#雑感 最判令和3年11月2日・判例評釈(超速報版)
評釈論文
<2022年3月29日追記>
・栗田昌裕「本件判批」法学教室499号101頁
・金丸義衡「不法行為における短期(主観的)消滅時効の起算点」(新判例解説Watch・民法(財産法)No225・リンク)
<2022年12月5日追記>
・金安ニ「本件判批」法学セミナー809号126頁
・船所寛生「本件判批(時の判例)」ジュリスト1575号123頁
<本文>
最高裁判所は、令和3年11月2日、不法行為に基づく損害賠償請求権の訴訟物の考え方について重要な判断をしました。交通事故訴訟に携わる実務家や保険会社の方にとっては最注目の判例かと思います。また、おそらく、有斐閣の令和3年度重要判例解説(時期的にギリギリなので令和4年度かもしれません。)の民事訴訟法パートに掲載されるものと思われます。
私は、法領域でいうと特に会社法・不法行為法に関心があるので、非常に興味深く読みました(なお、ジャンルでいうと、システム・アプリ開発、ベンチャー企業法務等に興味があります。)。今回は、詳細な文献リサーチはせず、速報的な雑感を記載してみたいと思います。当日公開を目指しましたが、別件があり、間に合わなかったのが残念です……
Ⅰ 本判決(最判令和3年11月2日)の意義
上記をより敷衍しますと、最高裁令和3年11月2日判決(以下「令和3年判決」といいます。)は、「ひとつの交通事故といえども、①物損と②人損はそれぞれ、被侵害利益が異なるため訴訟物は別であり、短期消滅時効の起算点も各別に判断される」と判断した点で意義がある判例です。そして、消滅時効期間については、本判決が民法724条の2に与える影響はなく、物損は3年(民法724条)・人損は5年(民法724条の2)でほぼ確立したと評価してよいでしょう。
Ⅱ 事案の概略
平成27年2月26日:交通事故発生。本件車両が損傷し、被害者は頸椎捻挫等の傷害を負った。
平成27年8月13日:被害者は、加害者を知った(争いなし)。
平成27年8月25日:被害者の症状固定。
平成30年8月14日:被害者が加害者に対して、①物損(本件車両損傷)と②人損の各損害の賠償を求めて本件訴訟を提起。
大阪高等裁判所は、 令和2年6月4日、要旨、次のとおり判断して、加害者の短期消滅時効の抗弁を排斥し、本件車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を含めて被害者の請求を一部認容した。
Ⅲ 判旨
Ⅳ 解説
■1 はじめに
本件は、「ひとつの交通事故といえども、①物損と②人損はそれぞれ、被侵害利益が異なるため訴訟物は別であり、短期消滅時効の起算点も各別に判断される」と判断した点で意義がある判例です。
本判決を、次の順で検討することにします。
・損害の分類
・不法行為に基づく損害賠償請求における訴訟物の数
・昭和48年判決以降の裁判例の状況
・本判決の意義と若干の私見
■2 損害の分類
損害の分類方法には、いくつかの観点があります。
・財産的損害と非財産的損害
・積極損害と消極損害
・履行利益と信頼利益
今回は、上記の図の分類を前提とします。
■3 不法行為に基づく損害賠償請求における訴訟物の数
(1)はじめに
一般に不法行為において、「原告が不法行為として主張する加害行為が異なったり、被侵害利益が異なった場合には、その数に応じて訴訟物は異なる」と理解されています(窪田充見編『新注釈民法15』(有斐閣、2017年)836頁[竹内努])。
しかし、交通事故の場合、加害行為は同一でしょうが、次にみるとおり、被侵害利益をどのように数えるのかにより、いくつかのパターンが生じることになります。それにより、訴訟物の考え方も異なります。
(2)交通事故訴訟の訴訟物
次の図と学説は、高橋教授のご説明を整理したものです(高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版』(有斐閣、2014年)・255頁より)。なお、①〜④は、①物損、②積極損害、③消極損害、④慰謝料の意味です。
A説は、①物損/②積極損害/③消極損害/④慰謝料をそれぞれ訴訟物として区別する見解です。さらに、物損についても、一物一権主義を徹底して、自動車や時計、衣服ごとに区別します。
B説は、①物損/②積極損害と③消極損害/④慰謝料に区別する見解です。
C説は、人損を1個として考えます。すなわち、①物損/②積極損害と③消極損害と④慰謝料で一個とする見解です。①物損については、A説のように、細分化するかどうかは議論があります。
D説は、紛争解決の一回性から、物損・人損を含め1個とする見解です。
(3)リーディングケース
リーディングケースとなる判例は、最判昭和48年4月5日民集27巻3号419頁・民訴百選74事件(以下「昭和48年判決」といいます。)です。
本判決は、一つの交通事故から生じた
・身体損害を理由とする財産上の損害(②③)
・精神上の損害(④)
は、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その損害賠償賠償請求権は一個としました。
しかし、この昭和48年判決は、物損は請求されていない事案ですので、物損まで含むか否かは判旨からは明らかではありません。
