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ガダマーとジェンドリンの意外な接点

巻田悦郎先生のご著書、『ガダマー入門:語りかける伝統とは何か』をちらと読んだとき、興味を持ったのが、「了解に共通性は必要なのか」の節です。ここでのガダマーによるシュライアーマッハーやディルタイへの批判は、ジェンドリンが思っている以上にジェンドリンの立場と近いと思っています。(なおここで言われている「了解」とは、 “Verstehen / understanding”のことで、他の訳書では「理解」とも訳されています。)

ガダマーが、了解に共通性が必要であると考えていたかどうかは、とても微妙な問題である。もし、共通性を同質性 (Kongenialität) という意味に限定するならば、彼は共通性を了解の前提としては否定したと言わなければならない。ガダマーはシュライアーマッハーやディルタイの解釈学に見られる同質性概念を批判している。 (巻田, 2019, p. 120)

この点に関しては、ジェンドリンはディルタイよりもガダマーに近いというのが私の見解です。

一般的には、ガダマーによる解釈学史観においては、シュライアーマッハーやディルタイはロマン主義的解釈学、ハイデガーやガダマーは哲学的解釈学とされ、ジェンドリンの師匠であるヨハヒム・ヴァッハ (Joachim Wach)は旧時代的なロマン主義的解釈学の方に区分されています。

しかし、こと「同質性」に基づく他者理解への懐疑的立場という意味では、ヴァッハはガダマーに近かったのではないかというのが、私の見解です。

実際に弱者は勇者を理解できないであろうか。激しい情熱を拒み続けた多くの人々が愛する者の幸福を詩歌に詠じなかったであろうか。歴史上の英雄たちは常に彼らに匹敵する人々によって描かれたであろうか。それは我々が再三出会う「同質性 (Kongenialität / congeniality) 」についての周知の理論である。しかし「同質的」とはどういう意味であろうか、そして恐らく「同質的」理解には限界があるのではないか、そしてその限界はどういうものなのであろうか。 (Wach, 1924, p. 153)

そして、教え子のジェンドリンは次のように語っているのは、同質性に基づく他者理解への懐疑的立場を継承したものだと私には思えます。

多くの理論家は、我々は同じ経験をした場合にのみ、他人を理解することができると考えている。そうだとしたらなんと退屈な世界であろうか! (Gendlin, 1997, p. 399)

こと他者理解の根拠という話に関してのみ言えば、「私たちはお互いの中に、以前はどちらもなかったものを創造する」と主張するジェンドリンは、「両者が予め同じ構成要素を持っている」ことを前提とした他者理解を主張するシュライアーマッハーやディルタイからは本人が思っているよりも遠かったのではないかと思っています。

詳細はまだ英語でしか書けていませんが、こちらのnote記事をご覧ください。
Joachim Wach: the forgotten man behind Gendlin’s understanding of Dilthey


補足

具体的には、ガダマーの主著『真理と方法』におけるシュライアーマッハーやディルタイの他者理解論への下記のレビューは、ジェンドリンを研究している私にとっても、非常に参考になりました。

…あらゆる理解の最終根拠は、つねに、同質性に基づく天啓的な [予覚的な] 行為だということである。そうした天啓的な行為が可能であるのは、すべての個人にあらかじめなんらかの結びつきがあるところに依存している。 (ガダマー, 2008, pp. 313–4)

シュライアーマッハーにおいて見たことだが、彼の [ディルタイの] 解釈学のモデルは、《わたし》と《あなた》との関係のなかで到達可能な同質的才能の (kongenial) 理解である。 (ガダマー, 2008, p. 385)

テクスト理解の可能性を、作品の創作者と解釈者とを一体化するという 〈同質性〉 の前提に基づかせるのは、まったく間違っている。もしも実際そうだとすると、精神科学はおかしなものとなってしまう。むしろ、理解の奇跡は、伝承がもっている真に重要なことや根源的に有意義なものを認識するのに、同質性がまったく必要ないというというところにある。むしろ、われわれはテクストの優れた主張に対して心を開き、テクストがわれわれに語りかける意義に理解によって応じることができるのである。 (ガダマー, 2008, p. 486)


参考文献

ハンス=ゲオルク・ガダマー [著]; 轡田収・巻田悦郎 [ほか訳] (2008). 真理と方法:哲学的解釈学の要綱, 2 法政大学出版局.

巻田悦郎 (2015). ガダマー入門 : 語りかける伝統とは何か アルテ.

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