逃避の散歩 8.東急百貨店本店から下北沢駅
◇
いま、渋谷の東急百貨店本店の前にいる。
この近くに用事があって、済ませてきたところだ。
渋谷の東急百貨店で思い出すのは、映画『太陽を盗んだ男』だ。
1979年の作品で、主演は沢田研二。中学の理科教師が、ある事件に巻き込まれたことがきっかけで原爆を作り、政府を脅すという内容で、専門誌などで日本映画のオールタイムベストの上位に挙がる。
作中で、主人公がデパートの公衆電話から警察とあるやりとりをするシーンがある。設定としては渋谷の「東急デパート」なので、ここなのかと思わせて、実際はかつて日本橋にあった東急百貨店などほかの場所が撮影に使われていた。
そういえば、2023年1月末日に営業が終了するから、この建物が見られるのも残り少なくなってきたのか。
いい天気だし、少し時間もあるし、久しぶりに下北沢駅まで歩くか。
東急百貨店本店の裏側にある東急文化村のオーチャードホール入り口にやってきた。今日のルートはここからスタートだ。
大雑把にルートを説明すると、オーチャードホールから見て目の前道から、松濤の住宅街を通って山手通りに出て東大裏交差点を横断。東京大学駒沢キャンパスの裏側を道沿いに歩き、小田急線東北沢駅の近くで左折、直進して下北沢線路街を通り抜けて下北沢の商店街を抜けて到着。
このルートは全般的に道幅が広く、ストレスなく歩いて行けるのが特徴だ。
いまの脳内BGMはハロルド・ファルターメイヤーの『Axel F』。映画『ビバリーヒルズ・コップ』のサントラから。
一応、この辺りは高級住宅街って言われてるし。
歩き始めて1分ほどで、道が緩やかに下っている。
そういえば、この辺りは何年か前から奥渋谷って呼ばれているらしい。
スタートから2分経過。右の下り坂ではなく、この緩い上り坂を進む。
この辺りは大きな家が立ち並ぶ地域なだけあって、車もあまり通行しておらず、ときおり地元の人たちがすれ違うくらいの静けさだ。
ちなみに、この坂の途中にイラク大使館がある。そして、これから歩く山手通りまでの道は松濤と神山町の境界でもある。
5分ほど経過。ここで左へ折れる。
聖泉院という寺の名前が書かれた電柱とその手前のカーブミラーが目印。
奥に見えるマンションを目指してまっすぐ進む。
7分経過、モンゴル大使館を越えたあたり。
ここからさらに直進すれば山手通りに出られる。
10分経過。山手通りを出て右側にある広い交差点が東大裏交差点。
この名前が示す通り、左側の建物の裏側は東京大学駒場キャンパスだ。
ちょっと前に映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観たせいで、「あの900番教室がある場所」という偏った認識を持つようになった。
脳内BGMもモンティ・パイソンの『Always Look On The Bright Side Of Life』に切り替えよう。なんとなく。
横断歩道を渡り、そのままガソリンスタンドの左に見える道へ進む。この先は目的地までに信号待ちのある横断歩道があと2つしかない。
最初の交差点を越えたあたりで、渋谷区から目黒区に入る。正確に言えば、しばらく渋谷区と目黒区の境を歩いている。また境界だ。現在歩いている側の歩道が目黒区で、向かいの歩道が渋谷区だ。
脳内BGMをスティーヴィー・ワンダーの『迷信』に切り替えて16分経過。東大の裏を過ぎ、上原二丁目交差点を越えたところ。道が二つに分かれているが、左は駒場公園に行ってしまうので注意。
そういえば、駒場公園の正門前は何度か通ったことがあるけど、中に入ったことは一度もない。
18分経過。この横断歩道で足止めされる。自分はこの道を歩くとき、なぜかここで足止めされる率が高い。そして、逆側から歩くときはコンビニで飲み物を買いつつ信号待ちしていることがよくある。
20分経過。東京大学の研究施設が集まっている、もう一つのキャンパスの正門前を通過する。
脳内BGMを荒井由実の『ひこうき雲』に変える。なぜかというと、この施設内にかつてあった宇宙航空研究所で堀越二郎が講師を一時期務めていたそうなので。
22分経過の三角橋交差点。ここが最後の足止めポイントになるが、実はこのすぐ左に私立の中高一貫校があり、その前に信号のない横断歩道がある。赤信号になったタイミングによっては、そこを利用した方が早く進める。今回はすぐに切り替わりそうだったので、そのまま待機。
この交差点の左側から先に通る道が鮫洲大山線といい、運転免許試験場がある品川区の鮫洲から板橋区の大山あたりまでつながる道となっている。
23分経過。信号が変わり、横断歩道を渡る。
ここで脳内BGMはボビー・ウーマックの『110番街交差点』に変える。
実は、この交差点の辺りが渋谷区と目黒区と世田谷区の3区の境界になっていて、最初の角の手前あたりで世田谷区になる。
その最初の角は、数年前まで材木店の建物が車道ギリギリのところにあったために急に道幅が狭く、その狭さは自動車に接触しそうなほどだった。後に建物は取り壊され、一部は更地になったが、2020年ごろまでは歩けるように舗装されていなかったため、歩きづらい状態が続いていた。
だが、折れるのは先にある二つ目の角だ。左折してそのまま直進する。
26分経過。下北線路街の遊歩道に着く。小田急線の線路跡であるこの遊歩道は、記憶が正しければ2018年6月くらいからある。これが出来たことで、渋谷まで歩くのが楽になった。それまでは、スズナリの横の坂道を通って住宅街の狭い道を通り抜けて三角橋交差点に向かって遠回りしていた。
ここで脳内BGM変更。オーシャン・カラー・シーンの『Hundred Mile High City』。
29分経過。たいして距離があるわけでもないのにゆっくり歩き、「reload」という商業施設の出入り口まで来た。左に折れてすぐのフィットネスクラブの前にある茶沢通りの横断歩道を渡り、右側の交番の前を通って東通りに入る。
東通りの一部の区画は、駅前のバス停やタクシー停車場の整備のため、近いうちに取り壊されてしまうらしい。
30分経過。最初の角を曲がり、路地を進む。
実はこの路地、結構映画やTVドラマのロケに使われていて、近年の作品では『ハード・コア』(2018年、監督:山下敦弘)、『街の上で』(2020年、監督:今泉力哉)で出てくる。
この路地もいつまで歩けるのだろうか。
道は少し上り坂になり、十字路で左折して一番街商店街に入る。左前にモスバーガーがあるのでそれが目印になる。下北沢駅はもうすぐだ。
渋谷東急本店からおよそ34分。下北沢駅に到着。今回はときおり立ち止まって撮影しながら歩いていたので、普段なら信号の具合によるが、たいてい30分を切る。
2013年の小田急線地下化を境にこの辺りの風景は一気に変わってしまった。「昔は良かった」なんて言うつもりはないけど、線路があった時代は本当に踏切が開かなくて、自転車で来ると不便だったけど、あの雑多な駅前の雰囲気は嫌いじゃなかった。