなら助けろ、救急車ぐらい呼べ、人としてどうかしてるといったコメントもあった。奈賀良は「どうせおまえらだって現場にいたら同じことするだろ」と吐き捨てだが、これまで見たことがない反響への興奮のほうが強く、ほとんど気にならなかった。
「いいじゃん、これ。すっげぇ伸びてる。また遭遇しねぇかな……助けろだのなんだの言ったって、どうせみんなこういうの好きなんだよな」
鼻歌交じりに弁当の空をゴミ箱に押し込み、冷蔵庫から、買い溜めしてある甘い炭酸飲料を取ってテーブルの前に戻ると、再びスマホゲームに熱中した。
チラチラと時計を見たり、途中でショート動画を見たりしながら、気づけば時間は、午前三時近くになっていた。
「めんどくせぇなぁ、明日は仕事か……」
急に襲ってきた眠気とダルさを背負ったまま、電気を消してベッドに潜った。
「う……う~ん……」
体が動かない。
すぐに眠れたものの、まだ眠りが浅いのか。
これまでにも、金縛りにあったことはある。
疲れているときは珍しくもないから、そのまま目を閉じたが、何かがおかしい。
いつもの金縛りなら、動かないだけで、眠りを再開すれば、すぐに落ちることができる。
しかし今は、手足を何かに押さえつけられているような圧力を感じる。加えて、目を閉じていても感じる視線。恋人の眼差しのようなものではなく、冷たく、肌を刺すような視線……
(こういうときは目を開けないほうがいい……どうせなんもいねぇけど、見間違えるってことはあるかもしれないし……)
間違っても開かないように、目をきつく閉じると、イメージが浮かんだ。
真っ暗な部屋、ベッドの足側に、赤いものが見える。やがて、それは赤い服を着た人間だと分かったが、上半身から上が見えたとき、奈賀良は「うわぁぁぁ……!」と声を震わせた。
赤い服は、クレヨンで上塗りしたように血で染まっており、右腕は関節が一つ増えており、左腕は肘から先がない。首は、取れてしまいそうなほど左に折れ曲がっており、目が縦に並んでいるように見える。血で一部固まった髪と顔、体の大きさから察するに、小学4、5年生の少女に見えるが、記憶にない顔だった。
「な……なんだよ……誰だよ……!」
奈賀良の声を無視して、少女は足を一歩前に出した。
ベッドが軋む。
ありえない。
体は動かないまま、少女は一歩、また一歩と、ベッドを軋ませながら、奈賀良の顔の方に近づいてくる。
「くるな……くるなよ!!」
少女の顔が近づく。
覗き込むように、確かめるように、奈賀良の顔に、血生臭さが近づき、目が合った。
「うわぁぁぁぁ!!!!!」
金縛りが解けて、奈賀良は夢から逃れるように上半身を起こした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
時刻は、午前4時少し前。
目覚ましが鳴るまで、あと2時間半ほどだが、家の中に誰もいないことが分かっても、それが夢だったと理解できても、恐怖を覚えた意識は、夢に戻ることを許さず、再び眠りに落ちたときは、外から鳥の鳴き声が聞こえ始めていた。
目覚ましに起こされたとき、体は重く、瞼は光を受け入れようとせず、30分寝坊して、目覚めた瞬間から全力で動くことになった。
一瞬、病欠の連絡をすることが頭に浮かんだが、先週も休んだことを思い出して、舌打ちして家を出た。
2、Second time
案の定、その日は奈賀良にとって最悪の一日だった。
一日中眠気に苛まれ、眠気覚ましにエナジードリンクを三本飲んでも解消されず、昼休憩に寝すぎて、午後一の荷物の配送が一時間遅れになり、配送先からクレームをもらった。遅れるなら連絡がほしかったという内容だったが、文句を言われたということだけが頭に残り、眠いのは自分のせいではないという怒りもあって、午後3時以降は、眠気にイライラも加わった。
最悪の一日を終え、家に帰ったのは午後8時前。
帰り際にコンビニで弁当と、普段あまり飲まない酒を買い込み、家に帰ってくると、ダルさを押してシャワーを浴びて、テーブルに弁当と酒を広げた。
疲れた体は、アルコールの力に抵抗できず、すぐに眠気を連れてきたが、ふと昨日の夜中のことが浮かんで、脳だけは眠ることを拒んだ。
「馬鹿らしい、なんであんな夢のことなんかで……」
ただの嫌な夢で、気にすることはないと言い聞かせてみるものの、鮮明に浮かぶ少女の姿は、意志とは関係なく、体を冷やす。ブルッとして、奈賀良は三本目のチューハイを開けて、スマホゲームに意識を向けた。
恐怖が意識から外れたせいか、スマホを持ったまま眠ってしまい、気づいたときには、時計は午前2時を示していた。座ったまま寝てしまったせいか、首が痛む。顔をしかめながらも、電気を消してベッドに潜り、目覚ましの音で目を覚ましたとき、さっき寝たばかりのような感覚で、瞼はまたしても、光を拒んだ。
(頭いてぇ……やっぱり酒なんて飲むもんじゃねぇな……
……?)
