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料理の苦しさを手放す勇気

世界中がコロナに飲み込まれて、家で仕事をしたり休日を過ごすことが、余儀なくされていた2021年。オンラインでのマンツーマン料理レッスンを始めました。今までご飯の準備は1日に1〜2回だったのに急に3回になり、休日外食を楽しんでいた分までも追加されて、多くの人が疲れ果てているように感じたことがきっかけです。


マンツーマンレッスンの名前は、「食べるの始末」。切ったり焼いたりという料理の前、料理への想い(ネガティブもポジティブも)から、食べ終えて明日のご飯につながるところまで、丸ごと関われたらいいなと思ってつけた名前です。
このレッスンに決まった内容はありません。ひとりひとり、ゆっくりお話を聞かせてもらいながら一緒に何をやっていくか相談していきます。途中で変わることもしばしば。料理のクラスですし、料理方法についてもお伝えしますが、一番時間を割いているのは料理をする前の部分。カウンセリングの要素が強いなぁと感じながらやっています。

このクラスを受けてくださる方は、オフラインのクラスやイベントに来てくださった方や友達の友達など、今までほぼ一見さんでした。それが先日全く初めましての方からお申し込みいただいたのです。体験レッスンだったのでほんの1時間ほどでしたが、レッスン中もその後のメールでのやり取りも印象的で、今後このレッスンをどうしていこうかと考える大きなきっかけになったので書き記しておこうと思います。ここではその方をHさんとして話を進めていきますね。

Hさんは夫と小学校低学年の娘さんの3人家族。娘さんが生まれてからは仕事はしていないとのことでした。
このレッスンにお申し込みいただいたきっかけを伺うと、「途方に暮れているんです」とのこと。そんなふうに言われたのは初めてでした。料理が苦手とかいう以前に、どうして自分は料理を苦痛と感じているのかわからなくて困り果てているという感じ。混乱しているその「苦痛」の理由を解きほぐすことからスタートです。

Hさんから語られたのはこのようなことでした

①料理は嫌いではないが、下拵え(特に水を使う作業)に苦痛を感じる
②自分自身は粗食で娘もそれに満足しているが、夫に申し訳ないという気持ちから自分は食べないものを作ることが辛い
③健康に関しての情報に敏感で有機や無農薬など食材にこだわりがあり、現在はヴィーガンに移行中
④出産前に共働きをしていた頃は夫と家事を分担していたが、今は専業主婦のため協力してほしいと上手く伝えられない

苦痛に感じているほとんどのことは、実際に切ったり焼いたりする以外のこと。食べるの始まりから終わりまでが100とすると、前半の80が苦痛で後半の20はそんなに辛くないんです。これこそ食べるの始末だなぁと感じながらお話を聞かせてもらいました。

一つ一つのトピックを少しずつ深掘りしていくうちに、Hさんが完璧主義であること、完璧を求めるがあまり、理想の自分像が明確すぎるあまり、ひたすらできない今の自分を責め続けていることが分かって、私まで胃がずんと重くなるような苦しさを感じてしまいました。娘さんが毎日元気に学校に通っているのも、夫が毎日遅くまで仕事できるのも、家のことをHさんが切り盛りしているからです。十分にやっているのに。

①「冷蔵庫の小松菜が干からびていくのをただ眺めることしかできない自分が嫌なんです」

Hさんが他の人とちょっと違うのは、水仕事を嫌悪しているところ。とにかく食材を水で洗うこと、濡れた食材を切ったりすることが嫌で嫌で仕方ない。冷蔵庫の小松菜を食べたい気持ちはあっても、調理する前に洗う作業があると思うと思考が止まってしまうのだそう。生野菜が好きで積極的に食べたいけれど、野菜を洗う工程を考えると気が滅入ってしまう。短い時間の中でその根っこまで追うことはできませんでしたが、この嫌だという気持ちを数日や数ヶ月で治すことは難しいということだけはわかりました。

②「私や娘は納豆と梅干し、ご飯に味噌汁があれば十分なんです」

Hさんはそもそも少食で、たくさんおかずを作っても自分はそれを全て食べることができません。平日の夕飯はほぼ娘さんと2人で食べていますが、育ち盛りの娘さんもおかずを色々食べたいタイプではなく、納豆とご飯と味噌汁があれば大喜びなのだそう。聞けば夫からもおかずが少ないと文句を言われたことはないというじゃないですか。
それでもHさんは、一汁三菜のような食卓でなければならないという強い思い込みを手放すことができず、娘さんにも夫にも罪悪感を持ち続けているんです。

③「有機や無農薬の野菜がいいので、普通のスーパーで買うしかないとなると何を選んだらいいのか分からないんです」

実は私自身もヴィーガンやオーガニックについて学び始めた10数年前、似たような状況に陥っていたのでその気持ちはよくわかります。まさに陥っていたから。そこを抜けて今は、その視野の狭さこそが不健康のもとだと感じています。完璧主義だからこそ、正しいを追い求めてしまう。自分の正しいと決めたこと以外を受け入れられなくなってしまう。そうなると良いと思っていたものに縛られて苦しくなってしまいます。美味しいや楽しいが二の次になってしまうのは悲しい。

