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【書籍】人的資本開示の課題と展望:企業戦略を伝える重要性ー日経ビジネス記事より

 日経ビジネス2024/7/25の記事に『人的資本開示、2つの盲点 「経営者の意思」を伝えて「対話」せよ』が掲載されていました。この記事では、企業による人的資本開示の現状とその課題、そして改善に向けたアプローチについて詳しく解説していました。内容について考察、人事戦略上の考えられることを考えてみたと思います。

1.現状の課題

  人的資本の情報開示が義務化されているとはいえ、実際には多くの企業でその内容が不十分であり、形式的な対応にとどまっているのが現状です。人的資本の情報開示において、ただ規定に従ってデータを提供するだけでは、「開示のための開示」となり、ステークホルダーに対する具体的な価値の提示には至っていません。これにより、企業が本当にどのように人的資本に投資し、どのような成果を期待しているのかが伝わらないことが多いのです。

2.重要なポイント

意思の伝達
 
企業が人的資本に関する情報を開示する際には、単に形式的な要件を満たすだけでなく、その開示に込めた企業の「意思」をしっかりと伝えることが重要です。

 例えば、女性管理職比率の公開は多くの企業で行われていますが、それが単なる数値の提示にとどまっているケースが多いです。企業としては、「なぜ女性管理職比率の向上を目指すのか」という背景や、その意図を明確に示すことが必要です。社会的な期待や政府の目標に応じた対応ではなく、企業自身のビジョンや戦略としてどう位置付けているのかを説明することが、ステークホルダーからの信頼を得るためには欠かせません。
 具体的には、「将来的にどのような成果を上げたいと考えているのか」「そのためにどのような施策を講じているのか」「その施策の効果を測るための指標は何か」といった情報を、ストーリーとして伝えることが求められます。

対話の重要性
 人的資本の情報開示を効果的に活用するためには、開示後の対話が極めて重要です。多くの企業では、開示を行うと同時に、投資家との対話の機会が設けられていないのが現実です。

 しかし、投資家は企業の将来の成長可能性を把握するために、ただの数値データを見るだけでは不十分です。投資家との対話を通じて、企業の戦略やビジョン、人的資本に対する具体的な投資計画などを直接聞くことによって、より深く理解し、期待を高めることができます。

 開示を単なる情報提供にとどめず、それを基にして企業の成長や改善に向けた意見交換を行うことが、信頼関係の構築と企業価値の向上に寄与するのです。

3.背景と歴史

 人的資本経営という考え方は決して新しいものではありません。18世紀のアダム・スミスが著書『国富論』で「人が大切である」という思想を述べたのが人的資本の起源とされています。20世紀に入ってからも、経済学者セオドア・シュルツ氏が人的要素が経済発展において重要であると説き、ゲーリー・ベッカー氏は教育への投資が高いリターンをもたらすことを示しました。人的資本という概念は長い歴史を持ち、経済の発展において中心的な役割を果たしてきたのです。

4.現在の動向

 最近では、ESG(環境・社会・ガバナンス)評価の高まりや、政府の政策変更などにより、日本企業における非財務資本への関心が急速に高まっています。特に、2020年9月に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」や、2021年6月の東京証券取引所によるコーポレートガバナンス・コードの改訂が、人的資本経営の重要性を浮き彫りにしました。これにより、企業は人的資本に関する情報開示が義務化され、企業の未来に対する投資の正当性や信頼性を示す必要が高まっています。

5.企業の対応と未来

 企業は人的資本に関するデータを定量的に収集し、可視化するためのツールやサービスを活用しています。これにより、人的資本への投資の効果やその将来性を明確にすることが可能となり、企業の戦略に基づいた情報開示が実現しつつあります。

 しかし、単にデータを提示するだけではなく、そのデータが示す未来のビジョンや戦略的な意図をしっかりと伝えることが、企業に求められる姿勢です。人的資本に対する投資がどのように企業の成長や競争力向上につながるのかを具体的に示し、ステークホルダーとの信頼関係を築くためには、真摯な対応と明確なコミュニケーションが不可欠です。


