デジタル庁

その昔、私が小学生くらいの時。両親は私に言った。

日本人は工夫するのは得意で、何かを発明したり生み出すのは不得意だよね

小さい時は、ふーん、そんなものか、など思ったきりで、社会について何も知らない私はピンと来ていなかった。

大人になるにつれ、次第にわかってきた。

例えば電車の改札機。
数秒で切符が出てくる機械が出現した時には胸躍ったが、日本が5秒を1秒にするために切磋琢磨している間、海の外では改札自体を無くす方向に社会が設計されていき、そしてその方が使いやすくそれが世界の潮流の中心となる。するとあのピカピカのユーザーインターフェイスが構築された券売機も不要になる。制度設計自体が意味をなさなくなると、周辺機器一切合切不要になる。

※最近はユーザーインターフェースの構築すら怪しくなってきたけれども。これが、国力が落ちるということなのだなと実感する。

そう言えばバンキングシステムも遅れている。

長期的視点やグランドデザインなきまま、世界の潮流からなんとなく外れてガラパゴス化する。汎用性もないから、そのまま朽ちて行く。

発明、イノベーション、設計。

確かに「民主主義」も「人権」も「尊厳」も、海の外からお迎えしたものばかり。

自分たちで世界のトレンドを引っ張っていくという流れが乏しい。

苦手というより、日本の風土がそうさせているんだろう。

日本の風土と言えばまず思いつくのは。

例えば私が書店のカウンターに立っていると

「社長いる?」

と声をかける中高年男性が多いこと。

・まずは名を名乗れ、話はそれからだ
・なぜタメ口?

この2点が頭に思い浮かぶ。
しかし私はASD。笑顔でちょっとお待ちくださいね、なんて、難なく可愛く処理できる。

さてこの男性の心理を探ってみよう。

・(書店員という)職業蔑視
・女性蔑視
・周囲への「俺は偉い」アピール
・自分は偉いから誰でも俺のことを知ってるはずという傲慢さ
・年上から年下への威圧

そんな感じだろうか?

書店員なんて無資格者だと思って馬鹿にしてるな、私が弁護士資格を持ってるかもしれないのに。(持ってません)
いや、国家資格を所持していようがいまいが、相手に対してただ普通に敬意を持って接するだけのことが、なぜできない?

これを日々別のおじさんからやられてごらんなさい。マイクロアグレッション。結構、気持ちが落ち込むものである。

こんな小さな一言で、日本社会風土を表すことができる。ここにいろいろなことが詰まっているのだ。

一つ一つはごく微細なチリ。それが蔓延してこの社会の空気を作っている。これがマチズモであり家父長制の元。

離婚後の共同親権の改正案がこれだけスピーディーに進むことと、半導体市場で日本が惨敗していること、宇宙開発で日本が世界に勝てないこと、「社長いる?」と謎の偉そうな高齢男性が一定数いることと、夫婦別姓が進まないことと、日本が発明や社会設計が不得意であることと全てが繋がっているというと、人は、その通り、私もそう思っていたよと同意してくれるだろうか、それとも、驚くだろうか。

🔸

家父長制、多様性の欠如、女性蔑視、そしてボーイズクラブ、どれが最初でどれが亜流なのかは分からない。そんな単純な問題ではない。でも、民主主義が内側から生まれないのも、裏金問題が起こるのも、全て同根であると思っている。

例えばとても良いアイディアが女性から出たとして、
・役員以下男性全員で潰しにかかる
・手柄を取り上げる(でも発案者じゃないから、せっかくよい企画が改変され、そこそこの小物企画になる)
これはよくある光景である。

さらに、
・ボーイズクラブの人たちに利益があるようにしか設計できないから、そういうところで小さく小さくまとまっていく。だから客観性もないしクリティカルな論議にもならない。
・役員(高齢男性)の頭で把握できる以上のアイディアは潰される。


これを、大手を振って自信たっぷりにやってしまったのがバブル期なんだろう。経済が発展したから、日本の風土は経済成長のために正しいのだと、ハラスメント体質であったから世界を席巻する経済力を身につけたのだと勘違いしてしまった。経済興隆と家父長制は全然違う、いや、真逆であるのにも関わらず。ちなみに私は日本がGDPで世界上位になったのは、たまたまだったと思っている。アメリカの思惑、朝鮮戦争、東西冷戦などの社会背景が重なっただけである。

