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ショートショート 5 おじさんレンタル

父親が嫌いだった。
父親はいつも仕事ばかりで、家族に構ってくれない。私のことなんて全然分かってくれない。高校生になった頃には父親に期待することさえなく会話することもほとんどなくなっていた。
私の夢や希望に耳を傾けてくれる人はいない。


そんな私が見つけたのは「おじさんレンタル」というサービスだった。
インターネットで見かけた広告に惹かれて、そのサイトを開いてみた。そこにはさまざまなタイプのおじさんが並んでいた。趣味や職業、性格や特技などが紹介されていた。おじさんたちは、レンタル料金に応じて一緒に過ごす時間や内容を決めてくれるという。
私は、父親とは違う優しくて理解のあるおじさんと話がしたかった。試しに一人のおじさんをレンタルすることにした。


私が選んだおじさんは、小説家という肩書きのあるやさしそうな顔をした人だった。おじさんは私の好きなジャンルの本を書いているという。会うのが楽しみだった。ドキドキと期待を込めて待ち合わせ場所に向かった。


おじさんは私が想像していた通りの人だった。笑顔で挨拶してくれたおじさんは、私のことを下の名前で呼んでくれた。初めて会うおじさんに下の名前で呼ばれても不思議と嫌悪感を持つことはなく、名前を覚えてきてくれたことに親しみを感じた。


一緒に買い物や食事を楽しんだ間も、私の話に興味を持ってくれていた。おじさんと話すうちに、父親とは違う優しさや理解を感じていた。私はおじさんに自分の夢や希望を打ち明けた。私を応援してくれた。アドバイスをくれた。自信をくれた。
私は感謝し、おじさんを理想の父親のように感じた。


しかし数日後、おじさんが実は自分の父親の友人であることを知った。それは偶然にも私がおじさんの書いた本を手に取り、あとがきに父親の名前が書かれているのを見たときだった。私は驚き混乱し、おじさんを問い詰めた。


おじさんは父親の友人であり、父親の勤める出版社で何度も顔を合わせていたという。おじさんは以前から私のことを聞いていたという。父親が娘に構ってあげられないことを心配していたことを。父親は娘に優しくしたい、理解してあげたい、娘の夢や希望を叶えてあげたいと願ってはいるが、どう接して良いかわからなかったということを。


おじさんは、私と話しているうちに、友人の娘であることに気づいたらしい。その偶然にとても驚いたということだ。レンタルサービスのルールには、依頼者の情報を他に漏らしてはいけないというものがある。そのためおじさんから父親に私の話がされるという心配はなかった。


おじさんを通じて父親の気持ちを知った後も、父親に対して私の態度が変わることはなかった。突然私の態度が変わると、照れくさくもありギクシャクしてしまうのが目に見えていた。しかし、父親と仲良くなりたいという思いはあった。ふたたび「おじさんレンタル」のサイトを開き、今度は「ともだちレンタル」のページを開いた。これからどうしていけば良いかを誰かに相談したかった。


私と同年代の、可愛らしく聞き上手なその子は、好きな音楽や小説、学校での出来事を話すうちに、すぐに仲良くなれた。そして、これまでの父親との話をうなずきながら聞いてくれた。父親と私がお互いに仲良くなりたいと思っているのなら、最初のキッカケがあれば上手くいくだろうと、アドバイスをくれた。


そして、父親と話をする場にその子が同席してくれることとなった。その子が出版の仕事に興味があることにして、父親にその子を紹介し、仕事の話を聞いてみたいという場面を設定した。次の週末3人で会う約束をした。


私と「ともだちレンタル」のその子が喫茶店に入り、父親の座る席へと近づいた。私に気づいて立ち上がった父親の顔色が明らかに変わった。驚いたその表情と「え、あ、ど、どういうことだ…」何を言っているのか聞き取れない声でとても動揺している。


3人で座ったテーブルで「ともだちレンタル」のその子はおだやかに微笑んで、下を向いている父親に、
「ほんと、ごめんなさい」
とゆっくりと話した。
私はなんのことだか意味がわからなかった。父親とその子は知り合いだったのか?


父親に向けてその子が話を続けた。
「お話してもよろしいでしょうか?」
父親は、喉が詰まる思いで「あぁ、大丈夫です。話して下さい」と返事をした。

「以前こちらのお父さまから、"むすめレンタル"の依頼を受けました。娘さんにどのように接していいかご相談を受けたことがあります」

父親も私と同じように、レンタルサービスを利用して相談をしていたようだ。
私の「ともだちレンタル」のその子と、
父親の「むすめレンタル」のその子は、
同じ"その子"だったのだ。


レンタルのその子は、とても素敵なキッカケを私たちに与えてくれた。

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