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漂泊幾花 ふじ色の旅立ちP2ー3 行動

 その日、京成成田駅の周辺は異様な雰囲気に包まれていた。
日暮里から乗り換えた赤い電車は、
一時間以上もかけて僕をここまで運んできた。
僕は約束通り、駅から下りると東側の空き地へと向かった。
成田の市街地とは違い、そこは国道沿いに窪地になった一面の原野であった。
そこの一角に、沢山の赤旗が立っているのが見えた。

(あそこだな・・・・。)

 普段であれば、のどかな風景であろうこの地が、
どうしてこのような喧噪あふれる場所になるのかが
僕としては妙に不思議だった。

だが、これだけは言えた。喧噪や騒ぎは紛れもなく
人間の思惑が作り出すものなのだ・・・と・・・。

 自分の祖母が成田山参りを自慢にしていたことを思い出していた。
本来ならば、のどかで穏やかな新勝寺の門前町が、
様々な思惑の中で喧噪あふれる闘争の舞台とされているのだ。

「おーーい、耕作ぅ!」

向こうから純の声がした。
「おう・・・。」
僕は純の方に近づいていった。
純は僕に青く塗られたヘルメットを渡した。
何でも、ヘルメットのデザインで
組織セクトの所属をあらわしているという事だった。

 やがて、現地での集会というものが始まった。
だが、その一人一人が繰り広げる演説アジテーションというものが、どうしても僕にとってはこの社会に対する空虚な思いしか感じられなかったのだけは事実だった。
さらに、彼らは何のためにこうやって闘争たたかいと騒いでいるのかその焦点すら僕には理解できなかった。

「当局の妨害が入る前に行動する!」

 拡声器を持ったヘル面(ヘルメットにタオルで顔を半分に隠した状態)の若者が一声をあげた。
「デモをしつつ、第二次集合地点に向かうぞ。革命万歳、団結ガンバロー!」
 そう言って拳を振り上げた。皆、拳をあげて「ガンバロー」と呼応した。渡されたヘルメットをかぶりつつ、そこに集まった学生はだんだんと高揚していった。

 印旛郡富里村字三里塚。という所に僕らは三〇分も歩いて到着した。

「耕作、今日は歴史的な日だ、われわれの作戦は成功したんだ。成田は当分開港できない!」
「え・・・・・?」
「今にどえらい事が始まるど・・・。その支援のためにわれわれはすぐにでも行動開始だ!成田廃港への大きな足がかりだ。」

 廃港にするかどうかのいきさつなどは興味のないことだった。
しかし、反体制へのエネルギーが、ここに凝縮されていたような、そんな感じがした。

さめた見方で言えば、国民の税金をかなり投入してきたこの施設が、
ほんの数%の反対で、すべてご破算に出来ること自体が、夢物語であるような気がしていた。
成田闘争は、言ってみれば個人の利害闘争を
まわりが祭り上げたようなそんな気がしてならなかった。

反体制のエネルギーはどうしても敵役エネミーを欲していたのだった。僕は同情にも似た気持ちでそれらにつき合うしかなかった。

「ある作戦を支援するために、揺動作戦を行う。」
「勝算は・・・あるのか・・・?」
「耕作・・・・・。」

怒ったような、切羽詰まったようなそんなおももちで純は僕に答えた。

「勝つか、負けるかじゃないんだ。はっきりまけるとわかっていても、人には戦わなけりゃならん、そんなときがあるんじゃないのか?」

 僕には次の言葉が出てこなかった。

僕の父が、よく言っていた言葉だった。
特攻隊あがりの父の同じ言葉には凄みがあったが、純の言葉にも同じような凄みがあった。
僕は、その凄みに対してつき合うように割り切った。
組織に利用されているなんて、評論家的な物言いは、言ってはならないものだとその時に感じたのだ。
僕は同時に純だからこそ言える言葉だと、そう感じていたことだけは確かだった。

 僕らは一人に一本づつ、灯油の入った瓶が渡された。

火炎瓶だった。・・・何人かの学生はそれを見て青ざめた。

軽い気持ちではいってきた連中がほとんどである。
員数あわせとは言え、無理もないことだった。

 成田空港の周辺は物々しい限りだった。通称青ガラスと呼ばれる警視庁の警備機動隊が楯を並べ、僕らを警戒していた。

「耕作、とにかく暴れれ、それが上部からの指示なんだ。」
「え・・・・?。」

僕は半ばやけくそだった。

 ジュラルミンの楯を持った機動隊は、戦うこともなく、妙に僕らに近づき、ささやくように僕らに様々な情報を流してきた。
それは無理からもない、彼らも僕らとは戦いたくはなかったのだ。
「懐柔策」それが彼らの一番とり得たやり方だったのは充分わかった。

 しかし、学生側はかたくなだった。まずは、この連中に対してその情報を口にすると、彼らは一様に「反革命分子」として粛正にかかる。

 戦前となんら代わりがないじゃないか。僕はふと思った。
きわめて頭が固い連中だ!僕は正直そう思った。
だが、その時は誰もが置かれたその状況に夢中だったのだ。

「負けたくない」あるいは「生き延びたい」・・そんな不思議な混乱の中に覚える感情だった。何が正しくて何が間違っている。
そんなものは一切関係なかった。
「この場を乗り切る」そういうきわめて本能的な感覚しかなかったのだ。

 いつの間にか僕自身もその「空気」に呑まれていったのだ。
もはや自分には抗うすべはない、この流れに沿うしかない・・。そんな風に自分に自己暗示をかけて、手にした「火炎瓶」を握りしめていた。


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