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にぎやかな静寂

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S38年生まれの低空飛行モノカキがのんびり語ります。
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2023年6月の記事一覧

田中さんは山田さん(仮名)かTさんかAさんか。

田中さんは山田さん(仮名)かTさんかAさんか。

怪談本には体験者の名前を別の苗字などを使って(仮名)としたり、アルファベットのイニシャルで書かれたものが多いのはご周知のとおりですが、双方にそれぞれの味わいがあり、どう書くかはつまるところ書き手の好みなのだと思っています。そのどちらかに統一されている作家さんもいれば、作品(本)によって書き分けている作家さんもいらっしゃると思います。
また読者側にも、どちらの方が好みだとか、内容にすっと入り込めると

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掌編小説 猫 (2)

掌編小説 猫 (2)

 まさか苛めているとは思わなかったが、気になって近づいた。
 お姉さんは私に一瞥をくれ少し微笑んだように見えたが、すぐに視線を下に向けた。
 お姉さんはしゃがんでスカートの両端を摘み、ハンモックのようにして二匹の仔猫を包んでいた。
 お姉さんの視線は仔猫に向けられていたが、仔猫の可愛さに心を奪われているという風でもなく、なにも見ていないような、目の前の仔猫ではないなにかについて深く考えているように

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掌編小説 猫 (1)

掌編小説 猫 (1)

猫  

一匹の猫が公園のベンチに寝転んで毛づくろいをしている。
「今日の午後からまた台風が来るぞ。安全な場所に隠れるんやぞ」
 ほんの一週間ほど前にも大型の台風がきたばかりだ。怖い思いをしたはずだから猫とてそのことを忘れてはいまい。
 すると、猫は案の定余計な心配だとでもいいたげに、曇り始めた空を見上げて大きな欠伸をひとつした。
 猫の、欠伸の前の一瞬の、泣き笑いのように見える表情を見たとき、私

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