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日本人が苦手な伝えるコミュニケーションの克服法ー川上真史氏より

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #11 伝えるコミュニケーション」というテーマでした。今回は、日本人が苦手とする「伝えるコミュニケーション」について、その原因を深く掘り下げ、具体的な改善策を紹介しました。このテーマは、ビジネスシーンだけでなく、日常生活における人間関係にも深く関わる重要なものです。

日本人が伝えるのが苦手な理由

教育の影響
 日本では「よく聞きなさい」という教育が重視され、「自分の意見を伝えなさい」という教育は後回しにされがちです。例えば、学校の授業では、教師の説明を静かに聞くことが求められ、自分の意見や疑問を積極的に発言する機会は限られています。ディベートやプレゼンテーションなどの授業は欧米に比べて少なく、自分の考えを論理的に構築し、相手に分かりやすく伝える練習をする機会が少ないと言えます。このような教育環境で育つと、自分の考えや感情を積極的に表現することに慣れていない人が多くなるのは当然と言えるでしょう。

同質性の高い組織文化
 日本企業は、社員の価値観や考え方が比較的均質である傾向があります。新卒一括採用や年功序列制度など、社員の同質性を高める人事制度もその一因と言えるでしょう。このような組織では、あうんの呼吸でコミュニケーションが成り立ちやすく、「言わなくても分かるだろう」という暗黙の了解が前提となることがあります。

 しかし、この暗黙の了解は、コミュニケーション不足や誤解を生みやすい土壌でもあります。例えば、上司が部下に仕事を依頼する際、「これやっといて」という一言で済ませてしまうと、部下は具体的な指示内容や納期を把握できず、結果的に期待通りの成果が出せないという事態に陥る可能性があります。また、問題が発生した際に、お互いに遠慮して本音を言えないため、問題解決が遅れることもあります。

多様性の高い組織で求められる伝える責任

グローバル化と多様性の高まり
 現代社会は、グローバル化や価値観の多様化が進んでいます。職場においても、様々な国籍、文化、年齢、性別、価値観を持つ人々が共に働くことが当たり前になっています。例えば、海外企業との取引が増えれば、文化や言語の違いを乗り越えてコミュニケーションする必要がありますし、LGBTQ+の社員が増えれば、性的指向や性自認に関する配慮が必要になります。また、リモートワークの普及により、対面でのコミュニケーションが減り、テキストベースのコミュニケーションが増えたことで、より一層、誤解が生じやすくなっています。このような多様性の高い環境では、自分の当たり前が相手の当たり前とは限らないという認識を持つことが重要です。

聞き手責任から伝え手責任へ
 多様性が高い組織では、聞き手責任だけではコミュニケーションは成り立ちません。なぜなら、聞き手は、伝え手の文化や背景、価値観などを理解していない可能性があるからです。例えば、日本人同士であれば、「察する」という文化がありますが、外国人にとっては、「察する」ことは難しいかもしれません。相手に誤解なく正確に情報を伝えるためには、伝え手自身が責任を持って、分かりやすく丁寧に説明する必要があります。

アメリカ式コミュニケーションの例
 アメリカでは、聞き手が積極的に質問したり、確認したりする文化があります。例えば、会議中に分からないことがあれば、「Could you explain that in more detail? (もう少し詳しく説明してもらえますか?)」と質問したり、「So, what you're saying is... (つまり、あなたの言いたいことは…)」と確認したりすることで、誤解を防ぎます。また、プレゼンテーション後には、Q&Aセッションを設けて、聴衆からの質問に答えることで、理解度を深めます。このような積極的なコミュニケーションは、相手に正確に情報を伝えるための重要な手段と言えるでしょう。

伝えるコミュニケーションの基本

伝えたいことと伝わっていることは違う
 自分の意図が相手にそのまま伝わるとは限りません。例えば、「ありがとう」という言葉一つとっても、感謝の気持ちを込めて言っているのか、社交辞令として言っているのかによって、相手に伝わる印象は異なります。
 また、プレゼンテーションで、自分が伝えたいと思っている内容と、聴衆が実際に受け取っている内容にはズレが生じることがあります。このズレを認識し、相手の反応を見ながら伝え方を変えることが重要です。相手の表情や頷き、質問などを観察し、理解度を確認しながら話を進めることで、より効果的なコミュニケーションができます。

余分なものを伝えない
 メラビアンの法則では、コミュニケーションにおいて、言葉よりも非言語的な要素(表情、声のトーン、身振り手振りなど)の方が影響力を持つとされています。例えば、営業マンが「この商品は絶対に売れます!」と自信満々に話していても、声が震えていたり、視線が泳いでいたりすると、顧客は「本当に売れるのかな?」と不安を感じてしまいます。伝えたいメッセージと非言語的な要素を一致させることが重要です。笑顔やアイコンタクト、身振り手振りを効果的に活用することで、相手に好印象を与え、信頼関係を築くことができます。

原稿を読まずに伝えることも
 原稿を読むと、棒読みになりがちで、感情が伝わりにくくなります。例えば、結婚式のスピーチで原稿を読み上げるよりも、自分の言葉で新郎新婦への祝福の気持ちを伝える方が、より感動的なスピーチになるでしょう。自分の言葉で話すと、熱意や誠意が伝わりやすくなり、聞き手の心に響くコミュニケーションになります。ただし、重要な会議やプレゼンテーションなど、正確な情報を伝える必要がある場合は、原稿を用意しておくことも有効です。

主語は「私」
 自分の意見を伝える際は、「私はこう思います」のように、主語を「私」にすることで、個人的な見解であることを明確にできます。一方的に自分の意見を押し付けるのではなく、「私はこう思うのですが、あなたはどう思いますか?」のように、相手の意見も尊重する姿勢が大切です。