これでは、イノベーションなんて夢また夢である。


さて、

私が何を言いたいか、私をよく知る人はもうお分かりだろうが、

マイナンバーカード、そしてマイナンバー制度である。

国民総背番号案から早50年。

社会を構築していくときに必要なものの一つに、スピードとグランドデザイン。
日本の社会設計におけるスピードが遅いのは今に始まったことではないが、良く言われる「民主主義に則っているから」というのが全てではないと思っている。
中央政府が「あわよくば」とか「邪な思惑」が行手を阻んでいるのではないかと睨んでいる。
何かをする際に、次の議席の票になるとか、婚姻関係の親族になるべくベネフィットを、とか、懐に入るお金とか。そんなことを考えているから、なかなか進まないししがらみに雁字搦めになり動きが取りづらい。前述したあの俯瞰的視点なき、小者の「ちょっとした」アイディアで、思考も浅いまま進んでしまい、キックバックだけは一人前の、あのボーイズクラブの企画である。

(今のこの高齢男性が社会の決定権を握る仕組みは、結局世界中で上手くいっていないのだから、いっそ潔く手放して新しい社会を作ったらいいのに。人間の歴史は戦争の歴史だが、争いを作り出している人が国を運営しているのだから、なくならないはずだよね。)

ボーイズクラブを一掃する、そこまで極端に行かなくても、そこそこ社会システムが民の方を向いている国もなくはない。
日本は社会設計が民の方を向いているだろうか?

というわけでマイナンバーカード。そして
マイナンバー制度。
私は現在どちらも反対の立場だが、その理由を河野太郎氏に特に聞いてほしい。

何に反対しているか、そしてその理由。さらに打開策についてを述べてみよう。

あのイタリアでも(失礼)90年代終わりにはナンバーというインフラは整っていたと記憶している。

だからという訳ではないが、私は国民を番号で管理することに関しては賛成である。賛成というより、仕方ないと思っている。

情報を政府が把握することももちろん致し方ない。ある程度の民を纏めるためにはその方がよい。
情報漏洩も、「ある程度まで」は仕方ない。
完璧なシステムはないと業務上知っている。
自分の情報が漏洩して何かの詐欺に合うのか想定はとてもできないが、しかし所詮は人間の行うことである。私は人間をそこまで信用していない。

私が納得できないのはそういうことではないのだ。情報漏洩について「大丈夫です、全体の0.000000001%くらいの小さなミスです」と一所懸命に言い訳しなくて良い。

問題の本質は、そこじゃない。

まずは、マイナンバーを管理する、また、マイナンバーカードを考え推進しているのは、犯罪者の集団であるというところから。

また、知性に難ありの人が大臣に任命されてしまっているところも指摘したい。
金の力、親の力、そして強権、それだけで大臣になっているだけの、中身のない人が大臣になっている。

こんなで、グランドデザインなどあり得ようか?(いや、ない)

前述した通り、河野太郎氏の頭以上のアイディアは、彼が理解できないから反故になる訳だ。私たちは、そんな大臣たちを多数抱えてる訳だ。政策が瑣末なのも頷ける。

マイナンバーカードと言いながら、コンビニで住民票発行に使えると。
そもそも「紙」の「住民票発行」自体を変える発想にならないところが、政府の限界を感じる。
そして捺印文化。
さらにFAXがまだまだ生きている社会。

そしてあの、頑として譲らぬ年号使用。

年号を公的機関で頑なに使い続ける理由を、どなたかご教示いただけぬものか。
1000年ころに源氏物語が書かれて1192年に鎌倉幕府が開いた。1868年に明治維新。
1945年に敗戦。

それでよいではないか。

慶應4年、大正9年、昭和16年、と言われても頭の悪い私は歴史が時間軸で繋がらない。この国の為政者は国民に歴史を把握されないために意図的にやっているのか。自分たちの政策が愚かだと知っていて?

