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ジャズ・ロフト/サラ・フィシュコ監督

2021-11-20鑑賞

サラ・フィシュコ監督の「ジャズ・ロフト」。2015年製作のドキュメンタリー映画だ。原題は「The Jazz Loft According to W. Eugene Smith」。ユージン・スミス(1918〜1978)によるジャズ・ロフト。
https://jazzloft-movie.jp

映画の一番最後に、その古びたロフトの姿が映される。手前は更地で、そのさらに手前にはM字を模ったハンバーガー・チェーンの旗がたなびく。マンハッタン・ミッドタウン6番街。このエリアは生花の問屋街だったらしい。ふと気になってストリートビューを見る。映画の公開から6年。空き地はモダンな高層ビルとなるが、「ジャズ・ロフト」の方は1階のテナントを除けば元の外観を留めている。若いジャズミュージシャン達が夜な夜な渡り歩いた外階段も見える。一本路地に入れば花問屋の面影を残すエリアもあるようだ。

ユージン・スミスは「世界的」写真家だが、1957年から65年にかけてこの廃屋同然の倉庫ビルで暮らした。従軍カメラマンとして沖縄戦で負った怪我の後遺症もあったのだろうが、基本的に写真のことしか頭にないユージンは、一般にいう家庭を築くことができなかった。5階建ての、薄暗く「ひどい匂い」がするロフトには、連日連夜ジャズ・ミュージシャン達が出入りするようになり、彼らは自然とセッションを重ねるようになっていった。

ユージンはこのロフトで新たなテーマと被写体を見つけ、彼らに向けてシャッターを切り続けた。その数4万カット。コンタクトプリントにはその息遣いが見える。ただ彼が(当時30代後半か)他の写真家と違ったのは、ロフトの各所にマイクを据え、ケーブルを張り巡らせては自室のテープレコーダーに繋ぎ、こちらも4千時間分の録音テープとして残したということだ。これらの写真と録音の記録は、彼の死後2009年に書籍としてまとめられ出版されている。

今回2015年製作の映画「ジャズ・ロフト」が、今回日本で公開されたのは、ジョニー・デップがユージン・スミスを演じた映画「MINAMATA―ミナマタ―」との関連だろう。「MINAMATA」にもユージンとアイリーン・スミスが出会った場所として、このロフトが描かれている。それにしても(例によって?)公式サイトには、監督のサラ・フィシュコの情報すら無い。少し調べてみると、彼女はニューヨークのラジオ局WNYCのプロデューサーで、先の書籍の出版に合わせてラジオ番組を製作した関係でこの映画の監督となったようだ。映画の世界では無名ということになろうが、この「ジャズ・ロフト」の映画としてのレベルは高い。

さて、この映画のハイライトは、もちろん後半で取り上げられるセロニアス・モンクに関する部分であろう。タウンホール・コンサートに向け、オーケストラ用の編曲を担当するホール・オーヴァトンとの打ち合わせとリハーサルを撮った/録った「写真と録音」をめぐる考察にあるのは間違いないわけだが、映画の趣旨としては、コアなファンに向けのそれというよりは、むしろこのニューヨーク・マンハッタンで、ひとつの時代を築いた交流の「場」としてのジャズ・ロフトの存在意義とその「存続」に向けた再考にあり、ユージン残した大量の写真と録音をもとに、多くの関係者へのインタビューを緻密に組み合わせてまとめ上げた愛情に溢れた作品だと言えよう。このロフトの保存プロジェクトの実行委員(?)の男性が何度かコメントしていた理由はそのあたりにある。

ユージンは音楽を流しながら一日中暗室にこもって作業をしていたという。2万5000枚のアナログレコードのコレクションを持ち、音楽や音楽家に敬意を抱いていたことはまた、彼の写真を見れば一目瞭然だ。「録音」によって、カメラでは捉えきれない「大事なもの」をその場に見出したことは間違いない。とはいえ、その手段がビデオや映画でなかったのは、やはりユージンがいかなる時も「写真家」であって、おそらくその「録音」は暗室作業(つまり写真家は「撮影」と「焼き付け・プリント」の二つのプロセスの間を行き来する)からまた次の「撮影」に向かうまでの余白と準備作業なの一環であると考えられる。ユージンのコンタクトプリントが何度か映画には出てくるが、今となっては懐かしい「フィルム単位」の思考でもあろう。

なお余談だが、この映画には相当数のユージン・スミス自身の写真が出てくるのだが、それらがみななかなか良い表情で捉えられていたりする。首から何台ものカメラをぶら下げているところだったり(シャッターチャンスを逃さぬよう、レンズの付け替え無しで持ち替えて撮るのだろう)、カメラ片手にロフトの窓から階下の様子を伺う姿などが写っていたりもする。これらがユージンのアーカイブから出てきた写真だとすれば、おそらく身近なアシスタントにより撮られたものだと考えられる。

監督:サラ・フィシュコ  
出演:サム・スティーヴンソン | カーラ・ブレイ | スティーヴ・ライヒ他

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