④私と娘のために夜遅くまで働いている夫に休日まで家事を頼めないという思いと、私だって毎日やっているんだから休日くらいという思いの板挟みなんです」

Hさんは優しい人です。家族をとても大切にしています。だからこそ板挟みになって苦しんでいました。でも聞けば夫さんも家事には協力的だというじゃないですか。終始夫さんを否定的に話すことはなかったし、Hさんの話からも夫さんはHさんの苦しみを助けたいと感じていることが伝わりました。なら大丈夫。


絡まった苦しみの糸を全てほぐすには時間が足りませんでしたが、こうしたら少し楽になるんじゃないかな?という糸口は見えてきました。

①料理の工程の中でやりたくないことは「水洗い」と「濡れた食材を調理する」ことだから、それは夫か娘にやってもらえばいい。
②おかずの品数やお肉やお魚を毎日食べたいかについて、一度夫さんときちんと話をしたらよい。お昼は外食だから、家での食事にそこまで求めていない可能性は高い。
③一人で買い物に行くから正しいに囚われて判断ができなくなる。なら家族と一緒に行って食べたいものを選んでもらったらいい。
④平日は帰りが遅い夫さんも休日は積極的に家事を手伝ってくれるのだから、Hさんが苦手なことは週末に夫や娘にやってもらえばいい

私がHさんに提案したのは、

・週末に家族で1週間何を食べたいか会議をする。
・会議の後にみんなで買い物に行く。買い物先で新たに食べたいものが見つかったら変更してももちろんOK。
・帰ってきたら洗う、切るまでの下拵えは夫と娘さんにやってもらい、それぞれ保存袋にしまっておく。
・切った野菜は日が経つと変色したりヘタったりしてしまうので、買い物から2日間くらいは生で、その後は炒めたり煮たりして食べる。(Hさんは下拵えが苦手なだけで調理は嫌いではない)
・週の途中で食材が切れてしまったら、下拵えのいらない缶詰や冷凍野菜に頼る。玄米と味噌汁にこだわらず、パスタや焼きうどんなどにすれば満足感は案外変わらない。
・頑張りすぎない。梅干し、納豆、ご飯とインスタントの味噌汁で済ませる日があってもいい。


みんなで献立を考えてみんなで買い物に行くという発想がなかった。そう言って目を丸くした後、「それすごく楽しそう!」とニコニコしているHさんを見て少しホッとしました。ほんの数分前まで本当に苦しそうな表情をしていたから。さっそく夫と娘にもその提案をしてみますといって、1時間の体験レッスンは終了しました。

翌日Hさんから早速メールが届きました。そこには「週末みんなで買い物に行くという提案を娘がすごく喜んでいること」「夫が娘と一緒に下拵えをするのが楽しみだと言ったこと」「おかずが少ないことを夫は特に気にしていなかったこと」「毎週末家族で一緒にすることができてみんながハッピーだ」ということが書かれていました。
Hさんが悩んでいることは、少なからず夫さんも気づいていただろうし、ママの辛そうな顔を娘さんも心配していたのだろうと思います。2人ともHさんに協力したかったし、家族みんなで何かに取り組むこと自体、楽しいことですよね。日々のごはん作りが一人で苦しいことから、みんなで楽しむものになったことはものすごく大きな変化です。メールをもらった私も飛び上がるほど嬉しかった!


気づきました?この1時間のレッスン中、切り方や炒め方、調味料の組み合わせ方なんて何ひとつ話していません(笑)。料理のハイライトは包丁や鍋をもっている時かもしれませんが、日々のごはん作りの中でそこに割く時間はそんなに多くないんです。
料理する前には何を作るか決めなくちゃならないし、何を作るか決めるためには今家にあるものを把握していないといけないし、足りないものがあれば買い物に行かなくちゃならない。何より今日どれくらい料理に時間や気持ちを割くことができるか、自分自身の状態を知っていないと食べる頃には疲れ果ててしまいます。食べるの始末には、想像するよりも多くのことが含まれているんです。
料理が苦手だ、料理するのが辛いという方も、自分が何に躓いて何をやりたくないと思っているのか、案外知りません。ひとりで探すことは難しいけれど、かといって普段それを誰かとじっくり話すことも少ないですよね。料理がただただ楽しい私みたいな人はいいんです(笑)。ただ生きていく上で逃れられない、食べることとそれに付随する作ることが常に苦しいだなんて、勿体無いじゃないですか。どうせなら少しでも楽しい方がいいなって思うんです。全部が楽しくなくても、ここはできるぞって部分を見つけられたら苦しみを手放すことができるんじゃないかな。


料理するのが辛いです!やりたくないです!と誰かに伝えるのは勇気がいります。それが女性で、結婚していて、子供がいると尚更です。それでも今回Hさんは、料理の苦しみを手放す勇気を出して、私に話してくれました。それだけでもう最初の壁は超えたも同然です。その後はその人のペースで小さな望みをひとつひとつ叶えていったらいい。
食べるの始末」はこんなふうにひとりひとりに寄り添うレッスンです。ご興味がある方はぜひお問い合わせください。もしくは近くのお友達とお茶でも片手に、「ねぇ、料理で悩んでることない?」なんて小一時間ほど話してみてください。料理の苦しみを手放すと、これでもいいんだ!と暮らしがより心地よくなりますよ。





















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