カツオのハロウィン

「おーい、いその! いるのか! 入るぞ」
 中島がいきなりドアを開け、土足のままずかずかと部屋に入ってくる。
「お前なんで電話出ないんだよ。今日貸した金返すって言ってたろうが」
「ご、ごめん。まだ仕事見つかってなくて……」
「そんなん知るかよ。ケータイ止められたら職探しも出来ないって言うから貸してやったんだろうが! 早く返せよ十万」
「なかなかいい仕事が無くて。才能を生かしたいというかなんというか……」
「バカかよ、お前! いい加減目を覚ませよ! ガキの頃は面白いやつだったのに! それとマスオさんのバイトの話はどうなったんだよ」
「いや、それは、あれほら、超絶ブラックというか……」
「わかったもういい。とにかく近いうちに金返さないとわかめちゃんから取り立てるからな。三十も過ぎて本当だらしねーな、お前は」
「ちょ、それはマジで勘弁してください。絶対返すから……」
「とにかく電話は出ろよ、お前。イライラするんだよ」
 中島は蝶番が壊れそうな勢いでドアを閉めると、部屋をあとにした。
 ふぅ。幼馴染なんだから十万くらいでガタガタ言うんじゃねーよ、くそが。
 カツオは独り言ちると、煙草に火を点ける。
 こないだまで働いていたネットカフェは解雇になった。盗撮がバレたからだ。
 おかげで婚約していた地元の不動産屋の一人娘、花沢さんにも別れを告げられる。
 花沢さんは幼馴染で、子供の頃はそれこそブスでデブで仕切り屋で、ちょっと近づき難いとこがあったけど、成人式で再会したときはグラビアアイドルみたいな容貌になっており、カツオはすっかり惚れてしまったのだ。
 このままいけば地元の不動産屋の跡取り息子だったのに。盗撮チクったやつ許せない。
 義理の兄、マスオさんの紹介で倉庫整理のバイトも行ったが、仕事がキツイうえに拘束時間も五時間と長く、三日でバックレた。
マスオさんはごちゃごちゃ言っていたけど、マスオさんが若いおねーちゃんとホテルに入るところを撮った写真を本人に送ったら、以降何も言わなくなった。
 なんかいい仕事ないかな。ネットで検索をかけてみるが、三十歳の資格無しのフリーターには工場勤務等のルーティンワークしかなかった。今日はここまで。俺はこんなとこで腐っている人間じゃない。
 なんかスカッとするの観たいなと、ネットフリックスのホーム画面で見つけたダークナイトを観ることにした。ストーリーはと言えば、子供の頃に観たバットマンの焼き直しであったが、ジョーカー役のヒースレジャーの演技がヤバい。カツオは夢中になった。
 そして感動が冷めやらぬまま、今度はジョーカーを観ることにする。こっちはジョーカー側の視点で進んでいくストーリーで、何年か前にアカデミー賞も獲った名作だ。
 言葉を失った。ホアキン・フェニックス、ヤバい。なんだこのゾワゾワ感。俺も何でもできそうな気がしてきた。いや、なんでも出来るよね、実際。カツオは万能感に支配された。
 おし、とりあえず中島殺しに行くか。
今日はハロウィン。カツオは髪を緑に染め、父波平の箪笥にあったジョーカー風の背広に衣装に身を包み、あさひが丘駅に向かう。
二十分程歩き、駅に着いて気が付いた。
「あ、財布忘れた」
ルールルルルールー。今日もいい天気。

 了

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