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キャリア自律を目指す人事戦略ー高橋俊介氏『キャリア論』再訪

 BBTの番組・高橋俊介氏による「組織人事ライブ#702 」を視聴しました。その内容から考えること、人事企画にどのように活かすかを考えてみたいと思います。

 当内容は、高橋俊介氏が2003年に出版した『キャリア論―個人のキャリア自律のために会社は何をすべきなのか』の内容を、現在の視点から再訪するというものです。本書は、慶應義塾大学SFC研究所のキャリア・リソース・ラボラトリーが主催し、14社もの大手企業に参加していただいた研究会を通じて行われた数多くのキャリアインタビューと、大規模なアンケート調査を元に執筆されたものでした。日本における企業内でのキャリア自律推進という概念を提唱し、その実践的な取り組みのスタートにもなった画期的な一冊といえるでしょう。当時、社会人として人事のキャリアをスタートさせ、ちょうど本書も手に取ったことを覚えています。改めて確認し、時代は変わりましたが、本質は何も変わっていないということを改めて認識したところです。


 まず、ャリアを評価する軸として、外的基準だけでなく内的基準の重要性を説いた点にあります。外的基準とは、年収や役職などの外部から見える指標によってキャリアの成功を測ろうとするものですが、これだけではキャリアの真の充実感は得られません。
 むしろ、自身の価値観と仕事の目的や意味がマッチしているか、内的動機に合った形で能力を存分に発揮できているか、その能力発揮が成果に結びついているか、自身の興味を深く掘り下げて新たな発見があるか、といった内的基準こそが重要だと説いています。以下に、内的基準の4要素を示します。これらの内的基準を満たすキャリアを実現することが、主観的なキャリアの充実感につながるものです。

キャリアの内的基準4要素

自身の価値観と仕事の目的や意味のマッチング
自分の大切にしている価値観と、仕事で実現できる目的や意味合いが合致していること。
・仕事を通じて自分らしさを発揮できていると感じられること。

内的動機にマッチした能力発揮
仕事におけるやりがいや面白さを感じながら、能力を存分に発揮できていること。
・自分の強みを活かし、フロー状態で集中できる場面が多いこと。

成果に結びつく能力発揮、勝負能力の拡大
発揮した能力が、具体的な成果として目に見える形で現れていること。
・時代の変化に合わせて、新しい勝負能力を身につけ、活躍の場を広げていくこと。

自身の興味、興味の深掘りと発見
仕事を通じて、自身の興味関心を深く追求できる機会があること。
・仕事の中で新たな興味の対象を見つけ、学びを深められること。

キャリアセルフリアイアンス

 キャリアセルフリライアンスとは「めまぐるしく変化する環境の中で、自らのキャリア構築と継続的学習に積極的に取り組む、生涯にわたるコミットメント」と定義されます(キャリアアクションセンター)。つまり、変化の激しい時代にあって、個人が組織に依存するのではなく、自らの力でキャリアを切り拓いていく積極的な姿勢を表しています。

 より具体的には、以下の6つの要素がキャリアセルフリライアンスの特徴として挙げられています。

自己理解(Self-aware)
 自分の強み、価値観、興味、スキルを客観的に理解すること。
価値観志向(Values-driven)
 
自分の価値観に基づいて意思決定やキャリア選択を行うこと。
継続的な学習(Dedicated to continuous learning)
 常に新しいスキルを学び、知識をアップデートし続けること。
将来志向(Future-focused)
 長期的なキャリアビジョンを持ち、それに向かって行動すること。
ネットワーク形成(Connected)
 社内外の人的ネットワークを積極的に築いていくこと。
柔軟性(Flexible)
 変化を恐れず、新しい環境に適応していくこと。

 「キャリア論」では、日本の企業社会においても、このようなキャリアセルフリライアンスの考え方が重要になってくると指摘しています。終身雇用と年功序列を前提とした従来型のキャリアモデルから脱却し、個人の主体的なキャリア形成を支援する組織マネジメントのあり方が問われているということです。

キャリア自律行動の3因子

 また、キャリア自律を実現するための具体的な行動特性として、主体的ジョブデザイン行動、ネットワーキング行動、スキル開発行動の3つを挙げ、これらを「キャリア自律行動の3因子」と名付けました。

主体的ジョブデザイン行動
 自分の価値観に基づいて仕事に取り組み、周囲を巻き込みながら自分なりの発想で仕事の進め方を工夫する行動特性を指します。いわゆる、「ジョブ・クラフティング」にあたるものでしょう。

ネットワーキング行動
社内外の人脈構築に積極的に取り組み、自分の問題意識を周囲に発信していく行動特性です。投資、布石行動です。

スキル開発行動
自身のスキルアップのために自己投資を惜しまず、明確な学習プランを持って取り組む姿勢を表しています。

キャリア満足度を構成する6要素

 これらのキャリア自律行動と、キャリア満足度を構成する6要素(仕事の内的満足、仕事の外的満足、主体的キャリア評価、キャリア成功感、社外通用感、将来のキャリア展望)との相関分析も行われました。その結果、主体的ジョブデザイン行動は、キャリア満足度のほぼ全ての要素と高い相関があることが示されました。一方で、スキル開発行動は必ずしもキャリア満足にはつながっておらず、自己投資だけがキャリア自律ではないとのことです。

 キャリア満足度を構成する6要素とは、「キャリア論」の中で提示されている、個人のキャリアに対する主観的な評価基準です。具体的には以下の6つの要素で構成されています。