眉間にシワを寄せながら会社に着くと、全員に呼び出しがかかった。普段は班ごとの朝礼しかなく、全員が集められることなど、年末年始ぐらいしかない。
(なんだ? 何か問題でも……)
思い当たることは何もない……だが、胃が収縮し、視線は灰色の床に向いた。
「朝から集まってもらってすまない」
営業所長の徳間(とくま)は、重い口調で始めた。
「実は昨日、うちの営業所の社員が一人、事故を起こした。会社のトラックではなく、プライベートで、自家用車だ。仕事が終わって、一度家に帰り、知り合いから連絡をもらって車で出たあと、勢いに任せてビールを一杯飲んだらしい。一緒にいた知り合いに勧められたわけじゃなく、自分の判断でしたことだと、本人は言っている。周りも止めなかったようだが……それから家に帰ってくる途中、一瞬眠気に襲われて、ガードレールにぶつかったあと、赤信号で止まれずに、横断中の歩行者にぶつかった。幸い、ガードレールにぶつかったことで速度が軽減されて、歩行者の命に別状はないとのことだが、一つ間違えば最悪の結果になっていただろう。
絶対にあってはならない事故だし、不可抗力ということもない。確実に防げた事故だ。君たちは大丈夫だと思うが、もしまた事故でも起こしたら、会社そのものが厳しくなる。くれぐれも注意してほしい。仕事もプライベートも」
話が終わって解散しても、奈賀良の心臓の”ドクンドクン”という音が、耳に響いていた。酒は抜けてる、寝たから問題ない。そう思っても、気分は晴れなかった。
「……」
自分のトラックまで歩き、ドリンクホルダーに甘い炭酸飲料を入れて、その横にスマホを掛ける。配達先のファイルを確認して、エンジンをかける。いつもどおりの流れをこなしているうちに、徐々に雲は晴れ、奈賀良はゆっくりとギアをセカンドに入れた。
「うお、あっぶね……!」
走り出したとき、駐車スペースに止まっていたトラックが急にバックしてきて、危うく衝突しそうになって、急ブレーキを踏んだ。
「悪い! 見えてなかった」
バックしてきたトラックの運転手が叫んだ。
「ったく、頼むぞ……」
奈賀良は左手を上げて、そのまま公道に出た。
「あ~あ、なんかスッキリしねぇなぁ……」
午前の仕事を終え、午後になっても、モヤッとしたものは残ったままだった。少女の夢、睡眠不足、朝の話……信号で止まるたびに、左手に持ったスマホを見る。常に動かしていないといけないものはダメだが、一定時間手を話しても問題ないゲームならできる……奈賀良は現実から逃げるように、運転中もゲームに熱中し始めた。
3、Third time
そこは、住宅街を抜けて、反対側の道に出る近道だった。道幅は、2tトラックなら余裕があり、一方通行で、反対から車が来ることもない
「あ~、このままスマホゲームだけやって生きらんねぇかな。やってらんねぇ……うぉ!!!」
人通りもほぼないことに油断した奈賀良は、信号が赤になっていることに気づかず、そのまま横断歩道を走り抜けようとして、慌ててブレーキをベタ踏みした。後ろで荷物が崩れる音がしたが、視線と意識はフロントガラスの向こう側に奪われていた。
「はぁ、はぁ……」
背中に冷たい汗が流れる。
トラックは、横断歩道を歩いていた歩行者の目の前で停止し、事故は免れた。
「あぶねぇ……」
歩行者は、ビジネスマンのような風貌で、一人。目の前でトラックが停まり、轢かれかけたというのに、その顔にはまったく動揺が見られない。丸メガネの奥にある目は鋭く、見ていると白い息が出るのではないかと思うほど、寒くなってくる。その目が、真っ直ぐに奈賀良に向けられている。
「な、なんだよ……ぶつからなかったんだし、いいだろ……」
口元だけで言って、運転席から、申し訳ないとジェスチャーで示すと、男は冷たい視線を前方に向けて歩き出し、渡りきったところで、信号が青になった。
残りの配達の間、できるだけスマホを見ないように、スマホホルダーに固定したままにしたが、何度も気になり、手を伸ばしかけ、そのイライラは運転の荒さに繋がった。あおり運転までいかなかったものの、ゆっくり走ったほうがいい場所も、速度を上げ、倒れた荷物のことは適当にごまかして、早々に配達を終えると、営業所に戻ってきた。
まだほとんどのトラックが帰ってきておらず、事務所に入るなり、奈賀良は別の配達のヘルプに言ってほしいと言われたが、今日は用事があるのでと言って、不満そうな上司と事務員の視線を無視して、会社を出た。
