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「環境#0」の祖先としての、デューイの「自然界」

ジェンドリンの『プロセスモデル』において、「環境#0」は、「環境#2」や「環境#3」に比べると言及される頻度が低いです。とはいえ、「環境#0」は、「ほとんど言及されないからといって、構造的に重要でないとは限らない」(Jaaniste, 2021, April) という指摘もあります。ジェンドリンが環境#0を意図的に想定した背景はいろいろ考えられると思います。私見では、環境#0の先取りの一つは、デューイの後期著作『論理学:探究の理論』(Dewey, 1938) に登場する「自然界」の概念に見出すことができます。最後に、二人の哲学者の発想が近いことを認めた上で、その相違点についても述べてみます。


『論理学:探究の理論』執筆前のデューイの思索

デューイの主要著作の一つ『論理学:探求の理論』(Dewey, 1938; デューイ, 1968)が、『プロセスモデル』(Gendlin, 2018; ジェンドリン, 2023) の重要な先駆けとなっていることは既に指摘されています (Schoeller & Dunaetz, 2018)。『論理学:探求の理論』は、有機体 (生命体) と環境との相互作用を論じています。しかし、デューイの同じテーマに関する別の著作『経験と自然』(Dewey, 1929; デューイ, 2021)も、それに先立つ10年ほど前に公刊されています。『経験と自然』については、ジェンドリンがすでに『体験過程と意味の創造』(Gendlin, 1962/1997; ジェンドリン, 1993)でも何度か触れています。したがって、『経験と自然』もまた、ジェンドリンの重要な思想的源泉の一つであったと考えられます。

ジェンドリンの概念である「インタラクション・ファースト」を考えるための参考文献として、『経験と自然』から2つの文章を引用してみましょう。

生命とは、機能、あるいは、包括的な活動のことをさす。また、生命には、有機体と環境とが含まれている。生命は、振り返って分析してみた時点で初めて、外的条件——呼吸される空気、摂取される食物、歩行される地面——と、内的構造——呼吸する肺、消化する胃、歩行する脚——とに分けることができるのだ。(Dewey, 1929, p. 9; 1981, p. 19; cf. デューイ, 2021, p. 14)

この著作でデューイは、振り返って分析される前の原初的な相互作用に着目しているわけです。

また、『経験と自然』では、有機体とその環境を皮膚の内側と外側にあらかじめ分けて考察することに対して批判的な考察がすでになされています。

心に留めておかねばならないことがある。それは、経験的な出来事としての生きるということは、有機体の皮膚の表面の下で進行している何ものかではないということである。生きるということは包括的な出来事であり、有機的な身体の内側にあるものと、時空的に外側にあるものやはるか外側にある高等有機体との、つながりであり相互作用である。(Dewey, 1929, p. 282; 1981, p. 215; cf. デューイ, 2021, p. 286)


『論理学:探究の理論』における「自然界」

デューイは、後期の著作『論理学:探究の理論』において、それまでの著作『経験と自然』では明示的に論じていなかったことを論じるようになります。それは、有機体とまだ相互作用していない事物や世界に関することです。

世界には、有機体の生命活動とは関わりをもたない事物がある。しかし、そうした事物は有機体の環境の一部ではなく、潜在的な状態を保ったままである。(Dewey, 1938, p. 25; 1986, p. 32; cf. デューイ, 1968, p. 415)

もちろん、有機体から独立して存在する自然界もある。しかし、そうした自然界は、直接にでも間接にでも生命機能へと入り込む場合に限って環境である。有機体そのものは、より大きな自然界の一部であり、その環境との積極的なつながりによってのみ存在するのである。(Dewey, 1938, pp. 33-4; 1986, p. 40; cf. デューイ, 1968, p. 423)

つまり、より後期の著作においてデューイは、有機体とまだ相互作用していない事物の(潜在的な)存在を明確に認めているのです。しかし一方で、この著作におけるデューイの定義によれば、「生命機能に入り込んでいないような事物は、『自然界』に属することはあっても、やはり『環境』に属するとは言えない」ということになるのです。

ジェンドリンによる「環境」概念の拡張

ジェンドリンも『プロセスモデル』の第1章で、まだ身体と相互作用していない何かの(潜在的な)存在を認めています。ジェンドリンの場合、デューイの「環境」の定義を拡張して、こうした事物や世界をも含めるのです。

