見出し画像

『発狂した宇宙』(フレドリック・ブラウン)の感想。

ネタバレがあります。

以前、安原和見が訳したフレドリック・ブラウンSF短編全集を読んで、めちゃめちゃ面白かったので、長編の方も読んでみた。こっちも面白かった。

安原和見
銀河ヒッチハイクガイドの翻訳者。ヒッチハイクガイド以外にも、ダグラスアダムスの日本語訳は(遠い昔に訳されたのを除けば)全部この人が担当している。
安原和見が好きだから補足をつけただけで、発狂した宇宙の翻訳者は彼ではなく、また別の人。

原題は"What Mad Universe"
内容からすると、『発狂した宇宙』って訳は間違ってるんだけど、それでも発狂なんて単語にはワクワクさせられるし、これはこれであり。というか凄くいいタイトルだと思う。

内容はシンプルで、ひょんなことからスペースオペラ的なパラレルワールドに飛ばされた主人公が、何とか元の宇宙への帰還を目指すっていう話。
逃げて捕まって、また逃げて、裏社会の住人になって。テンポ良くわちゃわちゃ進んでいくのがとても面白かった。

主人公の行動が悉く裏目に出て、帰還までの理想的なルートからどんどん脱線していく様が良い。
中盤、メッキーっていう超人的な人工知能が出てきて、迷い子状態の主人公に、「しばらくは大人しくしているように」ってアドバイスしてくれるんだけど、既に事態はメッキーの想定する範囲を超えて悪くなっていて、結局主人公は自分の力で何とかするしかなくなる。

主人公のわちゃわちゃの道中は、異文化圏の旅行あるあるとしても楽しめた。

・この辺りの夜は危ないから、出歩かない方が良さそうだよなとか。
・レストランでメニューを渡されて、聞いたことない名前の、どんなのか想像もできない料理ばかりが並ぶ中で、馴染みのある料理を見つけて安心するとか。

このパラレルワールドが、結局のところどういう世界だったのかっていう種明かしも面白かった。
ここからがネタバレになる。

主人公が飛ばされたのは、SFオタク君の夢見る世界を、主人公が勝手に「あのSFオタクはきっとこんな世界が好きなんだろうな」と想像した世界だった。
この二重構造にはフレドリックブラウンのシニカルさが表れている気がして面白い。
第一には「どうせお前らこんなんが好きなんだろ?」っていう、本書を読むSFファン達をおちょくる姿勢。
そしてその裏にある「自分の書く話が本当にファンの心を捉えているかなんて分かりっこないよな」という、作者と読者の間のギャップに対しての冷静な視線。

あと、このSF的宇宙は、主人公の想像によって創造されたわけではなく、無数に存在する平行宇宙の中から、主人公の想像を元にこの世界が検索された、ということになっている。
なぜかは分からないけど個人的に、無限の可能性の中からの検索っていうモチーフが好きなので、それが出てくるだけで嬉しくなってしまう。昔にそんな内容の自主映画を撮ったりもした。

登場人物のなかで1番好きなのは、裏社会の住人のジョウ。
かつては誇りを持って宇宙船のパイロットを努めていたけど、今では裏社会のチンピラ。ドラッグジュースを使って、宇宙飛行する夢を見るだけの日々。
この哀愁が堪らない。あとめっちゃ良い奴。

作中でイケメンの代名詞としてエロールフリンの名前が出てくる辺りに時代を感じた。
僕にとってのエロールフリンは、白黒映画に出てくる往年のスターだけれど、この当時は生きた人間だったのか、という感慨。

昭和54年に刷られた本。


↓本の感想まとめ

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,831件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?