(どっかで飯でも食って帰るか。酒はいいけど、たまにはコンビニ弁当以外のものを……)
バスを降りて、駅前の商店街に向かって歩いていくと、反対側から男が歩いてくるのが見えた。人は他にもいる。だがその男は、どういうわけか、奈賀良を目指してきているように見えた。
(知り合いか? 会社の人間……いや、まだほとんどのヤツは戻ってきてないはずだし、気の所為か)
ふと、目についた飲食店の前で止まって、外に出ているメニューを見ながら、チラリと男のほうを見た。
「……!」
男は、奈賀良の立っている場所に合わせて、こちらに向かってくる。視線は間違いなくこちらを向いていて、徐々に近づいてくる。
(なんだよ、気持ちわりぃな……
あれ? アイツ……)
男が誰か確認した途端、足が震えだした。
向かってきている男は、昼間ぶつかりそうになったビジネスマン風の男。
まさか追ってきたのか?
でもどうやって?
なんのために?
心臓が早くなる。
答えは分からない。
(なんなんだよ……!)
奈賀良は、メニューを見ていた店に入って、店内を見回した。もし満席だった場合、店から出た瞬間にあの男と接触することになるかもしれない……そう思うと、心臓が痛くなった。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
店員に聞かれ、何度も頷くと、こちらへどうぞと、カウンター席を案内された。
(なんなんだアイツ、なんで付きまとってくるんだ……)
吹き出てくる汗を、何度もおしぼりで拭き取り、メニューを開いた。なんの店なのか、あまり分からないまま入ってきたが、どうやら和食の店らしいことが分かると、唐揚げや刺し身の盛り合わせを頼んで、飲むつもりのなかったビールを注文した。
食べていても落ち着かず、二杯目のビール、ハイボールと続け、やがて酔いが回りだすと、ビジネスマン風の男のことは忘れて、締めのミニラーメンをスープまで平らげて、外に出た。
(ふぅ、食った食った。さて、帰るかな)
店の前で伸びをして、駅に向かおうと体の向きを変えたとき、奈賀良は凍りついた。
10メートルほど先に、あの男が立っていて、氷のような視線をこちらに向けている。こちらに向かって歩いてきてはいないが、視線は間違いなく、奈賀良に向いている。
(勘弁してくれよ、なんだってこんな……)
駅へ行くには、男が立っている方へ歩くしかない。だがこの異常さ、もし接触すればロクなことにならない……しかたなく、奈賀良は男に背中を向けて、商店街の裏側の、少し暗い道を通って帰ることにして、足を早めた。
(ついてくるなよ……もう、これ以上……)
「ねえ、ちょっとあなた」
「ひっ……!」
突然声をかけられ、奈賀良は肩をビクリと上げた。
恐る恐る、声がしたほうを見ると、道の端に若い女が座っているのが目に入った。折りたたみ式のテーブルの上には、五芒星が描かれた布が敷かれていて、両サイドには、ロウソクが一本ずつ立って、ゆらゆらと炎が揺れている。
女は、黒いローブを着ており、フードは被っていないが、長い黒髪で、顔の半分は隠れている。なぜか目が青く、時折ロウソクの炎が瞳に反射している。
「あんたか? 今俺を呼んだの……」
「ええ。私は占いをしてまして」
「占い? くだらねぇ。俺は占いなんて興味もねぇし、信じてもいねぇ」
「あなた、良くないものが憑いてますね」
「なんだって?」
「このままだとあなた、ソレに取り殺されてしまうわ」
「おい、冗談でもそんなこと言うな!」
「心当たりはない?」
「なんだよ、そんなもん、ねぇよ……」
「本当に?」
「……」
「あるんですね?」
「……変な男に付きまとわれている」
「その男に見覚えは?」
「ある。けど、付きまとわれるようなことはしてねぇ……」
「本当に?」
「ほんとだよ!! なんで疑うんだ!」
「他に何か、良くないことはありませんでしたか? ここ2、3日のことで」
「……変な夢は見た。妙にリアルで、気味の悪い夢だった」
「その夢で見たものに見覚えは?」
「知らねぇよ! 俺は何もしてねぇ……!」
「そのわりには、随分と怯えてますね。口では否定しても、本当は心当たりがあるのでは?」
「しつこいぞ! なんなんだよおまえ、いきなり声をかけきて分けのわからねぇことばかり……あの男が何なのか知ってるのかと思って話に乗ってやったのに……」
