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アドベントカレンダーのリサーチ

このたび、2021年のUX Research Advent Calendarに参加することになったのだが、そもそも私は「アドベントカレンダー」とは何なのかをそもそも知らないことに気づいた。ということで、アドベントカレンダーについて理解を深める記事を書くことにする。

アドベントカレンダーとは?

今回はカジュアルに英語版のウィキペディアを見て、一部を抜粋しつつ和訳してみよう。
(個人的には英語版のwikipediaの方が内容が充実していて好き。また、DeepLという翻訳サービスのおかげで捗り具合が加速している)

アドベントカレンダーとは、クリスマス(降誕祭)に向けてアドベント(待降節)の日数を数えるための特別なカレンダー。19世紀から20世紀にかけてドイツのルター派の人々が初めて使用したと言われている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Advent_calendar

なるほど。ちなみに、アドベント(待降節)とはクリスマスの前約四週間にわたって降誕祭に備える期間を指すとのこと(Macに搭載された辞書より。)(Macの辞書は「Cmd+Space」でSpotlightを起動して「dic」とタイプするとすぐ呼び出せるので便利)

なぜアドベントがあるの?

そもそも降誕祭に備える期間(アドベント)があるのはなぜなのか?が気になってきた。そこで、英語版のwikipediaで検索するとアドベントの説明のページもあることが分かった。

wikipediaによれば、アドベントは西暦480年ごろには存在していたらしいが、起源を確実に説明できるものはないとのことだった。説の一つとしては、西方教会において洗礼を受ける予定の人にその期間に断食を命じたことがあって、それが次第に変化してクリスマス(降誕祭)前の準備として習慣化していったとのことだ(超意訳)。そのような行いをすることで、デポーション(神への信仰)に繋がるという考え方があるようだ。

アドベントカレンダーの特徴

なんとなくアドベントがある理由がわかってきたところで、アドベントカレンダーの理解に話を戻すことにする。

アドベントカレンダーの形はさまざまだ。ただし、アドベントの日数を数えることが目的なので、各日に1つずつ窓のようなものが設けられていて、毎日一つずつ開けていくスタイルはほぼ共通している。窓を開けると、イメージや詩、物語の一部(イエスの降誕の物語など)、あるいはおもちゃやチョコレートなどの小さな贈り物が出てくる。

Advent Calendarのwikipedidaから引用

また、Googleで画像検索してみると、本型、ツリー型、家型、クローゼット型、人形などのさまざまなアドベントカレンダーが出てきて、なかなか面白い。もはやカレンダーといえるのか?というぐらいのものもある。

アドベントカレンダーは誰のUXのため?

こうしてアドベントカレンダーの画像検索の結果を眺めていると、子どもたちのクリスマス(降誕祭)に向けたワクワク感を醸成してくれる、子供たちのUXに配慮したプロダクトに見えてくる。もともとは純粋に日数を数えることで信仰を示す役割が主だったのかもしれないが、より良いUXのためにデザインが徐々に変化していったのではないか、と。

たとえば、小さな子供に対して「降誕祭があってね、それに備えた断食があったとされてて、それがいつしかアドベントになってね、大事な準備期間だから日数を数えて過ごすよ!」などと真正面から説明しても、子供にはピンとこないだろうし、まじめに日数を数え続けられる子供は少ないだろう。

一方、現代のアドベントカレンダーがあればどうだろう?「今日からクリスマスまでこの窓を一つずつ開けていくよ!」とシンプルに説明して渡すだけで機能しそうだ。子供がワクワクしながら一つずつ窓を開けていくなかで、おもちゃやおかしが出てくる楽しさもありつつ、降誕祭にまつわる物語を理解する機会も自然と得られる。何より日数を数え続けられれば、自然とデポーションにもつながることになる。

これは、親にとっても子供にとってもやさしいDesign for Advent UXといえるのではないか。アドベントカレンダーの今のスタイルを生み出した先達方は、子供の声にならない声をよく調べ明らかにしていた(リサーチをしていた)のかもしれない(たぶん)。

ちなみに、このような楽しさは子どもに限らず求められる話なのかも?とも思って調べてみると、Adult Advent Calendarなるものも出てくる。中にはお酒やおつまみなどが入っていたり、Diorのように化粧や香水、スキンケア用品などが出てくるものもある。やはり、大人のなかにも楽しみが欲しい人はいるようだ。

(脱線するが)ここまで調べてみてユーザブルセキュリティという分野を思い出した。この分野では、いくらセキュリティを機能的に高めてもユーザビリティ、つまり使いやすさが無ければむしろセキュリティリスクが高まる可能性を論じている。

なぜなら、機能を設定やメンテナンスするときのヒューマンエラーが増えたり、そもそもユーザーがセキュリティ機能の利用を避けようとしたり、非公認のやり方をバレないように使ってしまったりするためである。

もしかすると、アドベントカレンダーを作った人は、同じように信仰においてもやりやすさや楽しさも大事だと思っていたのかもしれない。

企画型アドベントカレンダーの不思議

さて、ここまでアドベントやアドベントカレンダーについて調べてきたが、その中で英語版wikipediaのAdvent Calendarのページには、私が今回まさに参加しているような「企画型アドベントカレンダー」の説明が登場しないことに気づいた。一方の日本語版wikipediaのアドベントカレンダーのページには、企画型アドベントカレンダーの説明がある。

もしかすると、日本の人が「このプロセスは面白いね、じゃあアレンジして活用してみようよ」と、もとのアドベントカレンダーの文脈とは関係なく、用語とプロセスとユーザインタフェースを転用したのかもしれない。

言い換えれば、アドベントカレンダーを脱文脈化をする(対象の特定部分を、そのもともとの文脈から切り離す)ことで、プロセスとユーザインタフェースの価値を再発見できたというか。思えば日本にはクリスマスやバレンタインデーなども、脱文脈化して自由に楽しんでいるようなところがある。そういうことが自然とできる背景が日本にはあるのかもしれない。
(質的データ分析において、データを切片化するなどして一度脱文脈化をしてから再文脈化をすることで隠れた文脈を事後的に発見しようとするプロセスがあったりする)

企画型アドベントカレンダーが脱文脈化しているとすると、もともとのアドベントカレンダーに馴染みがある人にとっては奇妙に映るのかもしれない?と思ったり。そういう人がいたら、ちょっとご意見聞いてみたい。調べていると気になることが次から次に出てきてしまうので、この辺で終わりにしようと思う。

おわりに

今回のUX research Advent Calendarの記事では、そもそものアドベントカレンダーについて理解を深めた。その中で、現代のアドベントカレンダーに至る背景には、アドベントの体験に関するリサーチとリサーチに基づくデザインがあったかもしれないことに想いを馳せた。

さらに、企画型のアドベントカレンダーが生まれた背景には脱文脈化によるアドベントカレンダーの「プロセスとユーザインタフェース」自体の価値の発見と転用があったのではないか?という考察をした。

とはいえ、この記事で引用した文献はwikipediaなのでエビデンスレベルが高いとは言い難いことや、考察に飛躍があることは否めない。さらに考察を深めるには、エビデンスレベルの高い一次情報を集めながら進める必要がある。あくまで企画型のアドベントカレンダーのためのエンターテイメントの一つとして笑覧くだされば幸いである。


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