 この記事は、人的資本の情報開示を通じて企業がどのように自社の意志を伝え、投資家との対話を深めるべきかを強調しています。企業が「これは将来に必ずつながると信じている」という強い意志を持ち、その熱意を開示することで、ステークホルダーからの信頼を得ることができるとしています。


人事の視点から考えること

  この記事では、企業が人的資本の情報開示を行う際の重要なポイントとその課題について解説していますが、人事部門の視点から考えるべきことについても触れてみたいと思います。
 人的資本経営の成功には、人事部門が果たすべき役割が非常に大きく、そのための具体的な取り組みや戦略が求められます。以下に、企業が人的資本経営を効果的に実践するための重要な視点とアプローチについて、詳細に解説します。

1.情報開示の戦略的意図

意思の伝達
 
人的資本の情報開示においては、単なるデータの提供にとどまらず、企業の戦略的な意図や未来へのビジョンを明確に伝えることが求められます。人事部門としては、以下のような項目について具体的な背景と意図を説明することが必要です。

  • 女性管理職比
     
    単に数値を提示するだけでなく、「なぜ女性管理職比率の向上が企業にとって重要なのか」を説明することが重要です。例えば、「多様な視点を経営に取り入れることで、革新性を高めるため」という具体的な理由を示すことが考えられます。これにより、ステークホルダーに対して企業の多様性推進の本質的な意図を理解してもらうことができます。

  • 社員のエンゲージメン
     
    エンゲージメントサーベイの結果を開示する際には、「エンゲージメント向上がどのように企業のパフォーマンスに寄与するのか」を明確に説明することが重要です。高いエンゲージメントが生産性や社員の定着率にどのような影響を与えるかを具体的に示すことで、企業の人材戦略の意図と成果をしっかりと伝えることができます。

  • スキル開発と研修プログラム
     社員のスキルアップやキャリア開発を支援するためのプログラムについて、その目的と具体的な成果を説明することが必要です。例えば、技術研修やリーダーシップトレーニングの実施が、企業の競争力強化にどのように貢献するかを具体的に示すことで、投資家やステークホルダーの理解と支持を得ることができます。

2.データの収集と分析

 人的資本の情報開示を行うためには、正確かつ詳細なデータの収集と分析が不可欠です。人事部門としては、以下の点に注力する必要があります。

  • 定量的なデータの収集
     タレントマネジメントシステムやエンゲージメントサーベイなどを活用し、社員のパフォーマンス、満足度、スキルアップの状況などを定量的に把握することが重要です。これにより、人的資本の状況を正確に評価し、必要な改善策を講じることが可能となります。

  • データの可視化
     収集したデータをわかりやすく可視化し、経営層やステークホルダーに対して効果的に伝えることが求められます。グラフやチャートを用いることで、視覚的に理解しやすい形にすることがポイントです。また、ダッシュボードを活用してリアルタイムでデータを確認できる仕組みを整えることも効果的です。

  • データの相対化
     業界標準やベンチマークと比較することで、自社の人的資本の状況を客観的に評価することが重要です。これにより、強みや改善点を明確にし、具体的なアクションプランを策定する際の指針とすることができます。

3.投資家との対話

積極的なコミュニケーション
 
人的資本の情報開示を効果的に活用するためには、開示後の対話が極めて重要です。多くの企業では、開示を行うと同時に、投資家との対話の機会が設けられていないのが現実です。

 しかし、投資家は企業の将来の成長可能性を把握するために、ただの数値データを見るだけでは不十分です。投資家との対話を通じて、企業の戦略やビジョン、人的資本に対する具体的な投資計画などを直接聞くことによって、より深く理解し、期待を高めることができます。

  • 説明会やセミナーの開催
     人的資本に関する取り組みや成果について説明する機会を設けることで、投資家との理解を深めることができます。これにより、企業の信頼性を高めることができます。具体的には、四半期ごとの報告会や年次総会で人的資本に関するセッションを設けることが考えられます。

  • レポートの発行
     定期的に人的資本に関するレポートを発行し、具体的な成果や今後の計画について情報提供することが重要です。レポートには、社員のエンゲージメント、スキル開発の取り組み、ダイバーシティの推進状況などを詳細に記載することが求められます。また、オンラインでのアクセスを容易にし、必要な情報を迅速に取得できるようにすることも重要です。

