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理想郷/ロドリゴ・ソロゴイェン監督

スペイン生まれのロドリゴ・ソロゴイェン監督の映画「理想郷」を見る。この映画はある村で実際に起きた「事件」をもとに描かれている。

映画のプロローグとして、この物語の舞台、スペインのガリシア州の伝統行事である「ア・ラパ・ダス・ベスタス(野獣の毛刈り)」を、ソロゴイェン監督は長回しで捉える。村の男たちは、力づくで野生の馬をねじ伏せ地面に抑えつけ、たてがみを刈り焼印を押す。

フランス人夫婦アントワーヌとオルガ(マリナ・フォイス)は、スペインの辺境の地に2年前に移住してきた。わずか10世帯にも満たない小さな村である。有機農法で野菜を育て、古民家を再生してこの地に観光を呼び込む。そしてそれが村の将来に繋がると考えている。

自然豊かな山岳地帯に風力発電を誘致するか否か。それがアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と隣家に住むシャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディエゴ・アニード)兄弟との敵対関係の始まりだ。

アントワーヌは、風力発電の誘致は村に持続的な豊かさをもたらさないと主張する。一方この村で50年間生きてきた隣人兄弟は、自分たちの故郷を引き換えに、自分たちの屈辱的な人生の見返りとして「補償金」を受け取る権利があると主張する。この土地を「故郷」と主張してはばからないよそ者のアントワーヌのことを苦々しく思っている。

兄弟からの嫌がらせはエスカレートし、アントワーヌは次第に身の危険をすら感じるようになる。隠しカメラで兄弟の言動を録画し、ならず者二人の対応を警察に促すのだが、得てして田舎の警察の腰は重く、脅迫じみた嫌がらせを「ご近所トラブル」と計らい、取り合おうとはしない。そして事件が起きる…。

ソロゴイェン監督の映画「理想郷」は、原題では「As bestas」(英題ではThe Beasts)。「獣たち」というくらいの意味だろう。タイトルで言うところの「獣」は、普通に考えれば野卑た二人の兄弟を指し示すだろう。そのくらいシャンとロレンソを演じた俳優二人の演技は迫真していた。

だが、もう一度映画の冒頭をなぞり、事件の成り行きを思い返してみれば、「暴れ馬」は実はアントワーヌの方だと考えられもしよう。土地の伝統に基づき二人がかりで巨漢のアントワーヌをねじ伏せるのがシャンとロレンソ二人の兄弟と考えれば、映画の景色も反転するだろう。

無論ソロゴイェン監督とて、二人の兄弟の蛮行を擁護する気はないだろう。しかし一見して正論の側であるアントワーヌの見識も時に鼻につくこともあり、そして何よりアントワーヌは普通に「男らしい男」、一人ひとりで見れば兄弟を凌駕する体格の持ち主でもあるのだ。この話が男どうしの力と支配の闘いであり、「獣」どうしのそれであるということ。「As bestas」。

だからこそ、ディストピアと化したこの物語の結末に止まることなく、粘り強く、そして力強く「理念」を積み上げてゆく女性オルガに物語の主人公を移譲し、事件の「後始末」を現実世界と接続することでさまざまな角度からそれを問い直す。そしてここから先が「理想郷」の物語なのである。

監督:ロドリゴ・ソロゴイェン  
出演:ドゥニ・メノーシェ | マリナ・フォイス | ルイス・サエラ


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