「本当に、何も分かっていないんだな、君は」
「……!!」
背後から声がして、振り向くと、1メートルほど前に、あのビジネスマン風の男がいた。
「お、おまえ……」
「おまえではない。私は清滝司という者だよ、奈賀良くん」
「なんで俺の名前……調べたのか? 昼間のこと根に持ってるのか? 謝っただろ! それに怪我だってしてねぇだろ!!」
「それは当然だ。私が、君の車を止めたんだから」
「は? 止めた……? 何言ってんだ、そんなことできるわけねぇだろ!」
「あそこに通りがかったのが私でなければ、君は今日、人身事故を起こしていたんだよ。スマホに夢中で信号を無視したという理由でね」
「じゃあ何か? おまえが車を止めたから助かったっていうのか? 絶対ありえねぇ……」
「君は以前にも、同じようにスマホを見ながら運転していて、事故を起こしている」
「言いがかりつけてんじゃねぇよ! 俺は事故なんて起こしてねぇ!!」
「気づいていないだけだ。自分が原因になって起きた事故のことを」
「知らねぇって言ってんだろ……!」
「二週間前の夕方、時刻は17:57。君は荻萩町二丁目の交差点を通った。いつものように、スマホゲームをしながら。
信号がかわっているのに、君はそのまま直進。君の車を避けようとハンドルを切ったトラックは、歩道に突っ込んで横転。そのトラックに轢かれて、小学4年生の少女が亡くなり、運転手も死亡した。君のながら運転が、事故を起こしたんだよ」
「そんなの知ったことか! ハンドル操作をミスったそいつの責任だろ……! 俺は……俺は悪くない! 俺は……」
「だから私は、君に気づけるチャンスを与えた。
一度目は夢。
二度目は、同僚が”ちゃんと見てなくて”、バックで君のトラックにぶつかりそうになったこと。
三度目は、私への事故未遂だ。
だが君は、自分を省みることもなく、ながら運転を止める気もない」
「その3つ、全部おまえが仕組んだってのか? そんなことできるわけが……」
「これが最後のチャンスだった。私が姿を現したところから、占いを聞くまでの流れがね。だが君は、やはり自分の行動を変えるつもりはないようだ」
「待てよ……! 警察に言うつもりか? 悪かった、謝るから……」
「Time's up」
「え……?」
突然、奈賀良が見ている景色が変わり始めた。
先程まで見えていた商店街の裏通りではなく、真っ暗な空間。だが見覚えがある。
「おい、待ってくれよ……! これ……ここは……」
「そこは、君の罪が作り出した世界。外部から干渉はできない。ゆっくり向き合うといい。君が作り出した事故の結末とね」
「そんな……待ってくれよ……!!」
あのときの夢と同じように、首が横に垂れ下がった少女が、血を流しながら、奈賀良を目指して歩いてくる。
「来るな……来るな……!! そうだ、これも夢か……酒を飲んで帰って、そのまま……」
だが、夢は覚めることなく、少女はどんどん奈賀良に近づいてくる。
「やめろ……! 嫌だ……やめてくれーーーーー!!」
約二時間後、よだれを垂らして笑いながら、フラフラと道を歩いている奈賀良が、警察に保護された。話しかけてもまともな反応がなく、そのまま病院に搬送された後、精神病院に移された。
「清滝さん、もう一杯どう?」
奈賀良が警察に保護された翌日。清滝は一人、黒鳥に来ていた。
「いただくよ。ママも一緒にどう?」
「ありがとう。いただくわ」
軽くグラスを合わせる。
「過ちを認めることは、それが犯罪じゃなかったとしても難しい。やはり劇薬は必須なのか、それとも他に……」
「ん? どうしたの?」
「なんでもないよ、独り言」
清滝が人懐っこい笑みを浮かべたとき、黒鳥のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
真裕美が言うと、二人の男が入ってきた。
身なりの良さがひと目で分かる、30代ぐらいの男で、カウンターに座ると、真裕美を見た。
「少し、お店のことでお話させていただきたい」
「え?」
真裕美は、何を言っているのか分からないといったふうに、2、3度瞬きした。
「この店の、今後についてです」
男の一人が言って、もう一人の男が懐から一通の封筒を出した。
清滝はそれを、黙ったまま見ていた。
男たちの表情、仕草、すべてを。
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