「この人と話そう」第0001回:合同会社リバタス/田中由利子さん
前書き
連載対談「この人と話そう」について
主催者紹介
野口 啓之
株式会社きみより 代表取締役として、IT / DX を中心とした何でも屋さんとして顧問を請け負う
一般社団法人全日本ピアノ指導者協会 ( ピティナ ) 本部事務局 元 CTO → 現 IT 顧問
ネオプラグマティズムの思考様式をベースとしつつ、歴史学徒として概念史を嗜みつつ、ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの教育論研究を終生のテーマとする
2024 年始になってようやく『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を始めた
対談者紹介
田中 由利子
合同会社リバタス
食品メーカーの購買部で膨大な書類の管理に Excel でマクロを組んで奮闘していたところ、FileMaker と出会う。
「自分がマクロをツギハギして作っていたシステムがこんなにきれいに作れるなんて!」と衝撃を受け、FileMaker 関連の仕事がしたいとシステム開発会社に転職。
その後、合同会社リバタスとして独立。受託開発、共同 PJ への参加が主な業務。
会社の紹介について
野口 啓之 ( 以下、野口 ): 対談連載企画の 1 回目に出ていただき、ありがとうございます! 本日はよろしくお願いします。まず最初に、簡単に自社紹介をおねがいできますでしょうか。
田中 由利子 ( 以下、田中 ): よろしくお願いします。弊社リバタスは、もとは夫婦で営んでいるサイドビジネスのために作った小さな会社でした。ただ、それまでの事務職を辞してシステム開発に専念することを決めたときに、リバタスにシステム開発部を新たに作りました。
野口: あ、そうなんですねー、それはなかなか珍しいパターンですね。社名の由来などはどういったところからなんでしょう?
田中: 自由になりたい/自由にしてあげたいという願いからです。もともと私は食品会社の購買部で働いていて、注文書の作成や納品書の処理など、ルーティンワークをしていました。その事務仕事がとてもつらかったんです。そういったつらい業務を解放して、本来やりたい仕事に集中できるような環境を顧客には提供したいと考えています。
FileMaker との出会いから転職まで
野口: 今、御社では FileMaker 開発をメインにされていますけれど、じゃあその食品会社の方でも FileMaker は使われていたんですか?
田中: いえ、ひたすら某表計算ソフトでした。別部署で FileMaker を使っていたところは細々とあったんですけれど、私がいたところでは導入されていなくて、マクロを使って RPA チックなことをやっていましたね。また、基幹システムはすごく古いもので、何十年も前からの……
野口: ああー。メインフレームですかね?
田中: はい、IBM の AS/400 だったと思います。
野口: 定番の!
田中: なので色々と大変で……現場レベルで継ぎ足し継ぎ足し、修正しながら使っていました。私はずっと、与えられた環境の中で最善を尽くしているけれども、もっと良い方法があるはずだと思っていました。
野口: 食品会社にどのくらいいたんですか?
田中: 10 年ちょっとですね。
野口: なるほど、それじゃあ会社の中のことはだいたいわかってきて、その後のキャリアにも迷われ始めたようなタイミングで。
田中: ただ最初は転職なんて夢にも思っていなかったんですけれど、鬱々とした思いを抱えていた時、親戚から FileMaker っていうアプリケーションがあるんだという話を聞きつけまして。FileMaker を使って、介護用の管理システムを作ろうとしているのだと。
野口: おお。
田中: そこから興味関心を持って調べるようになり、無料評価版をダウンロードしてみたらとても使いやすいということがわかりました。そこからさらに FileMaker のセミナーにまで行って、講師をやっていらっしゃる開発会社の方の質問時間をいただいて、いろいろと学んでいきました。
野口: セミナーで終了後に質問攻めにする熱量、すごいですね! 特に FileMaker の中でも、どの部分が刺さったんですか? GUI ベースでユーザーインターフェースが構築しやすい、というのはもちろんあったと思いますけれど。
田中: リレーションシップですね。
野口: そこですか!