日本の伝統が!西欧かぶれが!というなら、知識として、また伝統として、それなりに元号を引き継げばよい。なにも公文書で使用しなくてよい。また、西暦が嫌なら独自の年号でも良いが、とにかく一本の線で繋がれない歴史はブツぎりで体系的思考の邪魔になる。

非効率な年号というものに公文書で触れるたび、この国にデジタル化という概念自体が時期尚早なのだと思わされる。

まだまだ非効率なシーンは数あれど、とにかく社会設計が旧態依然である。

デジタル化するというのは、効率化することではないのか。

そして。

前述した、「国民が番号で管理されるのは仕方ない」というこの「国民」には、もちろん河野太郎も岸田文雄も茂木敏充も含まれなければならない、ということである。
現在、どうも彼らが省かれている気がして。かわいそうよ?彼らも日本国民よ?仲間に入れてあげなくては。
彼らは自分たちは特別だと思っている。または、市民を奴隷のようなものだと思っている。その証拠は国会で何度も見聞きしている彼らの言動に表れている。

私がマイナンバーに反対する理由は、ざっと以上。

大臣たちに聞いてほしい。

マイナンバー制度は、
・知性ある大臣の下、
・多様な議論の上、
・国民のベネフィットを最大の目的として

行うべきだ。

河野太郎が無能なので、最初は「任意」と言っていたのにアカウンタビリティーの兆しもないまま、カードがなければ医療機関に繋がれないようにするなどと、「取得せねば罰される」ことに変わっている。取得させるために出口を塞ぎ、多数のCMやマイナポイントと言った愚策を打ち出し、電通やそこらに中抜きされ、杉田水脈いうところの「公金チューチュー」税金が湯水の如く使われる。信頼なんて置けるはずもない。

カード取得という手段のはずが、目的になって入れ替わってしまっていることをどう思うか、河野太郎。

マイナンバー制度自体は仕方ないと思っているが、少なくとも以下がクリアになった上で進めたい。

・河野太郎は知性に難ありなので議員辞職(特別待遇)
・自民党裏金議員は須く公民権停止
・統一教会議員は須く公民権停止
・国民の知る権利を軽視する、アカウンタビリティーを果たさない議員は須く公民権停止

少なくともまずはここが最低ライン。

犯罪者に個人情報を預けたくない。

現在自民党の多数の人が以下の形容詞が付く。

・犯罪者
・5000万件ものデータを消失させたにも関わらずなんの処理もせず放置する無責任者
・アカウンタビリティーの放棄

こんな政党ある?

マイナンバー制度はこれから犯罪者を一掃し、知性ある大臣のもと、議会制民主主義に則り真の第三者機関を設置した上で進めても良いが、

マイナンバーカードは、今更カード?という感が否めない。もっと合理的で世界をリードするような社会設計ができないものだろうか?日本人は所詮この程度かと、これ以上、私に日本人であることを恥じさせないでいただきたい。


さて、マイナンバー制度を国民に浸透させ、なおかつデジタル化も進むという妙案がある。

国会及び地方議員のお歴々が、政治資金の流れをデジタル化して国民にその姿を見せつけるというアイディアだ。彼らの政治的な資金の流れが透明化されることで、現在の裏金議員たちの姿も可視化される。

議員たちは忙しい。紙の領収書なんていちいち取らなくてもよいシステムにしよう。政治家からの裏金の現金が封筒に入って文化人に(領収書なしで、非課税で)配られるとかもなくなる。収支報告が全て一元管理されるようにIT化する。安倍晋三氏のサクラの適当な領収書だって、彼があんなに国会でお気の毒な答弁を繰り返す必要もなくなる。彼の不名誉はデジタル化で一掃される。名前と住所だけの幽霊企業が中抜きすることもない。
効率化され、さすれば彼らの有限な時間を国政、地方自治に充てられる。一石二鳥ではないか。

マイナンバーは、政府が市民から税を漏れなく徴収するシステムであり、デジタル化には賛成である。だから裏金議員たちからまず、漏れなく税を徴収するのだ。市民が義務を負うならば、国会議員はそれに比してより多くの義務を負わねばならない。(ノブレス・オブリージュの精神は残念ながらこれまた海の外からやって来て日本の特権階級には浸透しなかった言葉の一つである。)

まずは、国会議員から率先して、デジタル化の良さを享受することから始めようではないか?

河野太郎が脱税できて市民はできない、なんて基本的人権の観点から誤った社会を、デジタル化で整える、そのためのマイナンバー制度であり、デジタル化であるならば、私は喜んで賛同する。カードはひとまず反対だけど。


[マイナンバーの歴史]抜粋

1968年に佐藤栄作内閣が「各省庁統一個人コード連絡研究会議」を設置して、すべての国民に個人コードの付与を計画するも、国民監視につながるなどの反対意見が多く、頓挫。

