見出し画像

『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』を読んで分かった「完成」までの「過程(プロセス)」~The Magic of Ken Horimoto~

 素晴らしい読書体験だった。完成形が分かってないものを完成させることの難しさは俳句を通して知っている。ビジネス書を100冊読んでそれを纏めるなど至難の業だろう。成功を定義しないまま各々書きたいように書いては、断片を集めて一本の道を作ることなどできようはずがない。ビジネス本の著者は纏められることを想定していないし、全員が別々の事柄について書いている。
 それでも完成させた。まずここに拍手が送られるべきだろう。ただ、私が感動したこの本の「完成」はこのことではない。この本の「真の完成」と感動したポイントについて、順を追って書いていこう。

 本書の上梓は2022年4月30日。書店に並んでから実に一年以上が経過して私はようやくこの本を手に取った。「成功の黄金律」と銘打っているもののそんなものなど書かれていないことは、彼の人柄や著作を知っていれば容易に想像できる。知的に悪口を操る彼がそんなもの書いているわけがない。皮肉が大好物な私は期待値が爆上がりした状態でビジネス書のコーナーに向かった。ビジネス書をからかう本がビジネス書の棚に置かれるという皮肉。想像しただけでも愉快なものだったが、いざ書店で目にしてみると想像していた以上の興奮があった。百聞は一見に如かずというか、ビジュアルから来る刺激はやはり強いというか。他の本と同じように並べられている本の内容が異質であることを知っているのは自分だけだという優越感。なかなか人生で味わったことのないものだ。この本の読書体験のひとつの山場がここだ。

 買った足でそのままゆる学徒カフェへと向かった。すると驚いたことに堀元さんがいたのだ。ゆる学徒ハウス別館のイベントが関係していたんだかいなかったんだか、連日の睡眠不足でほぼ死に体だった私はよく覚えていない。ともかくそこで少しお話をして、本を買ったことを伝えたらサインを書いてくださった。体感で脳みそが4割くらいしか働いていなかったので特に気の利いたことも言えず、会話も微妙に噛み合ってなかったが数年ぶりに著者にサインをもらうということをした。このサインこそが『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』を「完成」させた訳だが、そのときの私は知るよしもない。

 本の中身は期待通り、ビジネス書界隈の混沌具合が生み出す真逆の教えで溢れかえっていた。一つのことをやり続けろ、一つのことをやり続けるな、誘いは絶対断るな、嫌なら断れ……。堀元さんは今回の執筆の様子を自身のチャンネルで公開していた。切り抜きチャンネルもあり、そちらで見ていた内容がいくつか出てきて「あっ、あのときのお前!久しぶりだなぁ!」という、懐かしい友達に会ったときのような感情があった。現代の科学では検出できない周波数の本はいつ見ても最高だ。
 読み進めていくと堀元さんが苦しみながら迷いながら書いていたことがよくわかる。基本的に、矛盾している教えを並べながら章ごとに纏まっているのだが、noteのときの切れ味がない。章の内容自体は纏まっているし章またぎで再びイジったりホリエモンと箕輪さんはことあるごとに掘り返していたり、堀元テイストは発揮されているのだが突き抜けるような満足感がない。
 とはいえ抜群に読みやすく、正確に測っていないが2~3時間で終わりまで読めたんじゃないだろうか。「本書は、現代アートである。」という水野さんが徹底的にイジり倒しそうなまとめで全27の教えは幕を降ろした。「感動」はここからである。
 なんとこの本、「あとがきにかえて」と「あとがき」がどちらも存在する。担当編集者に声をかけられた経緯、執筆状況を公開してよかったこと、ビジネス書を読みすぎてアレルギーが出た話、そして「ビジネス書のことばかり考えていたせいで自我がビジネス書に飲み込まれる前に……」みたいな文章で「あとがきにかえて」は終わる。そして「あとがき」では成功者堀元ハワイ・オワフ島から我々を最高にワクワクする人生への最後の後押ししてくれる。その下には堀元さんからもらったサイン「Dear Hibiya/The Magic of/Business Book/Ken/Horimoto」があった。これが単に表紙裏などに書いてあれば私は「感動」しなかったし、この本の「完成」を見ることもなかった。あとがきの最後にあることによって、サインは「売れない作家」堀元見のものではなく、成功者堀元見からのサインになるのである。言葉が、言葉以上の意味を持つとき、我々は感動してしまう。ビジネス書ベストセラーを100冊読むことによって成功者になった堀元見からのメッセージ。これがあって初めてこの本は「完成」するのである。

 こういう感動が強い刺激を持っているのは①目から飛び込んできて②瞬時に理解できるから、だろう。俳句という短い詩形ではままあることだが読書では初めてのことだった。書店に並んでいる様子やあとがきに書かれたサインを「読書」に括れるかわからないが。
 俳句関連の本は残して、それ以外は読み終わったらブックオフに持っていこうなどと考えていた。サインをもらってから「ちょっと売りづらくなったな」と思ってしまったがとんでもない。誰かが安価でこの本を手に取る機会が失われてしまうのは惜しいが、それでもこれは手元に残しておくべきだろう。著者への敬意と、希有な体験への感謝を込めて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?