田中: そこです! FileMaker でのリレーションのしやすさや、関連テーブルの作りやすさが一番気に入りました。私が、これこそデータベースと呼ばれるものなんだと気づいた瞬間でした。
野口: めちゃくちゃ珍しいですね。FileMaker の中でも RDB ( リレーショナルデータベース ) の部分って、「わかりにくい!」って言われちゃうようなところだと思うんですけれど。この時点では RDB なんてまったく知らなかったわけですよね?
田中: そうなんです。
野口: やー……それは……現場の最前線でギリギリのところまで戦い抜いたことによって磨かれたセンスがあったからこそですね! 凄絶な経験をされてきたんだろうなと想いを馳せてしまいました。
独立に至るまで
野口: 転職先の介護システムを作られていた会社には、何年くらいいらっしゃったんですか?
田中: 2 年くらいですね。
野口: そこで FileMaker の開発経験をつけられてから、今度は独立されるまでの経緯についても伺えますでしょうか。
田中: 会社の方で FileMaker 開発以外のプロジェクトが複数進んでいるタイミングのことです。介護システム以外のものを作ってみたい、もっといろんな人と一緒に働いてみたいという気持ちが強くなりました。自由に自分の面白いと思う仕事に携わったり、尊敬できる方と一緒に働きたいと思ったんです。
野口: なるほど。
田中: このあたりが「自由になりたい」につながりますね。なので、社員を雇って会社を大きくしていくというのも、少し路線が違うかなと思っています。
野口: わかります、わかります。弊社もまったく同じで……社員を雇用するとなると、どうしても不自由さが多くなってしまいますからね……もちろん、未経験の方を雇用して育成していくことは、社会的な公共善であって、そこに寄与できない申し訳なさもあるのですが。
技術選定とリスクヘッジ
野口: じゃあちょっとここからは、技術的なお話に少し舵を切りまして。
田中: はい。
野口: FileMaker 開発において FileMaker Server は欠かせませんが、今はどちらにデプロイされることが多いですか?
田中: 今はもっぱら AWS ( Amazon Web Service ) です。
野口: あ、そこ一択なんですね。AWS にこだわる理由って何かあるのでしょうか?
田中: というか AWS しか触ってこなかったんです。たしかに GCP ( Google Cloud Compute ) を始めとして色々な選択肢がありますけれど、他サービスへの学習コストを割くことが今までは難しくて……。
野口: なるほどー。でも今、AWS で FileMaker Server 運用していると、為替のこともあってお高くつきますよね。通信にも従量課金されますし、近日中に IPv4 のグローバル割り当てでも課金されるようになるとかで。
田中: コストはかかりますよね。
野口: 複雑なことをしないのであれば、シンプルに国内ベンダーの VPS を借りてしまった方が安いというのは確かです。
田中: AWS 以外でおすすめってありますか?
野口: フルマネージドで万能選手なクラウドサービス、例えば AWS や GCP に Azure に Oracle Cloud などなど、これらはどこも外資系ベンダーですから、まずこれらを使うと為替リスクを考慮しなければなりません。
田中: そうですね、重要です。
野口: あと Alibaba Cloud などは地政学リスクも考えて避けざるを得ないところもありますね。
田中: なるほど。
野口: もちろん、オフィスビル内に筐体置いてっていうのも今や大変ですし、データセンターで個別に借りてっていうのも何かと保守が大変なので、それらを考えると FileMaker Server ならやっぱり VPS で動かしておくくらいが無難なのかなあとは思いますね。
田中: そうなんですね。
野口: 日本企業を応援したいっていうのもありますが。デジタル庁に、さくらが採用されたというのもありましたね。いずれにしても今の時代、どこか特定のベンダーなり何なりに全依存してしまうというのは、苦しいですよね。頼っていたものが倒れた時にどういう逃げ方ができるか、次善策を持っているか、外部の環境要因で躓いてしまっても、どうやって自前のビジネスを回していくことができるか……諸々のリスクヘッジとして、さまざまに選択肢に持ちながら動いていかないといけないと思っています。大変ですよねえ。
田中: それでいうと FileMakerへの依存というのも……。
野口: ロックインされますよね。代替手段がなかなかない。たとえば Salesforce とか Kintone とかって、触られたご経験は?