1978年、政府・税制調査会は「昭和54年度の税制改正に関する答申」のなかで「利子・配当所得の適性な把握のためいわゆる納税者番号制度の導入を検討すべきとする意見」があったと記載。しかし、1979年の税制調査会「利子配当・土地税制特別部会」報告では、「納税者番号制を導入するために十分な環境整備が行われているとはいいがたい」とし、グリーンカード制度の採用が適当とした。

1980年3月末、所得税法改正案が可決され、1984年1月からの制度実施が決定したものの、各界からの根強い反対のなか一度も実施されることなく1985年に廃案。

1994年から住民基本台帳検討を開始

2002年住基ネットワーク 住基カードの有効発行枚数がトータルで717万枚

2007年消えた年金問題 「誰のものか分からない年金の記録」が5,095万件も発見

1997年に複数の番号で管理されていた年金番号を基礎年金番号に統合。この時に統合されなかった記録があって、誰のものか分からない状態になっていた模様。

2009年6月に年金記録などの確認を行なう「社会保障カード」が政府内で検討されたが、同年に政権奪取した当時の民主党が事業仕分け。その民主党が当時のマニフェストで掲げていたのが「税・社会保障共通の番号の導入」。

これらと同時進行で動いていたのが高度通信情報ネットワーク社会推進本部(IT戦略本部)による「国民ID制度」。

2010年5月には「新たな情報通信技術戦略」として国民IDの制度検討が始まる。

当時は社会保障・税番号制度と国民IDが「同一である必要はない」との取りまとめもされて、国民IDでは民間利用を含めた異なる番号の制度を目指していたが最終的にはマイナンバー制度に吸収され、マイナンバーカードのICチップに内蔵された電子証明書を使う仕組みになっている。

2011年6月30日一般公募によりマイナンバー名称決まる。

2013年 マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)制定。当時「マイナンバー」、「個人番号カード」、「マイポータル」と呼ばれる3つの仕組みで運用されることが決まった。

2014年5月にはIT総合戦略本部新戦略推進専門調査会マイナンバー等分科会の中間とりまとめが公表。この頃から政府は、個人番号カードの普及と国民の利便性向上は「ニワトリと卵」の関係で、利便性向上には個人番号カードの普及が必要だが、そのためには国民が個人番号カードの取得に利便性を感じられなければならない、という認識を持っていた。

2015年10月からマイナンバー付与開始。

マイナンバー自体は、法律で利用範囲が社会保障、税、防災・災害対策といった限られた領域にとどまっているが、公共性が高く情報連携のメリットが期待されるならば拡大に関して検討を進めるべき、ともされていた。

2016年1月からマイナンバーの利用がスタート。同時にマイナンバーカード発行も開始され、2017年11月にはマイナポータルがスタート。

自治体で健康保険や年金などの管理に使用。

マイナンバーカードの普及は2016年1月の約1年後、2017年3月8日時点で交付枚数は1,071万7,919枚で、人口に対する割合は8.4%にとどまっていた。それでも住基カードに比べれば順調ではあった。

2020年まで低調だった交付枚数に対して、政府はマイナポイント事業を実施するなど、普及率拡大を目指した。前述の通り「ニワトリと卵」の関係とされていたが、まずはカードの普及率向上を目指した形だ。

結果として、2023年6月25日の段階で交付枚数9,276万3,294枚となり、7割を超える国民に交付された。ここまでの数が交付された身分証明書は他にはない。今後、いかに国民に利便性を感じさせるか。利便性の提供だけでなく、行政の効率化などのDX化が図れるかが重要となる。

その一環となるのが「スマホ用電子証明書搭載サービス」だ。

マイナンバーカードのICチップ内に保管された電子証明書は、強度の高い身元確認と当人認証が可能。そのため、行政手続きがオンラインでできる以外にも、民間サービスでも利用できるようになることが想定されている。

ただし、利用には物理カードが必要になるので、利便性の点で課題があった。マイナンバー制度検討の初期から、ICカードをスマホに内蔵する考えはあり、長年検討されてきたのが、ようやく実現したのが2023年5月のことだ。

こうした仕組みは「分散管理方式」と呼ばれる。「セクトラルモデル」とも言われ、オーストラリアなどが採用している。アメリカや韓国などはフラットモデルで、共通番号そのものを情報連携に活用するため、不正利用や個人情報漏えい時に芋づる式に漏えいする危険性がある。そうした仕組みよりは分散管理方式のほうが安全性が高いとされている。

マイナンバー制度の「3つの制度」
① 『社会保障と税の番号制度』。
② 『国民ID制度』
③ 『身元証明制度』

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