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漂泊幾花 外伝 ~般若理趣義解4~

 Scene6  宇宙の真実

  宿坊の一角で、遠くに読経の音を聞きながら咲は目覚めた。そういえば典座の仕事を手伝えって言われていたことを思いだし、慌てて厨房に向かった。

「遅いで。」

 そう言って笑ったのはなんと御前様だった。悠雲御前が自ら大鍋の前で篦をかきなべていたのだ。
咲はばつの悪い顔をしながら、御前に近づき言った。
「申し訳ありません、御前様、勿体ない、あたしがやります。」
「あかん、これはわしが見つけた作務やさかいにな。誰にもわたさへんよ。」

「???」
「もたもたせんで、自分が出来ること、勝手に見つけてやったらよろしがな。」
「・・あ、はい・・。」
 咲はあっけにとられていたが、御前があまりにてきぱき動き、それと同時に典座役の数人の僧が動いているのを見ながら、やがていつしかそのオペレーションの中にはまっていた。もともとそういう素質があったのか、咲自身にも不思議に思えるほど身体が動いていたのだ。

「・・・ほう・・。」
 
悠雲御前は驚いたような顔で咲に言った。

「ええのう、あんたは、やはりたいしたモンやで。」
「・・え?・・」
「教えられんでも、探しよる。それが大事」
「・・はあ・・。」
「自らが自らを動かしてるちゅうわけや、それが御仏の言う宇宙の意志のようなもんやな。それに気づいておるのかの・・。」
「・・・・。」
「さっき、あんた勿体ない言いよりはったな。何故そう思ったンや?」
「御前様のような方が、そんな、食事の世話をなさるなんて・・。」
「ほぉ・・、食事の世話が勿体ないか?」
「はい、そのような雑事などに、御前様のお手を自ら煩わすなど。」

「それが分別の心や。」
「・・・・!」

 咲は「はっ」という顔で悠雲御前を見た。
   御前はまた染みいるような顔を見せた。

「・・ほう・・なにか悟ったの・・・。」

 咲はその瞬間手を合わせた。本当に自然に頭を下げたのだ。
(あたしは・・・、知らない間に、ものを区別していた。・・・・そうなんだ、あたしの中の悪い子もいい子も・・。みな同じ。)

「さらに言うのなら、自灯明・法灯明や」
御前はそう呟いた。
「それは何ですか?」
「涅槃経の言葉や、釈尊が最後に言った言葉とされておる。」
「釈迦の遺言・・・。」
「まぁ、そんなところや。」

 咲はまだよく理解しきれなかった。
「御前様、くだいて教えてくださいませんか。」

 御前は呵々と笑うと、ぽんと咲の頭を軽く叩いた。

「ほれ、ここじゃよ。」
「はぁ・・。」
「ここにあるんは「自」や、自とは自ら動かにゃイカンものや。」
「・・・はい・・。」
「その行く方向を見せるのが「灯明」ちゅうわけや。」
「自灯明・・・。自分が思う通りと言うことですか?」
「・・・・で、その自分の思うための道筋とは、どういう事なんかのぉ?」
「・・・あ・・、そうか・・、それで法の行く道・・。」

 御前は面白くてたまらないというような顔で咲の頭をぽんぽんと叩きはじめた。
「おもろい嬢ちゃんや、ほんにおもろい。」
「え?何でですか?」
「ふむ、ならば聴こう、法とは何じゃ。」
「宇宙の摂理・・・かな・・。言ってみれば、あたしのおなかの中の声です。」
「ほう・・。」
「あたしのおなかの中から、声が聞こえるんですよ・・こうあれって言うか、なんだろう。よくわかんないんですが。」

「それが、御仏の声なんやで。」
「・・・!」
 
 咲は思った、自分のおなかの声は、そのまま仏からの声。つまり真理からの声なのだ。全力で私を生きる覚悟が決まった瞬間、世界は全力で私を護るのだと。それが神であり、仏の有り様なのだと。しかも自分が気づかなければ、そのどちらも気づく事も出来ない。まずはそれに、とことん気づかなければ始まらないのだ。

 自分の人生を生きるのは自分だけなのだ、ほかの誰でもない、自分の人生の主役は自分自身なのだ。
 咲はこのうえもない高揚した感情に浸っていた。

https://youtu.be/XFLLsJezPZ0

「ああ・・・・。」
 意味はあるのかどうか解らないけれども、咲は溢れる涙を抑えきれないでいた。そして十字を切った。

  それを見た御前は、思わず咲に向かって手を合わせていた。
「なんちゅう娘・・・まさに仏やの・・・。せや、ええもん見したるから、ついておいで。」
そう言うと、踵を返すと厨房から出て行った。咲は慌てて御前の後に続いた。
「どちらへ行くのですか?」
「灌頂堂や。ま、本堂みたいなところやな。護摩を焚く場所じゃよ。」
といいながら回廊を進むと、やがて中央に護摩壇が置かれた広い建物に着いた。
「ほら、両側の壁に何やら飾っておるじゃろ?」
「わぁ・・仏様がぎっしり・・・。」
「二つで両界曼荼羅っちゅうっもんや。言葉によらずに宇宙の真理がここに表されておる。」
「・・・曼荼羅・・か。」

  咲は思わず手を組み合わせた。

以下、次回へ続く

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