田中: いえ、FileMaker だけで。
野口: FileMaker 使っていると、FileMaker 以外を使う動機が生まれづらいですよね、便利すぎて。
田中: 少なくとも業務系システムを作る上では何でもできますよね。コスト的にも優位性が高いです。
野口: もともと CTO で、今は IT 顧問をしている全日本ピアノ指導者協会 ( ピティナ ) でも、FileMaker ロックイン問題というのは十年来の懸念でして。OutSystems とか ServiceNow とかに始まり、ブラウザベースのサービスも、ほんとうに山のように触って試してきましたけれど、クリティカルに代替手段になるようなものが全く見つかりませんでした。……やっぱり、お値段のこともあって(笑)
田中: FileMaker は高くなったって言われがちですが、まだ競合と比べると安いですよね。
FileMaker に期待していること/FileMaker が棄ててきたこと
田中: FileMaker はあとは、toC 向けのアプリケーションが作れるようになると嬉しいです。
野口: いや、本当ですよね。FileMaker Pro まではよいのですが、WebDirect ということになってくると、途端に同時接続数でお高くなり……。
田中: 一般向けのアンケートフォームのようなものが FileMaker で作れたりすると助かる場面が多々あって。Claris Studio にはそのあたりで期待していますが……。
野口: Claris Studio も……FileMaker Pro で作った UI をそのままデプロイできるようなものであればよかったなーと思うのですが……というか、昔はパフォーマンスに難あれど、できたはできたんですよね。田中さん、インスタント WEB 公開 ( IWP ) ってご存知ですか?
田中: え? いえ、知らないです。
野口: 今の WebDirect の前身なんですよ。同じく FileMaker Pro で作った UI をそのままデプロイできます。で、重要なのが、IWP では同時接続数ライセンスの制約がなかったので、セキュリティについては担保しなくてはなりませんが、誰でもアクセスができるものでした。
田中: なんと。そんな便利なものが。
野口: ただパフォーマンスは本当に厳しくて。で、それをパワーアップさせて、よりリッチなことができるようになるのが WebDirect だー! って、もう十年も前の FileMaker カンファレンス ( 現 Claris Engage Japan ) のキーノートで、ものすごく大々的に主張されていたのを聞きまして。
田中: おおー。
野口: そのときは熱狂したわけですが……。蓋を開けてみたら、制約が厳しくなって、求めていたものとは別の方向性に行ってしまったという。
田中: 悲しい……。
野口: FileMaker はおおむね嬉しい進化を遂げてきてくれているものではあるものの、こういった悲しみポイントもそこそこあります。
田中: 他にもあるんですか?
野口: FileMaker Go の Android アプリを出す出す詐欺とか(笑) 最初の数年くらいは出す予定だったみたいですが、最終的には Android 民は WebDirect を使ってくれと言われてしまった。
田中: そんな……。
野口: あと近年だとランタイムソリューションの廃止も大きかったですね。
田中: ランタイム?
野口: FileMaker の 18 までは、FileMaker Pro を使わなくても FileMaker Pro で作成したアプリケーションをコンパイルして配付することができたんですよ。
田中: え! そんな便利なことがあったんですね!
野口: ピティナの、ピアノのコンクール運営において、採点集計のシステムを FileMaker Pro で作っていたのですが、全国各地 100 箇所以上、それぞれのところでは年に一回とかの頻度でしか使わないようなものなんですよ。だから、FileMaker Pro ライセンス買ってもらうっていう規模感では全くないので、ランタイム版を二十年くらい重宝していました。それがダメになってしまったので、それについては結局 Vue + Nuxt ベースで作り直して……苦労しています……。
田中: なんか、野口さんが先ほどからお話しされていた「依存は怖い」というのって、やけに生々しい感じで聞こえるなって思っていたのですけれど、本当に実体験に基づいていたんですね……。
野口: そうなんです! もう、血まみれですよ、通ってきた途は(笑)
田中: (笑)
気づきを集めることが好き
野口: 話しすぎてしまった気がする。またちょっと質問する側に回りますね。今って、前々職と比べれば開発にあたれる時間がたくさん増えたと思うのですが、やっぱりおしごとの中でも好き嫌いってあるんじゃないかと。特に好きなことって何かありますか?
