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魔法の街に愛を込めて

「この街から出ていきたいってほんと? こんなに魔法でいっぱいの街なのに!」
 私が外の世界に行きたいと言うと、外の世界から来た人たちはみんな同じ言葉を口にした。
 私が生まれた街には魔法がある。科学が発展した現代に存在する、科学とは違う文明を持つ私の故郷。呪文を唱えれば花が咲き、魔法の紋様からは水が湧き、魔法の道具で家事をこなす。
 ニューヨークのような煌びやかな摩天楼はない。ここにあるのは柔らかな魔法の明かりが灯る街灯と、そう高くはない建物が続く煉瓦造りの街並み。
 東京のような車や電車が行き交う交通網もない。ここの住民は歩いて買い物に出かけ、時には空を飛べる魔法を使い、人々の足音と話し声だけが聞こえる街中で日々を過ごす。
 有翼人が空を舞い、ユニコーンが草原を駆ける。それがこの街で見られる当たり前の景色。私が外の世界に夢を見たあの日から幾度となく過ぎ去ってきた日常の風景だ。
 そんな街から外へ行く日を、私はここで待っている。

「外の世界にいっちゃうの? まだまだたくさん面白そうなことがあるのに」
 魔法の世界で生まれ育った友人は、髪の間から尖がり耳を覗かせながら言った。
「フレイム!」
 恐ろしい角の生えた悪魔が、かざした手から炎を放つ。
「まだお喋りの時間は早いんじゃないかのう、ふたりとも」
 私よりもずっと長く生きているドワーフが、私よりも小さな身体で大きな斧を振り回しながら言う。
「ごめんね、今行く!」
 尖がり耳をしたエルフの友人が、ゴブリンの群れと戦う二人の元へ駆けていく。
 私も後を追いかけて、手に持った杖を目の前にいる敵に向け魔法を唱えた。
「親愛なる風の精霊よ、あいつらを倒して! シルウィンド!」
 私の頬を優しく撫でた風は渦を巻きはじめ、周りにいた魔法の生き物をなぎ倒していく。この街でしか経験できない小さな冒険の時間。もっと魔法が使えるようになれば、もっと強い敵と戦えるし、もっといろんな冒険に行ける。
 けれど私は外の世界に夢を見た。

「この街の外に行くの? 魔法が大好きだって言ってるのに」
 私に向けてそう言った少女は、眠った後の夢の世界だけで会える友人だ。
 もし彼女が現実の世界にいても、きっと私たちはおばあちゃんになってもお喋りをする仲になっていただろう。学校の宿題で一緒に悩み、休日には可愛いお菓子を食べに行き、行ったことのない場所に旅行にいく。そしていつかその日々を思い出し、楽しかったことを話しながら笑いあうだろう。魔法の街で一緒に過ごした、かけがえのない友人として。
 でも私が外の世界に行けば、そんな未来もなくなってしまう。夢の中でしか会えない親友にはもう会えなくなる。この街にしかない魔法と同じように。
「会えなくなるのは寂しいね」
「二度と会えなくなるわけじゃないから」
 別れは辛い。大事な友人との別れも、魔法との別れも。だけど私は前を向く。
「みんなにも止められてるでしょ」
 私は頷く。
「それでも――」

「それでも私は、外の世界に行きたいんだ」
 この街が好きだ。私を育ててくれた街だから。この街が大好きだ。私にたくさんの素敵なものを見せてくれた、大切な人たちがいる街だから。
 だけど私は胸を張って答える。この街から外に出たいと。
 この街で生まれたからこそ、気付いたことがある。外の世界の人たちが魔法という名の夢を見るように、この街の外にいる多くの人々が気付かない、科学という名の素敵な魔法があると。
 まだ知らないたくさんの知識と景色に満ちた世界に、私は行きたいのだ。
「電車も車も飛行機も、私にとっては魔法の道具なんだ」
 私がまだ幼かったころ、科学と呼ばれている不思議な不思議な魔法の話を聞いたときに生まれた、夢という名の宝物。今でも心の中にある宝物を大切に抱きながら、私は笑顔で答える。お世話になったこの街へ、私の気持ちが届くように。頭に描いたあの景色に、いつか手が届くように。
「だから私ね、『魔法の国』に住んでみたいの」
 私に夢を見せてくれた、魔法の街に愛を込めて。

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