昭和48年判決では、C説またはD説のいずれかに立つことまで明らかにされました。
■4 昭和48年判決以降の裁判例の状況
下級審では、大阪地判平成8年10月29日や東京地判平成30年6月13日など、C説をとっているものが多いと考えられます。なお、本判決(令和3年判決)の原審は、後述のとおり、C説かD説のいずれか不明です。
■5 本判決の意義、若干の私見
(1)本判決の意義
昭和48年判決は、C説またはD説でした。
本判決(令和3年判決)は、「同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても,被侵害利益を異にするものであり」と判示して、物損と人損とは別の訴訟物であるというC説に立つことを明らかにした点で意義があります。従前の訴訟物の理解、自賠責法が人損しか対象としていない点とも整合的です。
なお、本判決はC説に立ちますが、一物一権主義を徹底し、物損を、さらに自動車・時計・パソコン等に細分化して訴訟物とするか否かは、本判決の射程外です。
(2)原審の問題意識
ところで、令和3年判決の原審である大阪高裁令和2年6月4日判決は、C説かD説のいずれの立場か不明です(上記大阪地判平成8年10月29日のように明示的にD説を否定していません。)。おそらく、C説に立ちつつも、物損の消滅時効は「損害の全体を知った時から進行する」という損害賠償請求権の主観的行使可能性を考慮したものと考えられます。
注:大阪高裁令和2年6月4日判決が、現時点で、判例DBにないため、これ以上の詳細は不明です。
上記のように令和3年判決の原審が「損害の全体を知った時から進行する」という損害賠償請求権の主観的行使可能性を考慮したことは理解できます。
すなわち、人損と物損が生じる交通事故において、物損は、通常、交通事故と同時に損害として発生し消滅時効が進行します(加害者不明であれば「加害者を知った」ときからです。)。しかし、人損は、入通院加療を要する場合があり、症状固定までは損害額が不明な事案が多くあります。換言すると、民法724条における「損害を知った」と評価できないのです(そもそも、要件事実である「損害の発生とその数額」を基礎づけられず、行使が不可能ともいえます。)。
しかし、上記のように人損の行使が困難ないし不可能な間でも、令和3年判決のような考え方をとると、物損についての提訴を余儀なくされることになりかねないことになります。令和3年判決の原審には、このような配慮があるように考えられます。
理論上は令和3年判決が妥当なのですが、上記不都合を回避するため、
①保険会社との間で時効の「更新」に関して書面を交わす方法(自賠責でいう「時効中断申請書」に相当)
②協議による時効完成猶予(民法151条)
③その他時効の「完成猶予」や「更新」事由に該当させる
等で対応するしかないでしょう(なお、令和3年判決のみからは、上述のとおり、物損と人損を区別したあと、物損をさらに細分化するのかは不明です。そのため、複数の「物」の損傷が生じている交通事故において、任意保険会社からある「物」の費用の支払いがあったからといって、他の「物」についての債務の承認になるかは明らかではありません。)。
(3)民法724条の2との関係
令和3年判決は、債権法改正の施行前の事案です。
2020年4月1日以降は、上記民法724条の2が適用されます。
令和3年判決を前提としたとき、
①民法724条の2の立法趣旨、すなわち、人の生命や身体に関する利益は、財産権に比べて保護の必要性が高いこと、
②訴訟物が人損と物損で異なること
③724条の2の文言解釈、
からすると、一つの交通事故から物損と人損が生じた事案では、①物損は3年、②人損は5年という異なる消滅時効期間に服することになるでしょう(なお、義足やバリアフリー化のためのリフォーム費は人損扱いです。ただし、物損でも症状固定と密接に関連するものについては「損害を知った」時期が異なる可能性はあるでしょう。)。
(4)東京地裁民事27部(交通専門部)のウエブサイト
東京地裁民事27部(交通専門部)のウエブサイトには、本件との関連は不明ですが、「人損と物損を合わせて請求する場合,人損と物損で分けて損害一覧表を作成してください」との注記が付されています。
https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/vcmsFolder_1545/vcms_1545.html より。
今後、本判決は、①弁護士にとっての請求の趣旨(および「よって書き」)の記載方法や②裁判官にとっての判決主文の記載方法にも、一定の影響を及ぼすかもしれません。
Ⅴ 執筆者情報
STORIA法律事務所
弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)
所属事務所:https://storialaw.jp/lawyer/3738
個人サイト:https://www.hi-masayoshi.com/
※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。
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