論理的に帰結
 相手に何かを依頼したり、提案したりする際は、論理的な根拠を説明することで、相手に納得感を与えやすくなります。例えば、「この資料の締め切りを明日に変更できませんか? なぜなら、明日の会議でこの資料が必要になるからです」のように、理由を明確に伝えることで、相手も納得しやすくなります。また、相手に何かを説明する際も、論理的な流れで説明することで、理解度を高めることができます。例えば、結論から先に述べ、その後に根拠を説明する「PREP法」などを活用すると、相手に分かりやすく説明できます。

DESC法

 DESC法は、相手に自分の意見や要望を伝える際に、相手を責めたり、攻撃したりせずに、建設的なコミュニケーションを促す効果的な方法です。

  • Describe
     感情的にならず、客観的な事実を述べる。例えば、「昨日の会議で、あなたは私の提案を途中で遮りました」のように、具体的に何が起こったのかを説明します。この際、「あなたはいつも私の話を聞かない」など、人格を否定するような表現は避けましょう。

  • Express
     事実に対する自分の考えや感情を伝える。例えば、「私は、自分の提案を最後まで聞いてもらえなかったことに対して、悲しく、残念に思いました」のように、自分の気持ちを率直に伝えます。ただし、「あなたはひどい人だ」など、相手を責めるような表現は避けましょう。

  • Suggest
     具体的な提案や要望を伝える。例えば、「今後は、私の提案を最後まで聞いてから、意見を言ってほしいです」のように、相手に求める行動を具体的に伝えます。この際、「あなたはこうすべきだ」など、命令口調で伝えることは避けましょう。

  • Consequence
     
    提案を受け入れた場合、または受け入れない場合の結果を伝える。例えば、「もし、あなたが私の提案を最後まで聞いてくれれば、より良い議論ができると思います。
     しかし、もし聞いてくれない場合は、私はチームでの議論に参加する意欲を失ってしまうかもしれません」のように、提案を受け入れることによるメリットや、受け入れないことによるデメリットを伝えます。この際、脅迫めいた表現は避けましょう。

 DESC法は、職場だけでなく、家庭や友人関係など、様々な場面で活用できます。相手に自分の気持ちを伝えたいけれど、どのように伝えたら良いか分からないという方は、ぜひDESC法を試してみてください。

人事の視点から考えること

 人事の視点から「伝えるコミュニケーション」を考えると、組織の活性化や人材育成において非常に重要な要素となります。組織内でのコミュニケーションの質は、社員のエンゲージメント、生産性、そして最終的には企業の業績にも大きな影響を与えるため、人事担当者にとって見逃せないテーマです。いくつか例を挙げながら考察してみます。

採用活動における影響

 採用活動においては、候補者が単にスキルや経験を持っているだけでなく、自らの考えや経験を明確に伝えられるかを見極める必要があります。面接でDESC法などを活用し、候補者のコミュニケーション能力を評価することで、自社に合う人材を採用できる可能性が高まります。
 例えば、チームワークを重視する企業であれば、候補者が過去のプロジェクトでどのようにチームメンバーと協力し、課題を解決したかを具体的に説明できるかを確認することが重要です。また、グローバル企業であれば、異なる文化背景を持つ人々とのコミュニケーション経験や、多様な価値観を理解しようとする姿勢を持っているかを見極める必要があります。

社員教育における活用

 社員教育においては、当内容を参考に、伝えるコミュニケーションに関する研修を体系的に実施することが有効です。新入社員や若手社員に対しては、DESC法やPREP法などの具体的なスキルを身につけさせることで、職場でのコミュニケーションを円滑に進めることができるようになります。例えば、ロールプレイング形式で、上司への報告・連絡・相談や、同僚との意見交換、顧客へのプレゼンテーションなど、具体的な場面を想定した練習を行うことで、実践的なスキルを習得できます。

 また、管理職に対しては、部下の多様性を理解し、それぞれのコミュニケーションスタイルに合わせた指導方法を学ぶことで、より効果的なマネジメントができるようになります。例えば、内向的な性格の部下には、1対1の面談でじっくりと話を聞く機会を設けたり、外交的な性格の部下には、チームでの議論を促したりするなど、個々の特性に合わせたコミュニケーション方法を工夫することが重要です。

組織文化への貢献

 組織文化の醸成においても、伝えるコミュニケーションは重要な役割を果たします。社員同士が積極的にコミュニケーションを取り、互いの意見を尊重し合う文化を醸成することで、組織全体の活性化につながります。そのためには、社内報やイントラネットなどを活用して、今回の講義内容を共有したり、コミュニケーションに関するワークショップを開催したりするなど、様々な取り組みが考えられます。例えば、社員同士が互いの良い点を褒め合うことで、ポジティブなコミュニケーションを促進することができます。

人事評価への反映

 人事評価においても、伝えるコミュニケーション能力を明確な評価項目に組み込むことが重要です。目標設定面談やフィードバック面談などを通じて、社員のコミュニケーション能力を多角的に評価し、具体的な改善点をフィードバックすることで、社員の成長を促すことができます。例えば、「相手に分かりやすく説明する」「相手の意見を尊重する」「建設的なフィードバックをする」など、具体的な行動目標を設定し、その達成度を評価することで、社員のコミュニケーション能力向上を支援できます。

まとめ

 人事の視点から考えると、今回の講義で扱われた「伝えるコミュニケーション」は、採用、教育、組織文化、評価など、人事のあらゆる側面に関わる重要なテーマです。企業は、これらの内容を参考に、社員のコミュニケーション能力向上に戦略的に取り組むことで、組織全体の活性化、人材育成、そして企業の成長へとつなげることができます。


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