田中: 何より「気づきを集める」ということが好きです。
野口: おおー。そのこころは。
田中: 特に、いろんな人と仕事をすることが好きです。そうすることによって、それぞれの人が持っている開発ルールの違いやこだわりといったことを学ぶことができます。
野口: そういえば、最近の Qiita アドカレ記事でも、開発ルールについて書かれていましたね!
田中: はい! こちらですね。
野口: なるほど、そういった背景であの記事が書かれていたとは。違いを知ることは重要ですよね。
田中: はい、非常に特徴的な開発ルールを持つ人もいます。そうした経験を重ねる中で、たとえば DRY 原則については、それもそれで重要なのですが、とはいえ厳格に適用しすぎず、コード全体の可読性を高めることも大事だと学びました。
野口: そうなんですよね、自分も「●●原則」の「原則」は、知っておくに越したことはないけれど、その原理主義者になってしまうのはちょっと違うかなという立場です。
田中: DRY 原則が絶対正しい! と思ってしまっていた時期も初期の頃にはあって。でも、別のプロジェクトで初めて一緒にお仕事をした方からは、時には DRY 原則を崩した方が、第三者からは読みやすいコードになるよと教えていただいたことがありました。
野口: すごくよくわかるお話です。
田中: 今は、複数の開発者さんの考えから取捨選択して、自分の開発思想というものを形成しているところです。
自社サービスを持つかどうか
野口: 今は、主に受託開発をされているんですよね。
田中: はい。
野口: 受託以外に、自社サービスのようなものを作って展開したいという願望とかってありますか? たとえば SaaS などで。
田中: うーん、どうでしょうか。今は難しいように感じています。逆に野口さんはどうですか?
野口: 同じくです。今の世情からすると、小企業で SaaS のようなものを展開するのは、かなりの逆風だと思います。
田中: というと?
野口: そもそも 2010 年頃からのこの十年間って、人々が「サブスクリプションやクラウドのサービスが、永遠に続くものなんかではまったくない」ということを学んだ十年だったと思うのですよね。
田中: たしかに。
野口: 大手サービスですら、一時期は「無制限」を謳っていたものを次々と撤回したじゃないですか。Google ドライブやら Amazon ドライブやら。それから電子書籍サービスがクローズするとか、最近だと安室奈美恵さんの曲が聴けなくなったとか。結局、所有権でなくてアクセス権に過ぎないということをまざまざと思い知らされている。
田中: そうですね。
野口: となると、大手ですらそんなありさまなんだから、小粒な企業では「このサービスは継続しますよ」と言っても説得力が薄いですよね。本気でやるなら VC からいくら資金調達してー……みたいにゴリゴリに動くようでなければ……。それか、大手では絶対やらないようなニッチなところで勝負するかですよね。
田中: やっぱり中小企業はニッチな分野で。
野口: ということで、弊社でも SaaS の展開みたいなことは考えないようにしています。
田中: 本当に、継続性が問われるようになってきていますね。……さっきからのお話でいえば FileMaker も……。
野口: はい、FileMaker も継続していただけるように、私たちが踏ん張らないと!
田中: ですね!
後書き
野口です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
事前のミーティングでトピックを決めず、出たとこ勝負でいきましょう! という感じで第一回目が始まりました。
そもそもこの対談でお話しするのが、田中さんとの口頭会話の三回目という段階であったものの、こうしたノリが全然許される気安さがあり、とても楽しく二日間にわたりお話しすることができました。
第一回目ですので、どれくらいの分量にまとめたらよいものかも様子見つつで、ここに掲載できていないような秘蔵話もたくさんあり……いつか公開できる日が来るのかどうか……?
あるいはまた田中さんには年月をあらためて再登場いただけたら嬉しく思っています。
それまで長らくこの連載を続けなくては……
また、田中さんによる楽屋裏記事もありますので、こちらもあわせてご覧いただけたら幸いです!
田中さんによる楽屋裏記事
記録
対談日
2023/12/08
2023/12/15
GitHub 上でのファイル
https://github.com/Kimi-Yori/TalkWithThisPerson/blob/main/articles/0001.md
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