ただし、ジェンドリンは、実際に生命機能に入るものを「環境#2」と呼び、まだ生命機能に入らないものを「環境#0」と呼んで区別します。

環境#0は、第4のタイプである。いつか生命プロセスに影響を与え、環境#2になるかもしれないが、今はそうでない何かである...。これは環境#2としてのリアリティを持たず、環境#3は環境#2の結果なので、生命プロセスにおいて決して機能していたことがない「環境」のための用語が必要になる。(Gendlin, 2018, pp. 7-8; cf. ジェンドリン, 2023, pp. 7-8)

このように、デューイとジェンドリンは、“環境”という用語で指し示す範囲こそ異なるものの、分類としては似たようなものを導入していると言えるのです。

デューイの思索を徹底したジェンドリン

最後に、ジェンドリンがあえてデューイと異なる用語法を用いることで、デューイの相互作用的な思考法をさらに推し進めたことに触れたいと思います。

デューイは、先に引用した箇所以外でも、『論理学:探究の理論』で環境#0に相当するものを論じています。

次のように言うことができよう。構造が分化するたびごとに、有機体の環境は拡がる。新しい器官が新しい相互作用の仕方を提供する。新しい相互作用のもとでは、世界において、以前であれば関わりがなかった事物が生命機能へと入り込んでくるのだ。(Dewey, 1938, p. 25; 1986, p.32; cf. デューイ, 1968, p. 415)

しかし、ジェンドリンであれば、「新しい器官が新しい相互作用の仕方を提供する」という言い方は、おそらくしなかったことでしょう。ジェンドリンであれば、あらかじめ分離した固定的な器官や、そうした器官が属する系統を想定することはなかったことでしょう。

傍観者であれば、例えば消化器系、呼吸器系、生殖器系など、分離したプロセスを完全かつ明確につながりとして定式化することができたことであろう。だが、これらのプロセスは、ずっと分離しているわけでもなければ、顕微鏡レベルでそうしたプロセスのサブプロセスであるわけでもないのである。(Gendlin, 2018, p. 23; cf. ジェンドリン, 2023, p. 38)

ジェンドリンなら、「環境から影響を受ける能力の増大」という形で、次のように同様の主張をしたことでしょう。

私たちは今、最初の問いに答えた。私たちは、環境から影響を受ける能力の増大、あるいは、…身体が環境と絶えず新しい仕方で関わること(環境#0が環境#2になること)を導出したのである。(Gendlin, 2018, p.79; cf. ジェンドリン, 2023, p. 135)

このように、ジェンドリンはデューイとは少し異なる考え方と用語法とを提示することで、デューイの時代にはまだ不完全だった「インタラクション・ファースト」の発想を、より実体的でないかたちで徹底させたのだと言えるでしょう。

参考文献:

Dewey, J. (1929). Experience and nature (2nd ed.). Open Court. ジョン・デューイ [著] ; 栗田修 [訳] (2021). 経験としての自然 晃洋書房.

Dewey, J. (1938). Logic: the theory of inquiry. Henry Holt. ジョン・デューイ [著] ; 魚津郁夫 [訳] (1968). 論理学 : 探究の理論  上山春平 [編] パース ; ジェイムズ ; デューイ (pp. 389-546).

Dewey, J. (1981). Experience and nature (edited by J. A. Boydston) (The later works, 1925-1953 / John Dewey, Vol. 1). Southern Illinois University Press.

Dewey, J. (1986). Logic: the theory of inquiry (edited by J. A. Boydston) (The later works, 1925-1953 / John Dewey, Vol. 12). Southern Illinois University Press.

Gendlin, E. T. (1962/1997). Experiencing and the creation of meaning: A philosophical and psychological approach to the subjective (Paper ed.). Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 筒井健雄 [訳] (1993). 体験過程と意味の創造 ぶっく東京.

Gendlin, E. T. (2018). A process model. Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 村里忠之・末武康弘・得丸智子 [訳] (2023). プロセスモデル : 暗在性の哲学 みすず書房.

Jaaniste, L. (2021, April). Posting to “A Process Model Study Group” (Facebook)

Schoeller, D. & Dunaetz, N. (2018). Thinking emergence as interaffecting: approaching and contextualizing Eugene Gendlin’s Process Model. Continental Philosophy Review, 51, 123–140.

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