仕事の内的満足
仕事そのものにやりがいや面白さを感じられること。
・自分の持つ知識・スキルを十分に活用できていると実感できること。
・仕事を通じて、自己成長や自己実現を感じられること。
仕事の外的満足
労働時間や職場環境など、働く条件に満足できること。
・自分の仕事ぶりに見合った適切な報酬が得られていると感じられること。
主体的キャリア評価
自分のキャリアは、他者とは違うユニークなものだと評価できること。
・仕事を通じて、専門性やスキル、人脈など、確かなキャリア資産を蓄積できていると実感できること。
・キャリア形成において、自分の意思や努力が反映されていると感じられること。
キャリア成功感
社会通念上の成功(出世、昇進など)を手にしたと感じられること。
社外通用感
自分のキャリアは、現在の勤務先以外でも通用するものだと感じられること。
将来のキャリア展望
自分の将来のキャリアに対して明るい見通しを持てること。

 「キャリア論」では、キャリア自律の取り組み(キャリア自律行動)と、これらのキャリア満足度の各要素との相関関係も分析されています。その結果、主体的ジョブデザイン行動は、キャリア満足度のほぼ全ての要素と高い相関を持つことが示されました。つまり、個人が自律的にキャリアを形成していく過程で、仕事そのものへの内発的動機づけを高め、客観的にも評価される成果を生み出し、将来への展望を切り拓いていくことが、主観的なキャリア満足にもつながっていく、という示唆が得られたのです。
 人事施策を考える上でも、社員のキャリア満足度を多面的に捉え、その向上を目指した施策を総合的に講じていくことが求められることとなります。

 また、キャリア自律意識の高さが、必ずしも組織外への転職志向にはつながらないことも示されました。むしろ、キャリア自律の3因子とも、組織内でのキャリア形成意識とプラスの相関があったのです。つまり、キャリア自律を推進することは、人材流出のリスクではなく、むしろ社内でのエンゲージメント向上につながる可能性が示唆されたと言えます。

 さらに、企業別のクラスター分析からは、キャリア自律を阻害しているのは職種や業種の特性ではなく、企業風土の影響が大きいことも浮き彫りになりました。トップのコミットメントの明確さ、成果主義の浸透度合い、社内公募制度の有効性など、キャリア自律を支える仕組みと企業文化づくりが問われていると言えるでしょう。

 最後に、高橋氏は企業にとっての最悪のシナリオとして、「組織のピラミッド序列を解体しないまま成果主義を強化し、雇用の保障もおぼつかない時代に、キャリア自律能力を弱めてしまうような旧態依然としたマネジメントを続けること」を挙げ、警鐘を鳴らしています。そうした企業からは優秀な人材が流出し、経営者がさらにキャリア自律にネガティブな見方をするという悪循環に陥る危険性があると指摘しました。

 以上のように、本書で提示された知見は、20年近くの時を経た現在でも色褪せておらず、むしろ一層リアリティを帯びて私たちに迫っていることを確認できました。
 日本企業が、従業員のキャリア自律をいかに支援し、時代の変化に適応した組織・人材マネジメントを構築していけるのか。あらためてその方策を考える上で、本書は多くの示唆を与えてくれる良書だと言えるでしょう。日本の人事管理の現場に、今一度「キャリア論」の視点を根付かせていく実践的取り組みが求められていると感じます。

人事の視点から考えること

 人事の視点から見ると、「キャリア論」で提示された知見は、これからの時代の人材マネジメントを考える上でも、示唆に富むものであることを改めて感じさせてくれるものでした。特に以下5つを再認識したいと思います。

1.社員一人ひとりのキャリア自律を支援すること
 単に会社が用意したキャリアパスを進ませるのではなく、社員自身が内的基準に基づいてキャリアを選択し、主体的に能力開発に取り組む環境を整備する必要があります。そのためには、社員との定期的なキャリア面談の実施、社内公募制度やFA制度の充実、戦略的な配置転換など、キャリア自律を後押しする施策を積極的に講じていくことが求められるでしょう。

2.ャリア自律を阻害する要因として、企業風土の問題が大きいこと
 年功序列の意識が色濃く残り、上司の評価に依存するマネジメントスタイルでは、社員のキャリア自律は育ちにくいと言えます。人事部門としては、成果主義の浸透、評価制度の改善、管理職の意識改革など、組織文化の変革に向けた取り組みをリードしていく必要があるでしょう。

3.キャリア自律支援の結果
 単に社員満足度を高めるだけでなく、人材リテンションや組織パフォーマンスの向上につながる施策としても位置づけるべきです。会社としての期待役割を明確にしつつ、社員の内発的動機づけを引き出す関わり方が問われます。人事評価や報酬制度のあり方も、社員のキャリア自律行動を後押しするものに見直していく必要があるでしょう。

4.キャリア自律の主役はあくまで社員一人ひとりであること
 
人事の役割はそれを「支援する」ことに徹するべきだという点も重要です。アセスメントやキャリアワークショップの提供など、社員の気づきを促す機会を用意することは有効ですが、そこで立ち止まってはいけません。社員が主体的に行動できる環境づくりにこそ注力し、自立的なキャリア形成を組織として後押ししていくことが肝要だと考えます。

5.トップマネジメントの強いコミットメントが重要であること
 これがないと、キャリア自律の風土を根付かせることはできません。人事部門としては、経営層を巻き込んだ人材マネジメント改革を粘り強く訴求していく必要があります。
 社員のエンゲージメントを高め、イノベーションを生み出す活力ある組織をつくるためには、キャリア自律の視点を企業文化の中核に据えることが不可欠であると改めて認識したところです。

キャリア自律や内的満足のコンセプトに触発された職場風景で、多様なプロフェッショナルが、クリエイティブなジョブデザイン、ネットワーキング、スキル開発に励んでいる様子が描かれています。皆がプロジェクトに取り組んだり、リソースにアクセスしたりしながら、成長や探求の象徴的な抽象的要素が組み込まれた、前向きな企業文化が反映されています。



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