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誰も嫌な思いをしない方向性を考えよう

本日は練習試合でした。
同期(年齢は自分の方が下)ではあるのだけれど、人としての器が違う先輩のチームと交流させていただきました。
試合の合間にお話をさせていただきましたが、練習も生徒の対応も悩みながら実践しているとのこと。
やはり、その瞬間に出会う子どもたちによって、こちらの動きは変わってくる。子どもの成長を願うのであれば、決まった型にはめるのではなく、考えながら実践していくものだよなと改めて思いました。

さて、本日は誰も嫌な思いをしない方向性を考えようというお話。
自分の知り合いから、「◯◯さんが、いつも職場の文句を言っている」というお話を聞きました。(これはどこにでもありふれたお話ですよね)
自分はそれを聞くと、愚痴を言う人のことを、本当に意味がない時間を過ごしているなーと感じ、なぜ不満をそのままにして改善する方向に進まないのだろうといつも疑問に思います。また、その愚痴を聞く人の気持ちも考えないとダメだよなとも感じます。改善の方向に向かわないお話。これは完全に時間泥棒です。

こんなことを言う自分も、昔は愚痴ばかり言っていました。
今は意識してそういうことは言わないようにしています。(時々漏れることもあるかもしれません。笑)
なぜ、そのようになったかというと、アドラー心理学との出会いがあります。

三角柱のお話。
三角柱があり、相手が見える2つの面には、「悪いあの人」、「かわいそうなわたし」と書かれている。もう1つの面は見えていない。
見えている2つの面を見せていても(相手に語っても)、問題を解決することはできない。もう1つの面には、実は「これからどうするか」と書かれているのだけれど、この面を相手に見せてお話をするのが大事だというもの。

哲人 でも、われわれが語り合うべきことは、ここにはないのです。あなたがどんなに「悪いあの人」について同意を求め、「かわいそうなわたし」を訴えようと、そしてそれを聞いてくれる人がいようと、一時のなぐさめにはなりえても、本質の解決にはつながらない。
青年 じゃあ、どうするのです!
(中略)
哲人 そう、われわれが語り合うべきは、まさにこの一点、「これからどうするか」なのです。「悪いあの人」などいらない。「かわいそうなわたし」も必要ない。あなたがどんなに大きな声でそれを訴えても、わたしは聞き流すだけでしょう。

岸見一郎・古賀史健『幸せになる勇気』(2016,ダイヤモンド社,p.71-73)

愚痴っぽくなってしまう人は、ぜひこちらを読んでほしいな。

また、聞かされる側もちょっと工夫しないといけないのかなと思います。(今回、自分にお話をしてくれた知り合いは、上手に対応していた。)
愚痴を言ってくるのが同期や後輩だったら、「じゃー、これからどうしたいの?」と一発聞けば良い。
もし、愚痴を言ってくるのが先輩だったら、「どうなれば、不満がなくなるんですか?」とか、「そうならない方法(イラっとしない方法)を一緒に考えましょう。」とか。
それが難しいという人は、ずーっと愚痴を聞いて時間を無駄にすれば良いし、ずーっと愚痴が飛び交っているつまらない職場に毎日通えば良い。
時間も無駄だし、環境も悪いし、誰かを本気で助けようとすることもできない人になってしまい、得は一切ないと思うけれど。

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