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本屋大賞について思うこと

2024年の本屋大賞が発表され宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)が大賞を受賞した。宮島さんは、2018年に『二位の君』で「コバルト短編小説」新人賞を受賞して作家生活を始めた。今年の1月には受賞作の続編『成瀬は信じた道をいく』も刊行されている。


二十一年とそれなりに長い歴史を持つことになった本屋大賞は、ノミネート作品が発表されるなりSNSでも話題になるし、書店の文芸コーナーでは少なくともひとスパンを割いて販促スペースが設けられる。書店にとっては一年の中でもかなり大きな売り出し時期だろう。
出版不況といわれて久しい現在において、本が売れることは作家にとっても書店にとっても非常に良いことだろうといち本好きとしては思う。思うけど……という話をしていく。


その前に、ひとまず本屋大賞の概略を書いて後に個人的な思いを書いていく。

本屋大賞とは

2004年からはじまった本屋大賞は、書店員有志である本屋大賞実行委員会が運営し、「売り場からベストセラーをつくる!」ことを目的に書店員の投票によって決まる賞である。

詳しくはこちらの本屋大賞公式サイトに記載。

歴代受賞作(2023まで)

  • 博士の愛した数式(小川洋子/新潮社)

  • 夜のピクニック(恩田陸/新潮社)

  • 東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (リリー・フランキー/新潮社)

  • 一瞬の風になれ(佐藤多佳子/講談社)

  • ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎/新潮社)

  • 告白(湊かなえ/双葉社)

  • 天地明察(冲方丁/角川書店)

  • 謎解きはディナーのあとで(東川篤哉/小学館)

  • 舟を編む(三浦しをん/光文社)

  • 海賊とよばれた男(百田尚樹/講談社)

  • 村上海賊の娘(和田竜/新潮社)

  • 鹿の王(上橋菜穂子/角川書店)

  • 羊と鋼の森(宮下奈都/文藝春秋)

  • 蜜蜂と遠雷(恩田陸/幻冬舎)

  • かがみの孤城(辻村深月/ポプラ社)

  • そして、バトンは渡された(瀬尾まいこ/文藝春秋)

  • 流浪の月(凪良ゆう/東京創元社)

  • 52ヘルツのクジラたち(町田そのこ/中央公論社)

  • 同志少女よ、敵を撃て(逢坂冬馬/早川書房)

  • 汝、星のごとく(凪良ゆう/講談社)


本題

上記のリストを見てもわかるように大抵の受賞作はノミネートの時点で既にそれなりの部数売れている作品であり、書き手の作家も他の大きな文学賞を受賞しているような、いわゆる売れている作家が多い。
先にも触れた出版不況や活字離れが叫ばれる中で、普段活字の本を読まない層にも本を手に取ってもらうにはこれぐらいメジャーなものを選ばないといけないということだろうと勝手に自分を納得させながら棚を見るのが僕にとってこの時期の習わしのようになっている。

実際出版関係者や作家のXをフォローしていると、もう十年以上前から景気のいい話はほとんど聞かない。
昨年経済産業省が出したまとめでは漫画や電子書籍が伸びていることで出版業界自体は下落傾向のありつつもなんとか現状を維持している状態らしい。ただ、これはすべての出版物のデータなので、こと文芸作品においてはもっと酷いのだろうと想像することは難しくない。

社会現象とまではいわないが、映画化などのメディアミックスの力もあり読書好き界隈以外にも届いて広まった作品も多く、本屋大賞の設立経緯からしてベストセラーを出すことが第一義の目的であるならば一定以上の結果を出していることは確かだ。
しかし、本屋大賞の理念にある「売れる本を作っていく、出版業界に新しい流れをつくる、ひいては出版業界を現場から盛り上げていく」は達成されたのだろうか。そして、この二十年を振り返って果たして日本の読書人口は増えたのだろうか。

この記事を読む限り少なくとも残念ながら若年層においては間違いなく読書人口は増えていない。YouTubeやNetflixなどとの可処分時間の奪い合いに見事に敗れているのだろうと想像する。これは恐らく映画業界も同じようなものだろう。コストパフォーマンスだけを考えるなら約2000円で一冊の本を読んだり一本の映画を観るなら同じような料金のサブスクリプションサービスに加入して好きな時に好きな作品を観るという気持ちも悲しいがわからないでもない。なにせ今日本人の多くは心身ともに貧しいのだから。


売れている作品、作者を更に売ることに関しては一定の成果を見せている本屋大賞だが、潜在的な読者の掘り起こしや書店への誘導、読書人口増加の底上げに関してはまったくとは言わないがあまり寄与していないようだ。「芥川賞」だけ読むという人が「本屋大賞」だけ読むようになったというのがこの二十年の結果なのかもしれない。

かく言う僕も2021年の大賞受賞作『52ヘルツのクジラたち』があまりに自分に合わなかったのでそれ以来大賞の作品は読んでいない。もちろんノミネートされているものには好きな作品もあるので全体が嫌になったというわけではないが、このままでは本屋大賞も先細っていくのではないだろうか。
いち読者としては書店員の皆さんへの信頼で成り立っているはずのこの賞をもっと意義あるものにしてもらいたいと思っている。売れる本も経済的には素晴らしいが読まれるべき本は他にもたくさんある。


ネタバレサイトを読んだうえでドラマを倍速で見る人がいる現代では書籍というのはあまりにもおっとりとした形態だ。ヒット作でさえ手に取ってもらえなくなる時代がくるかもしれない。
町の書店が姿を消し、僕の住む地域では大型書店がひとつ撤退した。電車に乗っても多くの人はスマートフォンの画面を見つめ、ごく稀に文庫本を開いている人を見かけると勝手に密かな仲間意識を抱く。地元には小さくとも理念を持った町の本屋さんがある。紙の本が好きで、本屋さんが好きだからこそ文化の根を絶やしてほしくなくてこんな文章を書いている。

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