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漂泊幾花 第3章 ~みやこわすれ~

Scene5 難解な宿題

「うちの『耕作』はあの時の子や・・・・。」
「・・・・・・。」

僕は言葉を失った。あゆみはあの時僕を欺いて僕の子を宿したのだ。あゆみが僕を誘ったのはこれが目的だったのだろうか・・僕は難解な課題を突きつけられたようだ。

「耕作・・・うちと結婚しない?」
「・・・え・・・?」
あゆみはぼくの顔をジッと見据えてそう言った。
「・・・結婚する義務があるよ・・・。」
「・・・・。」

 僕は何も言えなかった。あゆみの言うとおりだからだ。しかし、それならあゆみは当時、純の恋人だったはずだ。なのに僕の子どもだけを宿すのはいささか不可解だった。

「・・・あはは、本気にした?」
「・・・うん・・・。」
「本気にされると・・、うち嬉しいかな・・。」
「・・・・え・・?」
「うち・・・あんたとしかしてないんよ・・。」
「・・・・。」
「だから、『耕作』はあんたの子に間違いないのよ。」

「・・・・そんなこと、言われたって・・。」

「うちの『耕作』はあの時の子・・・・。」
「・・・・・・。」

 僕は言葉を失った。あゆみはあの時僕を欺いて僕の子を宿したのだ。
「耕作・・・ほんまにうちと結婚しない?」
「・・・え・・・?」
あゆみはぼくの顔をジッと見据えてそう言った。
「・・・だから言うやろ、結婚する義務があるよ・・・。」
「・・・・。」
 僕は何も言えなかった。あゆみの言うとおりだからだ。しかし、それならあゆみは当時、純の恋人だったはずだ。なのに僕の子どもだけを宿すのはいささか不可解だった。

「逃げるの?」
 あゆみは更にじっくりぼくの顔を見た。するとやがてけらけらと大きな声で笑い始めた。

「あほー、うち、あんたに恋人いるくらい解ってるわ。邪魔はせんさかい。それに・・・・あん時は・・。」


ちょっと意味ありげで悲しげな顔で僕に言った。

「ねぇ・・今日、うちの店来いへん?」
「・・・君の?」
「正確に言うとおねえちゃんの店やけどね。」
「・・・ああ、いいよ。」

 僕はそう約束して、あゆみが勤めているという河原町のあゆみの姉の店の地図を渡された。あゆみは『耕作』を保育園にあずけに行くと言い残し、店を出ていった。僕は約束の時間まで東山近辺をぶらぶらして過ごした。考えれば、咲は今頃この街でどうしているのか、気にはなったが、極力考えないようにした。

 夕方、僕はあゆみに指定された店に向かったが、その店の前で僕は唖然とした。そこは、咲と入った「綾さん」の店だったからだ。

僕はなんとなく狐につままれた気持ちでその店の暖簾をくぐった。

「・・おいでやす・・・あれ?」

綾さんは早速ぼくの顔を見て驚いた顔をした。

「・・なんや・・いつかの学生はん・・・。」
「・・はい・・、ご無沙汰でした。」
「今日は珍しい人が来る日やなぁ・・・ほら、あなたと一緒に来た嬢はん・・・。」
「・・・え?咲が来たんですか?」
「ああ、咲はんいわはるん。さっきまでおったんやけど、御前様と出ていきはったわぁ・・・。」
「・・ああ、あの坊さんと・・・。」

 咲は咲で目的を考えて動いているんだと僕は思った。綾さんはくすくす笑いながら言った。
「なんやぁ、冷たい人やなぁ、心配やないの?」
「・・いや、彼女は彼女である目的でここに来てますから・・。」
「ふぅーーん、そんなもんかいな。で、君は何の目的かな?ひょっとして、うちに逢いにきたんちゃう?」
「あはははは・・・。」

裏戸を開ける音がして、和服姿のあゆみがやがて現れた。
「労働者諸君、早かったんやね。」
「・・あれ、あゆみぃ、この学生はん知ってるの?」
「そうやぁ、訳ありな仲なんよ。」

そう言ってあゆみは僕にウインクした。
「おいおい・・、そう言うことなん?」

綾さんは腕組みをして僕を見つめた。
「罪よぉ・・・あんなかわいい恋人いてはるのに。あゆみと浮気なんかしとるん?」
「ち・・・違いますよ。」
綾さんはまたげらげら笑った。
「わかっとるわよ、あゆみのことは全部知ってるさかいに・・・。」
「姉はん、彼が『耕作』くんなんよ。」
「・・え・・?」

あゆみがそう言うと、綾さんの顔つきが少し変化した。

「・・・あんさんが・・・。」

 あゆみはもっとびっくりした顔をして綾さんを見た。
「姉はん、なんで耕作しっとるん?」
「あゆみ、そこに座りぃ・・・。」
「・・・うん・・。」

 あゆみはしおらしくカウンターに座った。綾さんはあゆみをジッと見据えながら続けた。

「あゆみ、あんた、これからどないするつもりでいるんや?」
「・・どないするって・・・。」

あゆみはわけが解らないと言う顔をしながら綾さんを見た。
「『耕作』の事や・・。」
「・・・・・それは・・・。」
「うち、何もいわんつもりやったけど、今、複雑な心境やわ・・。あんた、もしかしたらこの人喚んだね?」

あゆみはこくんと頷いた。綾さんはやっぱりねという顔つきをしてふっと息を吐いた。そして綾さんは、ぼくの顔をジッと食い入るように見つめながら匕首のような切り口で僕に問うた。

「学生はん、あんた、ひょっとして恋人がまもなく死によるかもしれんて思うてはるでしょ?」
「・・・え?・・」

僕は次の言葉が出なかった。
「・・・耕作・・・。」

 あゆみも僕を食い入るように見つめた。そう言う思いは努めてしないつもりだったが、綾さんには見通されたような感じがした。
「あんた・・。」
綾さんはさらに続けた。
「あゆみをあの嬢はんのスペアみたいに考えとったら、うち、ゆるさへん・・。」

 意外な言葉だった。しかし、綾さんにそう思わせたのなら、どこか僕の心に隙があったのかも知れなかった。ただ、それはとんでもない思い違いだった事は確かだった。

「あの嬢はん・・・。咲はん、言いましたなぁ、ほんまにできた子やわ。だけど、なんか、こう、ものすごくせっぱ詰まってるんやわ。迫力というんかな・・。そんなもの感じたんや。そうね、良かったわ、あの子はここでは、あんたより御前様にあずけたらよろし、そうやあの子は現代の善信尼やさかいにな。」

 確かに綾さんは見透かしていた。人を見る名人芸と言うしかなかった。

「そして、あんたとあゆみや・・・。よう考えや・・。」

綾さんは荘厳なまでの迫力で僕とあゆみに問いかけた。


以下次号

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