理由のわからない不安。父と煙草のにおい。
とりあえず沖縄に来てみた。
でも、住む場所も決まっていなければ、仕事も決まっていない。
だからと言って、『早く決めなきゃ』と焦っても、自分の気持ちを偽ることになるのであれば、それは東京にいる時と変わらないと思う。
だから、焦って住む場所を決める必要もなければ、焦って仕事を見つける必要もないと思った。
少なくとも、昨日はそうだった。
だけど、住む場所がない…というのは、予想以上に不安なものだった。
数年前に、バックパック1つ持って沖縄に来た時。『できれば、そのまま石垣島に住みたい』と思ったあの頃。
あの頃の私も、住む場所がないということへの不安を感じた。
毎日、その日に行きたい場所に行き、その周辺で宿を探し…それは楽しい旅行だった。だけど、肩や背中に重くのしかかったその荷物は、体だけではなく心も疲れさせた。
住む場所がない。帰る場所がないというのが、こんなにも不安なものなのか…辛いことなのかと思った。
理由のわからない涙と、『私は一体、何をやっているんだろう?』というどうしょうもない思いでいっぱいになった。
その後は、毎日宿を変えるような生活はやめた。
気に入った宿に数日間泊まり、そこを拠点に動く。ちょっと遠くに行きたい時には、泊まる宿を変えるくらい。
それだけでも、心の安定感はだいぶ違った。
疲れたときに、帰る場所がある。
温かいご飯を作ることができる。
自分の布団で眠ることができる。
『シャワーを浴びたい』と思ったら、シャワーを浴びることができる。
そんな当たり前が、ものすごく幸せなことを考えさせられた。
※※
今回は、とりあえず4日ほど、同じ宿に泊まってる。
疲れたら帰る場所があって、寝る場所もあって、好きな時にシャワーを浴びることもできる。
残念ながら料理することはできないのだけれど…近くで買って帰ればいいので、なんとかなってる。
だけど今、私の中には、理由のわからない不安がうようよしてる。
本当なら、もっと安価な宿に泊まって、1か月のんびりする予定だった。
予想以上に高くなった宿代、『数日後から、泊まる場所があるんだろうか?』『どこに泊まればいいんだろう?』という不安。
『もういっそ、どこかのシェアハウスに決めちゃえばいいのかな?』なんて思ったりもする。
気に入ってた宿、大好きだった沖縄そば店、お気に入りのカフェ、会いたかった人…
コロナへの不安から、いろんなものが遠ざかる。
2週間は、あまり人に関わらない。東京をでる前に決めたマイルール。
沖縄に来てるのに、沖縄に来ていないような…よくわからない感覚になってる。
寂しい…わけじゃないと思う。
でも、東京にいる時とさほど変わらない日常が続いてるような気がして…よくわからなくなる。
※※※
昨日までは、普通だった。
こんなこと、思いもしなかった。
今朝だって、お昼だって大丈夫だった。
この数時間の間に、たった数時間で何かが変わってしまった。
…きっかけは、きっと、煙草のにおい。
禁煙・女性専用フロアだった宿で、煙草のようなにおいがした。
まるでカラオケ店の部屋にしみついてる煙草のにおいのような…。
『なんだ、そんなことで?』と思うでしょう?
私も思う。『なんだ、そんなことで…』って。
だけど、煙草のにおいを感じた瞬間、思い出したのは父だった。
『もしかしたら近くにいるんじゃないか』と…幽霊でも探すかのように、室内を探して恐くなった。
そういえば、昨日の夜も煙草のにおいがして、恐くて眠れなくなった。
そんなの、ただの思い過ごしで、ただわけのわからない妄想で…。
だけどきっと、それほどまでに私はストレスを感じていたんだろうなと思う。
パニック障害の影響なのか、わけのわからないタイミングで怒る父に。
隣の部屋から聞こえてくる、父の怒る声・物音に。
朝から晩まで、毎日、父の部屋から漏れてくる煙草のにおいと、通気口から流れてくるよその家の煙草のにおい。
…もっと言えば、子供の頃からずっと、あの煙草のにおいに囲まれて生活するのが嫌だった。ずっと父に監視されてるような、そんな気分だった。
※※
沖縄に住みたいと思ってることを打ち明けたとき、パニック障害だった父は状態が悪化し、まるで私のせいみたいに言った。
沖縄に行くのを延期して、自分の気持ちがわからなくなって、何も考えることができなくなって…それでも何とか、沖縄に来ることができた。
なのにまだ、沖縄に来てまで、父を思い出して怯えてる自分がいる。
それに気づくだけで、煙草のにおいから父を思い出すことが減ったらいいなと思う。
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