浦上咲を・・かたわらに η (eta)
Episode7 あたりまえ
咲は僕のすぐ横に、その深い瞳を見せつけて、
「あたしはもうすぐ死ぬの・・・どう思う?。」
たった一言だけ彼女は告げた。
僕はそれ以上なんと言っていいんだ。答えられない僕にむけたたみかけた。
「答えをもらっていないわ。」
彼女は執拗に(?)答えを求めたのかひょっとして自分の運命を悟ったように、僕は何も答えられずに半ばしどろもどろに言った。胡魔化す意味を含めてだ。
「え..?何の?」
「もう一度言っていいかしら。」
いたずらっぽく彼女は言った。
「本当に?」
実はその言葉が怖かった。
「しつこいな。」
そう言うと彼女はいきなり真顔になって僕に目を向けた。
「たった一回の人生だ、そう思っている?」
「もちろん。」
「それなら聴くね。」
「うん。」
「あなたの人生のテ-マは何?」
「え?」
「何のためにあなた、その一度だけの人生を生きているの?」
僕の思考力や諸々の感受性といったものはそこで見事にふっとんでしまった。僕は、何も答えられなかった。普通の男なら、ここでたぶん、「君を愛するためさ。」などと陳腐な言葉を言うだろう。だが、僕は「死ぬわ」などと言われた後にそんなことを言えるほど心が自由ではなかった。
「あたしの命題を教えてあげようか。」
僕の想像は雪の結晶をすべて考えるがごとくの混乱に陥った。
「あたしはね、ただ、生きようと思うんだ。ただ、生きるために生きようとそういうことよ。」
「なあんだそうか。」
僕は少し安心した、実に簡単なことだ、そう思ったからだ。と同時にあまりの簡単さにむしろ恐怖を覚えた。
「あたりまえのことなのよ。」
あたりまえという言葉が妙に引っかかった。
「あたりまえってのがひどくむずかしく感じるな。」
「そのとおりよ、あたりまえが何でこんなに難しいのかあたしこそ実感しているの。だから、今一瞬を閃光だと思って生きて行くしかないと思ってるのよ。」
「・・・・・・。」
咲はうつむいたままつぶやいた。
「あたし・・・あたりまえじゃないから・・・ね。」
僕は、いつもならバカめと答えるところだったが、咲のみょうに切羽詰まった表情や物言いにさっきから圧倒されていたのだ。いったい彼女は何を言いたいんだろう。そして、さっきから口にしている「もうすぐ死ぬ」とはいったい何のことなのか、僕にははかり知れかねていた。
当たり前なんてなんて難しいことなんだろう。僕はなんとなくそう思った。そうだ、本当になんとなくだ・・・。
そうなのだ、「あたりまえ」というあたりまえは、ひょっとしたらこの世界が消し飛んでしまうことも、大宇宙の摂理から言ったら「あたりまえ」なのだ。
すなわち、今ここにこうしていられる瞬間自体が、まさにあたりまえから逃れている「奇跡」なのかもしれないのだ。
咲が言う「もうすぐ死ぬ」とは、その「あたり=死」の前ということなのだろう。
生かされている自分とは、考えればかようにもはかないものなのだ。
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