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「何者」(浅井リョウ)

12月11日、月曜日。

昨夜、生きる意味とか、人生の問い系の沼にハマってしまい、ぬかるみの中で朝を迎えました。

月見です。

さて、本日は読書記録。

浅井リョウの「何者」

言わずもがなの有名作品ですね。一応あらすじ載っけときます。

▼あらすじ(新潮社サイトから引用)
就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから――。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲中の隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えて……。直木賞受賞作。

▼感想 ※やや結末の匂わせありです

私はどう考えても拓人でした。そして今も拓人です。悔しい!悔しい!悔しい!

それが第一印象。

真っ直ぐに何かに立ち向かう勇気がないだけ。

なのに、世の中を斜め上から見て生きている気分になっている。

本当は、下の下の下にいて、馬鹿にされることさえない、興味さえ持たれない人間だというのに。

この本では、拓人にもこの先明るい未来がありそうな予感を漂わせる、打ちのめされた読者に救いを与えるような結末ではあったけれど、

現実のその後はどうだろう。

とりあえず受かった企業に就職して、そこでも真っ直ぐに出世を目指す勇気はない。でも窓際になる勇気もない。

力んでいない風に見せて、そこそこ仕事出来ると思われたい。

ずるくて、ダサい自分と重なりすぎる。拓人と重ねているのが申し訳ないくらい、不甲斐ない。

人口の中の割合で言ったら、やはり拓人が断然多数派なのだろうか。
だからこそ、これほど話題になったのかな、とも思う。

でも私の大学には、次点で光太郎と理香が結構いた気がする。

この本は、拓人タイプじゃない人が読んだらどういう感想になるのだろう。

「私はこっちだ」って思うのかな。理香(もどき)は思う気がする。

そういうところも、やっぱり私は拓人なんだ。

はたして、浅井リョウはどのタイプなんだろう。

この様々なタイプの人間を俯瞰して書けるのは、どれでもない、神のポジションではないか、とすら思った。

でも希望としては、やはり拓人であって欲しい。拓人界の一番星であれ。


今年の反省、来年の抱負など、自分と向き合う時間も多い年末向きな本かもしれません。

皆様の明日が良い日となりますように。

以上、月見でした。

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