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弁当屋で起きた悲劇

とある日。

俺は遅れた昼食のおかずを買おうと、某チェーン店の弁当屋を訪れた。
思えば、この店舗には初めて入る。

見たところ、ここではおかずの量り売りがあって、指定の容器に好きなおかずを詰めてレジに持っていき、軽量した分で勘定できる、というシステムだった。

それで「これはいい」と俺もやってみたわけだが、俺より先に入店したおばあさんが前でおかずを詰めていた。

店は細長い造りになっている。

並べられたおかずたちの配置は、手前側から肉や魚といったメインディッシュとなる総菜続いて野菜をつかった総菜と続く。そして、列のどんづまりがレジで、流れ的に手前側から攻めるのがセオリーだと感じられた。

軽量する容器が手前側のメインディッシュのコーナーの前にしつらえてあり、これにおかずを詰めていくようだ。

そして、おばあさんが手前側のメインディッシュのコーナーを物色していたので、全体を見渡しながら、俺は詰めるものを考えていた。

手前側のおばあさんが退かない限り、俺は詰め始めることができない。おばあさんの詰め終わりを静かに待った。

それで、おばあさんが奥に進んでいくのを待って、いざ俺も詰め始めようと思った矢先。

おばあさんが詰めていたグラタンかなにかが、詰めるためのトングからこぼれて、メインディッシュのコーナー前にしつらえてある、おかずを詰める容器の束に「べしゃっ」と落ちたのである。

正確には、束ねてある容器の淵にこぼれたのであるが、これから人々が新鮮な気持ちでおかずを盛ろうという、真っ新な容器が汚されてしまったわけである。

そしておばあさんは一向に気づかない、というか見ぬ振りをしたのであった。

これは試されているな、と思った。

これに気づいたのは後に控える俺なのだから、ここではその過ちを正さねばならない。

ただし、要らん問答は避けたい。俺は面倒ごとが嫌いだ。

なので、ここは店員さんが見回って来てくれることを期待し、少し汚れてしまってはいるが、詰める用の容器をひとつ取り、汚れを払い除け、あたかも気にしなかった風を装うことで手を打とうと思った。

俺一人が嫌な思いをすればそれでよい

そう思った。

だが、束の間だった。

その後、すぐ次の客が来店した。

その新しい客は、実に勇敢な方で、私が取らなかった他の容器の汚れにすぐさま気づき、店員の元へ持って行って「これ汚れていますよ」と進言をしたのであった。



さて、非常にバツの悪いことになった。

むしろ容器の汚れを気にせず買い物を続けている俺が無頓着であり、後から来たこの方から見れば容器を汚した犯人と思われるかもしれない。

それに気が付いてしまったら、とにかく早く店を出て帰りたくなった。

俺はそそくさとレジに向かい、軽量して値段を見た。

思っているよりけっこうなお値段だった。

これなら普通に弁当を買えばよかった、と思った。


帰りながら、出来事を振り返り、自分の器の小ささを恥じた。

むしゃくしゃして、頭を掻きむしりたくなった。

が、買ったおかずがこぼれるので、それはやめた。

早歩きで帰って、先ほどの出来事を忘れようとするがごとく、無心に買ってきたおかずをアテにして白飯を食った。

おかずは確かに美味かった。

ただ、腹が減って感覚が分からなくなっていたのか、おかずの量が実に多く、食べ終わったらお腹が苦しくなった。


これは罰だ、そう思った。

今日は休みなのに心が草臥れた。

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