  • 双方向のコミュニケーション
     投資家からのフィードバックを積極的に受け入れ、それを基に人的資本戦略を改善していくことが重要です。投資家との定期的なミーティングやフォーカスグループを開催し、意見交換を行うことで、より実践的で効果的な戦略を策定することができます。

4.企業文化の醸成

人材育成と企業価値の向上
 
人的資本経営の推進には、企業文化の醸成が不可欠です。人事部門としては、以下のような取り組みを行うことで、企業価値の向上に寄与することができます。

  • 人材育成プログラムの充実
     社員のスキルアップやキャリア開発を支援するためのプログラムを充実させることが重要です。これにより、社員のモチベーションを高め、企業の競争力を強化することができます。例えば、定期的なトレーニングプログラムやメンターシップ制度を導入することで、社員の成長を支援します。

  • ダイバーシティの推進
     多様なバックグラウンドを持つ社員が活躍できる環境を整えることで、企業のイノベーションを促進することができます。具体的には、ジェンダー平等や異文化理解の推進、障がい者雇用の促進などが考えられます。ダイバーシティの推進は、企業の社会的責任(CSR)としても重要であり、企業ブランドの向上にも寄与します。

  • エンゲージメント向上施策
     社員のエンゲージメントを高めるための施策を積極的に導入することが重要です。例えば、柔軟な働き方の導入や、社員の声を反映するためのアンケート調査、社員の意見を取り入れるためのワーキンググループの設置などが考えられます。高いエンゲージメントは、社員の生産性や企業への忠誠心を高めるだけでなく、企業全体のパフォーマンス向上にもつながります。

5.将来のビジョンと具体的な施策

 人事部門としては、人的資本に関する情報開示を通じて、企業の将来のビジョンを具体的に示すことが求められます。以下のような施策を通じて、ステークホルダーに対する信頼を築くことが重要です。

  • 具体的な目標設定
     人的資本に関する具体的な目標を設定し、その達成に向けた計画を明確に示すことが必要です。例えば、社員のエンゲージメント向上や女性管理職比率の目標を設定し、その進捗を定期的に報告することが求められます。これにより、企業のコミットメントを示し、ステークホルダーからの信頼を得ることができます。

  • 成果の測定とフィードバック
     設定した目標に対する成果を定期的に測定し、その結果をフィードバックすることで、継続的な改善を図ることが重要です。これにより、企業の成長に向けた具体的な進展を示すことができます。例えば、四半期ごとの進捗報告や、年次レビューを通じて、目標達成状況を確認し、必要な改善策を講じることができます。

  • 長期的な戦略の策定
     人的資本経営は短期的な成果にとどまらず、長期的な視点での戦略策定が求められます。企業のビジョンやミッションに基づいた長期的な人材育成計画を策定し、それに基づいて具体的な施策を実行することが重要です。これにより、企業の持続可能な成長を支えるための強固な基盤を築くことができます。

 以上のように、人的資本経営の推進には、人事部門が中心となって戦略的な情報開示と投資家との対話を行い、企業文化の醸成と具体的な施策の実行を通じて、企業価値の向上を図ることが重要です。これにより、企業は持続的な成長を実現し、ステークホルダーからの信頼を得ることができるでしょう。

企業のエグゼクティブたちが人的資本戦略について議論しています。大きなスクリーンには、社員のエンゲージメントスコア、ジェンダーダイバーシティ比率、トレーニングプログラムの成果などの詳細なプレゼンテーションが表示されています。

一人のエグゼクティブがプレゼンテーションを行い、他の参加者たちはメモを取り、質問をしながら議論に参加しています。プロフェッショナルで協力的な雰囲気が漂い、データに基づいた意思決定と戦略的計画に焦点を当てています。

企業が人的資本の情報を効果的に活用し、戦略的な意思決定を行うための重要性を示しています。データに基づいたアプローチと明確なコミュニケーションが、企業の持続可能な成長とステークホルダーからの信頼を築くために不可欠であることを強調しています。

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