波平、夜に駆ける。
「沈むーよーに溶けていくよーに♪」
波平はルンルン気分で鼻歌を歌いながら家の中でスキップしていた。
かねてより希望していた、ある団体への加盟が許可され、今日はその活動日でウキウキしていたのである。
「おい、カツオ、いるのか? 開けるぞ」
波平がドアを開けるとカツオがベッドから飛び起きた。カツオの横で寝ていた女性が、キャッと声を上げ毛布で胸を隠す。
「コラじじい! ドア開けるときはノックしろっつってんだろうが!」
「なんだと! 親に向かってなんという……」
カツオが目を逸らす。目線を追うと金属バットが立てかけてあったので波平は戦慄した。
「いや、それはいい。今夜のクリスマスのことなんだがな……」
「おい、見りゃわかるだろ、女が来てんだよ。いいかげん出てけや」
「わ、わかった。避妊はちゃんとするように」
「黙れハゲ!」
クッションを投げられたので波平はドアを閉めその場をあとにした。
く、クソガキが。ワカメはいるのかな。
ワカメの部屋のドアをノックし、返事を待たずに開けると、ヘッドセットを付けたワカメは、キャミソール姿でPCの前の誰かと話している。パンツはもちろん丸見えである。
ライブチャットか……。
波平はそろそろとドアを閉めた。
どうなっとるんだこの家は。クリスマスだというのに全然ハッピーではないではないか。
リビングに入ると孫のタラちゃんが大画面でプレステをやっている。銃でゾンビを殺戮していくホラー色の強いゲームだった。
説諭しようかとも思ったが、中学生になってから急激に体格が良くなったタラちゃんは、最近反抗的になってきたので、今日のところは放っておくことにする。
ふぅ、喉の渇きを感じキッチンに行くと、ダイニングテーブルではサザエが顔に美顔ローラーをコロコロしていた。
「おい、サザエ。今夜のクリスマスのことなんだがな……」
「え、なにお父さん、家でパーティかなんかやるつもりなの? あたしこれから同級生とパーティだし、マスオさんもどうせまたスナックのオネエちゃんと飲みに行くわよ」
「いや、それならいいんだが、今年は予定が入っちゃってっていう話を……」
「ならいいじゃない。どうせ誰もいないわよ」
「……」
波平は少し悲しくなり、トボトボと自室に戻る。自室ではフネが何かを繕っていた。
「母さん、今夜のことなんだがな。ワシはちょっと予定が入って……」
「へぇ、珍しい。まあどうぞお好きに。私は隣のおかるちゃんとホストクラブに行くから」
「ちょい! その歳でホストかよ! っていう話は置いといて、まあそういう事だから……」
「若いオネエちゃんに現を抜かすのもいいけど、美人局かなんかに騙されてもうちにはお金ありませんからね」
「ば、ばかもん! そんなんちゃうわ!」
波平は自室を飛び出した。どいつもこいつも舐めやがって。でも大丈夫。今日はクリスマスイブ。ついにこの日がやってきた。
夜になり、先だって送り届けられた衣装に身を包み家の前の道路に出ると、空からソリを引いたトナカイが降りてきた。
波平はソリに乗り込み手綱を引く。
ソリは夜に駆けていくのであった。
了
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