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第2話 噂と現実 【口裂け女の殺人/伏見警部補の都市伝説シリーズ】小説

■第2話の見どころ

・伏見警部補登場
・伏見のライバル?
・口裂け女の悩み

第1話を読んでみる(1話はフルで読めます)

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山城警察署の捜査一課は、古き良きといえば聞こえがいいが、実際はタバコの臭いがしないだけの、古い刑事ドラマに出てくるようなオフィスで、灰色のデスクはアンティークの域に入るのではないかと思えるほど古い。

建物全体が老朽化しているため、建て直しの話が進んでいるが、例によって進みは遅く、工事の着工時期は三回延びている。

そんな捜査一課には、異質の空気を放つデスクが一つある。
山城警察署捜査一課の警部補、伏見靖(ふしみ やすし)のデスクで、分厚い犯罪心理学の本など、捜査関係のものが並ぶ一方で、それらの本の間には、都市伝説、妖怪、怪奇現象といった、物好きな本が並び、初見の刑事は首を傾げるか、眉をひそめる。

「口裂け女の仕業、か。殺人事件なのに、ちょっとしたお祭り騒ぎだな」

スマホでSNSを確認しながら、伏見は呟いた。

「現場にハサミが残ってたのと、犯人らしい人物を目撃した人がいて、若い女が被害者と揉み合いになってた、ということらしいので、野次馬がネットに広げたんでしょうね」

顔を上げると、谷山修一(たにやま しゅういち)が立っていた。
谷山は伏見の部下で、柔らかな物腰は、凶悪事件を扱う捜査一課の刑事には見えないが、変わり者の伏見と距離を置く刑事が多い中、臆することなく伏見にものを言える数少ない人間でもある。

「ハサミが落ちてたって話は、俺も聞いた。それが凶器で間違いないのか?」

「ええ。雨でだいぶ流されてたみたいですけど、被害者の血がついてたそうです。指紋でも出れば、あっさり犯人は見つかるかもしれませんね」

「犯人が人間だったらな」

「まさかとは思いますけど、犯人は口裂け女だって思ってます?」

「今ある情報だけじゃなんとも言えないな。
これ、誰が捜査してるんだ?」

「真鍋警部が担当になったはずですね」

谷山が言うと、伏見は渋柿を食べたように顔をしかめた。

「ってことは、実際に捜査するのは……」

「今回はおまえの出番はないぞ、伏見」

谷山を押しのけるように、デスクの前に立った男を見て、伏見はため息をついた。

「やっぱりおまえか、常磐」

常磐朝斗(つねいわ あさと)。
伏見の同期で、以前は捜査三課に所属していたが、希望を受け入れられ、捜査一課に移ってきて一年と少し。短髪の黒髪に吊り目はいいとして、伏見と話すとき以外は薄ら笑いを浮かべていることが多く、先輩後輩といった上下関係にうるさく、新しい人員が入ってくると、必ず拝命した年を確認するという、奇妙な癖をもっている。後輩と分かると言動が横暴になるため、伏見とは違った理由で敬遠されているが、警官としての経験は豊富ではある。

「ネットじゃ妙な噂が立ってるらしいが、俺はおまえのように、くだらん噂には惑わされん。凶器も見つかってるし、すぐに犯人を捕まえて実績にする」

「なるほど、刑事の鏡だな、常磐」

「偉そうな態度を取っていられるのも今のうちだぞ。この事件を警部補への踏み台して、俺はおまえより先に警部になる。そうなったら、おまえを顎で使ってやる」

「楽しみにしてるよ」

「ふんっ」

常磐は終始伏見を見下ろしたまま、鼻を鳴らしてオフィスを出ていった。

「同期っていっても、伏見さんは警部補なのに、酷い態度ですね、相変わらず」

谷山が言った。

「最初に会った頃は、あんなヤツじゃなかったんだけどな」

「飲みに行ったことあるって言ってましたね」

「警察学校の頃だな。卒業して交番に配属される前には、少しよそよそしくなってたな、そういえば」

「何かしたんですか?」

「何かって?」

「う~ん……常磐さんってプライド高そうなんで、プライドを傷つけるようなことをしたとか、言ったとか」

「いや、覚えがない。そこまで親しかったわけでもない」

「でもなんか、異常なほど執着してますよね、伏見さんに」

「ストーカーの一種じゃないかと思えてくるよ」

「執着という意味では、確かに……でも少し意外です」

「常磐のことか?」

「あ、すみません、そっちじゃなく、今回の事件の担当が伏見さんにならなかったことです」

「なんで俺になると思ったんだ?」

「だって、変な噂がある事件じゃないですか」

「俺が変な事件しか見てないみたいな言い方だな……」

「そういうわけじゃないですけど」

「あの猟奇殺人のほうが、まだ片付いてないからな。新しい被害者が出てないのはいいが、新しい情報もない」

伏見がため息をつくと同時に、古参の刑事である森村がオフィスに入ってきた。森村は今年50歳、捜査一課に23年在籍しているベテランで、現場にこだわり、階級的には一般の刑事だが、周囲からの信頼は厚い。

「あれ、常磐は?」

森村はオフィスを見回した。

「さっき出てきましたけど、常磐に用ですか?」

伏見が聞くと、森村は、

「伏見さんがいるなら、そのほうがいいか」

と言った。

「どういう意味です?」

「常磐が捜査してる事件の目撃者が、受付に来てるんですよ。常磐を呼び戻すのも面倒なので、話を聞いてもらえませんか?」

森村に言われ、伏見は谷山と顔を見合わせた。

「常磐がうるさそうですけど、アイツ以外の人間も聞いておいたほうがいいのは確かですね。特に今回は」

「じゃあ、お願いします。
応接室に案内しておきますよ」

「ありがとうございます、森村さん」

-2-

山城警察署の受付で、背もたれのない長椅子に腰掛けていた奈津美は、先程話した刑事の声で顔を上げた。

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