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浦上咲を・・かたわらに ρ (rho)

Episode17   ふじ色の旅の結論 


僕と咲は、結婚する約束をした。

 だが、結婚とは何かと考えてみると、「社会的な承認」という不思議な縛りを伴う。だから、様々な「世間」や「社会」から認められるべきもの。というきわめて不自由な手続きを伴うのだ。

考えれば、不思議な手続きだ。

 結婚式をするときに、「神」にその絆を誓う儀式がある。結婚式とは、そういうものだ。しかし、神に誓うとは、いったい何を誓うのだろうか。

そのような「執着」はむしろ「苦」を生むもとになるのではないのか。そうであれば、何もそういった「誓い」を立てずとも、すなおに「ただかたわらにいる」と言うことを、心から受け入れることの方がずっといいと思うのだが、この現世はそうはいかないようだ

  僕は、咲との結婚を報告するため、故郷の祖父母の元に、咲と共に向かった。もう少し後でもいいとは思ったが、状況が変化した。僕たちは結婚を急ぐ事情ができたのだ。

なぜかというと
咲が新しい命を宿したからだ。

 羽田に向かうモノレールの中で、僕と咲は隣どうしにすわった。僕は咲がもっとはしゃぐのかと思っていたが意外にも咲は終始うつむき、何も話さなかった。

「・・・咲・・具合悪いのか?」
「・・ううん・・、大丈夫。・・どうして?」
「・・なんか、元気ないから・・・。」
「・・・緊張してるのよ。」
「緊張?」
「だって・・・、あたしみたいな小娘が、『嫁』ですなんて言うのよ・・・。」
「・・ははは、婆さんは半分もうろくしてるから大丈夫だよ・・。」
「・・でも・・。」

 咲は少しむくれた顔をした。
「違うよーだ、函館は初めてだから、どんなところか考えてたんだよ。おあいにく様。」
咲は僕をにらみながらそう悪態をついた。

「・・北海道・・涼しいかなぁ・・。」
「ここよりはね・・。」
午前中とはいえ、残暑が厳しい日差しを浴びた京浜運河を見ながら咲はつぶやいた。

 列車では考えられない速さで僕たちは北海道に降り立っていた。函館空港の青いターミナルビルが無機質な顔で僕たちを迎えていた。成田のような物々しさが無いのが救いだった。

「妊娠中じゃなかったら、連絡船の方が良かったかな・・。」

 咲はそう言った。僕も同感だった。しかし、工事中の青函トンネルが完成すれば、それも滅びる運命だった。そして、たぶん、それがない生活に僕たちはいつしか慣れていくのだった。

 到着ターミナルを降りると、インフォメーション席に見知った顔の職員がいた。高校の一年先輩だった。安井かおりという名前だった。

 彼女は僕を見つけると、くすくす笑いながらいきなり館内放送を始めた。

 東京よりご到着の柴田耕作様、ご面会のご希望がございます。お連れ様とインフォメーションセンターにおこしくだしませ。」

僕は苦笑した。

「・・こうさくの事言ってるよ・・・。お連れ様って・・・、あたし?」
「ははは、たぶんな。」

 僕は、手荷物を受け取ると、咲を連れてインフォメーションにむかった。とんだ茶番だった。

「耕作ぅ・・。なしたの?今じぶん・・・・。そっちは彼女?」
「見りゃ解るべ。かおりセンパイ。」
「おっと、野暮だったかな。」
「当たり前だ。こっちは彼女じゃなくて、婚約者。」
「えーー?・・へぇーー、いつだましたんだ?」
「昨日・・・。」
「・・・ったく。」

 かおりは笑った。
「なーんだ、珍しく飛行機で来たって名簿にあったから、お前と会うのを楽しみにしてたんだけどな、彼女連れとは恐れ入ったわ。おい、耕作、彼女とうまくいかなくなったら、あたし待ってるよぉ。あはは。」

そのやりとりに、咲の方が大笑いした。

「もしそうなったら、よろしくお願いします、かおりセンパイ」
「あはは、かわいいねえ。」

 かおりはなんだかんだ言いながら、勝手にタクシーを呼び、料金まで払ってしまった。
「・・かおりさん・・悪いよ。」
「バカ、何ナマ言ってるのよ。かわいい後輩が故郷に彼女連れで錦を飾ってきたというのに。お祝いだよ。」
「じゃ、サンキュです。」
「ははは、幸せにな。」

 僕たちは厚意に甘えた。
「こうさくが女の人になったみたいな人だね。」
「なんでさ?」
「なんか、そう思っただけだよ・・。」
  咲は何となく嫉妬に似た気持ちで僕を見ていた。それは気のせいかどうか解らなかったが。

「さっきの先輩・・。あたしに嫉妬してた。」
「まさか・・。」
「ううん、違うよ。あなたは本当にいろんな人に愛されてるのよ。恋愛とかそう言うものじゃなくて。ヘタをすると、それをすべてあたしがとっちゃうんだ・・・。」
「・・・・・。」

「だから、責任感じるの。一人の人を愛するのって、その人につながるすべての人を愛せなかったらダメだって事。あたしはそれだけの覚悟を持ってきたの。」

「函館に来たかったって事は・・。」
「・・・そう、あなたを本当に愛するためのあたしの修行・・・。ふじ色の旅は、あたし自身のための旅。だけど、今は、こうさく。その仕上げは、本当にあなたすべてそのものを愛するための旅なの・・。」






  

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